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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第一章
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2.「はじめまして」

「……」


僕は転校生のお世話係とかの以前に、学級委員だ。

だから色々雑用をしなくちゃいけない。


だからこうやってテスト用紙の束を持ちながら、教室案内しなきゃいけない場合もあったりする。

めんどくさいけど、時短になるしそっちの方が助かるんだけれど……問題は、転校生がまったくついてきてくれない事だ。


「黒木さーん…」


何となく、わざと無視するような感じでもなくて、本当に聞こえていないように見えるのが余計にたちが悪い。


…重いし、腕が痺れる。

効率を考えるのなら、先にこれを運んでその後背中を押すようにして案内した方が早いか?


「……黒木さん、えーっと……僕これ置いてくるから、そこの辺りに居てくれる?」


…転校生は返事も反応もしないけど、これじゃ帰りが遅くなるだけだし、僕は早足でその場を立ち去った。



***



「……黒木さん?」


5分も経たずに戻ったけれど、そこに転校生の姿は無かった。

思わず深いため息をつきそうになるのをこらえて、僕は辺りを見回す。


…ここら辺は教室も無いし、よほど遠くへ行ったか帰ってしまった訳でもない限り、そんなに行く先も無いと思うけれど。


仕方なく倉庫とかをチラチラ覗きながら回ると、廊下の端まで来てしまう。

引き返そうとすると、屋上へ続く階段の上から小さく物音がした。


「黒…」


何度目か、転校生の名前を呼ぼうとした途端、僕の言葉は遮られてしまう。


それは彼女の『異物感』のせいだろうけれど、屋上への扉の、磨りガラスの窓の淡い光に照らされて、その光景と、乱れているのに、光に照らされて何故か眩しいくらいの黒髪、逆光でも何故かよく目立つ射抜くような目…。


全てか複雑に絡み合って、まるで1つの美術作品のように見えてしまって、僕は思わず立ち尽くしてしまう。


「……」


転校生はそんな僕に気づいたのか、気づいていたけど今興味を持ったのか、ゆっくりと立ち上がって階段を降りてくる。

僕はそれを見て、我に返るというより、現実に戻る感覚になる。


…僕までその『異物感』に心揺さぶられてどうするんだ。

僕は平穏に過ごしたいんだ。


どうせ何日か経てば、転校生も何だかんだでクラスの一部の、『当たり前』になってしまう。

そんな儚い、幻覚のようなものを見るような気分になるのは嫌なんだ。


「……何してるの」

「えっ……黒木さん、探してたんだよ」

「……」

「……?」

「……あー…」


意外と普通に話しかけられて少し驚くのと同時に、さっきまでのをまるで理解していないような口ぶりに違和感を感じる。


なんというか、ラグがある。


でも、全てではなくて…それが更に分からない。


「えーっと……校内案内するから、来てくれる?」

「…うん」


一応ちゃんと会話は出来てるのか?と疑問に思いつつも、とりあえずかなり遅くなってしまったから、部活の奴らが帰り支度を始める前には帰りたい。

僕は早速始めようと歩き出す。


…けれど、転校生は部屋を横切る度に色んなものに気を取られて、この調子だと夜になるか彼女も飽きて中途半端な所で帰るなどと言い出すかもしれないくらい進まない。


「……はぁ…」


…本当に子供のお守りみたいだ。


僕は先生がやっていたように、軽く彼女の手を引く。

すると、振り払われる訳でもなく、彼女はやっと普通についてきた。


僕は呆気なく済んでほっとする。

このまま変な事など無ければ良いけれど。


「……黒木さんって、電車通学?」

「……」

「……黒木さん?」


話す気は無いのか、振り返ると普通に僕の方を見ていて、僕は思わず少し笑って、


「無視してる?」


と言ってしまう。


すると彼女は「?」と言うように、まるで自分が何かしましたかとでも言いたげな顔できょとんとしている。


「無視?」

「…うん。……ごめん、そう見えちゃって」

「……無視してないよ」


無視してない?

まるで彼女の言うことが分からない。


よく知らないけど、突発性難聴とかか?

でも普通に聞こえてる感じもするし、本当に訳が分からなかった。


「黒木さんって、耳悪い感じ?」

「……?」


今度は向かい合って目を合わせながら言うと、彼女は「あー……?」と納得したような分かっていないような声を出す。


「それ、私の事?」

「…は?」

「忘れてた」


今度は反応こそしたものの、なんだかよく分からない感じになる。


僕の言葉は理解してるのか?…いや、してたとしても自分の中で解決しただけで、僕にそれを答えるまでに至ってないみたいだ。

まるで答えるのを忘れたかのように。


…でも、忘れてたってなんの事だ……?

大人数の輪の中で話を振られる方がマシかってくらい、頭がこんがらがってくる。


「えーっと、つまりどういうこと?」

「ん?」

「……?だから、黒木さん、『忘れてた』って」

「あー……呼ばれ方、慣れてない」


ちゃんと文章で答える気が無いのか、それだけ言って彼女は口を閉ざす。


呼ばれ方……『黒木さん』が、慣れてないという事だろうか。

こんな時期の転校といい、何か事情が複雑そうだし、聞くのは辞めておきたいけれど……じゃあなんて呼べばいいんだ?『れいさん』か?

それともさん付けで呼ばれるのが慣れてないなんて言ってないだろうな、そんなこと言ったら『れいちゃん』になってしまう。


…けど、読めない彼女の事だ、ありえなくもなくて、余計に頭が混乱する。


「……れいちゃん」

「なに」


これ以上脳を侵されたくなくて、思考停止の結果、辿り着いた全部乗せで回避すると、気持ち悪がられることもなく普通に答えられる。

…が、逆にこれからこの呼び方をしなきゃいけないのかと思うと、冷や汗が出てくる。


なるべく名前は呼ばないようにしよう。


「……あー、ここ音楽室」

「ん」


とにかく早く済ませて、これ以上面倒事を増やさないようにしたくて、すぐに切り上げて教室案内に移る。


幸いな事に特別教室は普通のクラスの所とは離れているから、全校舎ぐるっと回ることは避けられた。


僕は彼女の腕を引き、彼女はそれについて来る。

地雷を踏みそうな転校理由だとか前の学校だとかの話題を避けながら、たまにぽつぽつ会話して、夕焼けが眩しいころやっと案内が終わった。


「黒……あー、れいちゃん、帰りどっち?僕バスだけど、バスか電車なら、一応駅まで送れるけど」

「……電車」

「……ん、じゃ…行こ。」


微妙な時間帯とはいえ、部活が早く終わる奴はもうちらほら見える。

校内みたいに手を引く訳にも行かないから、隣を歩くようにしてなんとなく見張る。


彼女は僕にそれとなく歩幅を合わせて歩いているけれど、よく見ていると本当に色んなものが気になるらしい。

何が面白いのか自販機の広告に釘付けになって立ち止まったり、真上の雲を見ながら歩いて首を痛めたりしている。


…なんだかまるで幼い妹の世話を任されているようだ。

彼女は僕より背が高いのに。


「…首大丈夫?」

「……痛い」


そう考えてみると、れいちゃん呼びもあながちおかしくは無いのかもしれない。


会ったばかりの転校生に使うのは違和感があるけれど、頭の中でそういう事にしてれば良い。

そうすれば理解できて、なんとなくごちゃごちゃだった頭が整理されてきてほっとする。


「じゃあ、僕バスだからこっちだけど、駅ここから入って行けるから。……大丈夫?」

「……うん」

「……じゃあ、また明日」

「うん。バイバイ」


彼女はそう言って軽く手を振って駅への階段を登って行った。

僕もつられて振った手をゆっくり降ろして、彼女が全く見えなくなるまで眺めてから、バスロータリーの方へ向かった。


…こんな日が続くんだろうか。

でもきっと、彼女もいつの間にか普通の日常の一部になってしまうのだと思うと、これ以上揺さぶられてたまるかなんて思ってしまう。


けれど僕は結局、寝ても覚めても頭のどこかで彼女について考えていたと思う。

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