19.「どきどき」
頬をはたかれても傷口をえぐられても、彼女の事が好きだった?
(……違う)
僕は彼女に強く『触れられた』所を触る度、その時を思い出せる。
彼女はそれで楽しそうにして、僕はその楽しそうなれいちゃんが酷く心に残った。
…彼女が僕にキスをした理由は分からないけれど、僕に《《そう》》触れるのは、『楽しいから』だ。
「……」
2回とも、彼女は「痛い?」と聞いてきた。
僕が痛いとれいちゃんは楽しいのかもしれない。
幸せなのかもしれない。
…それなら、僕は……。
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「おはよう」
「…おはよう」
朝、授業の合間に登校してきたれいちゃんに挨拶をすると、いつものペースで返事が返ってきた。
「……ねぇ、今日の放課後…ちょっと時間良い?」
「?…うん」
僕の言葉に、れいちゃんは普通に返事をする。
…そう言えば、れいちゃんはかなり自由に生きているけれど、他人を巻き込む事…それこそ「一緒に○○しよう」とか、自分から誘う事は全然しない。
だけど誘いは大体承諾するし、好きな事をしている割には流されやすいのかなとも思ってしまう。
それか、新しい事に興味があるだけで…何回も同じ誘いをしたら、いつか断られるんだろうか。
「しき、消しゴム」
そんな事を考えていると、いつの間にかれいちゃんは自分の机に文房具で大きなタワーを作っていて、自分のじゃ足りなくなったのか僕のを要求してくる。
「…結構高く積めたね」
「うん」
僕がそんな事を言いながら消しゴムを渡すと、れいちゃんはゆっくり一番上に積もうとする。
れいちゃんの白く細い指が僕の消しゴムをつまんで、ゆっくりと上がっていくのを見て、何だかその似合わなさというか、違和感みたいなものに見とれてしまう。
「あっ、」
僕の消しゴムがれいちゃんの手を離れた瞬間、色んな形の色んな種類の文房具で積まれた不安定なタワーは歪に曲がり、それはもうどうしようもなくなって、音を立てて崩れてしまった。
「あーあ…壊れちゃった」
れいちゃんが言った一言は、酷く冷たく感じてしまって、でも僕はその言葉が嫌じゃなかったし、何故か酷く心に残って心臓の音も落ち着かなかった。
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「…しき」
放課後になって一度帰ろうとした後、思い出したようにれいちゃんは僕の席の前に来て声を掛けた。
「あっ、ごめん……行こっか」
「うん」
僕は荷物もそのままに立ち上がる。
れいちゃんにもバッグを置かせて、手を引いて教室を出る。
ちょうど他のクラスも終わった頃なのか、廊下には沢山の人が中央の階段の方に向かっていて、僕達はその流れに逆らうように避けながら進んだ。
「……」
れいちゃんはどこに行くかも聞かずについてくる。
教室の前の廊下を抜けると、急に人も減ってきて、すぐに静かになる。
「前のとこだ」
「…うん」
そう。
僕が向かっているのは、れいちゃんに傷口をえぐられた、化学準備室だ。
僕はどうしても確認したい事があって、背中の傷が治るのを待ってからようやく今日、『確認』ができるんだ。
「開いてないよ」
「大丈夫。化学室の方開けといたから、そっちから入れる」
「へぇ、」
れいちゃんが準備室の扉を開けようとガチャガチャと鳴らしている間、僕はそう説明して化学室の扉を開けた。
「……よし」
幸いな事に先生も誰も居ないので、僕はれいちゃんを連れて準備室に入った。
「何するの」
「……れいちゃん」
「…なに?」
立ち止まってようやく聞いてくるれいちゃんに、僕は振り返って彼女の名前を呼ぶ。
不思議そうに答える彼女に、僕は、
「聞きたいことがあるんだ」
と言った。
れいちゃんは少し僕の事を眺めてから、「いいよ」と答えた。
「…れいちゃん、僕の事どう思ってる?」
……沈黙。
れいちゃんとの間の沈黙はいつも居心地の悪いものでは無いし、今もそうだけれど…質問が質問なだけにかなり緊張する。
いつもゆっくりな思考のれいちゃんは難しい質問にかなり考えたのだろう、何分か後にやっと口を開いた。
「……分かんないけど、しきはしきだよ」
これは…振られた?
上手い返しをする人の「ごめんなさい」と同じ気もするけれど、れいちゃんは告白されて断るなら「無理」とか言いそうだし、ちゃんと言葉のまま考えた結果…って事だろうか?
「あー、あと」
僕が頭を抱えていると、れいちゃんがまた口を開く。
「…いいよ、暮らすの」
「…?」
暮らすのって…?
……あっ、
「いいの!?」
そう言えば、れいちゃん家に行った時、別れ際言ったんだ。
回りくどく言ったけど、僕と二人で暮らすのはどう?って意味の…
「うん。…まぁ、良いかなって」
「そっか…」
夢みたいだ。
全部捨てて、れいちゃんと二人で…暮らして良いなんて。
現実的では無いのは分かってる。
…でも、つまりそれは、れいちゃんにとっての僕はそれくらいは許せるくらいの存在になれたって事なんじゃないんだろうかって…。
「…おわり?」
「あっ」
れいちゃんの言葉に僕はハッと思い出す。
…この話だけなら、帰り道に話すくらいだっただろうけれど、わざわざここに来てもらったのは…確かめたかったから。
「…れいちゃん、こっち来て」
僕は部屋の鍵を閉めて、僕が前怪我をした所に連れて来る。
「まだ血、残ってる…」
「ほんとだ」
よく見ると、消しきれなかった血痕が確かに残っていた。
…知らない人からすれば変なシミ程度だろうけれど。
「…れいちゃん、僕を殴りたい?」
……聞いちゃった…。
ある意味、告白するよりもよっぽどドキドキする。
れいちゃんはいつもの早さで、「別に」と言った。
「え…?」
てっきり「うん」と言われて、その流れで殴られるんじゃないかな…と思っていたのに。
「…な、殴るだけじゃなくて……痛い事とか、全部だよ…」
「…それも、別に良いかな」
……分かんない、分かんないよ…。
僕に痛い事したいんじゃないの?
僕に痛い事をすることで、れいちゃんが幸せになって…僕だけが特別れいちゃんを幸せに出来るって、思ってたのに…。
「おわり?…帰る?」
「っ……!」
れいちゃんはもう終わったと思ったのか扉の方へ行ってしまう。
僕は引き止めたくて、でも何も言う事も無くて……。
……どうしたられいちゃんに必要とされて、『一緒に居て貰えない事が無い』って、確証出来るの?
「待って…っ!」
「は…」
迷いに迷って、僕は…れいちゃんを挑発した。
それは、片手を振り上げて、まるで殴りかかるように…
ドス…ッ
「っ……ゴホッ、」
……成功した…。
シチュエーションは最悪だけど、僕はまたれいちゃんの痛みを、今度はおなかに受けた。
「何?」
れいちゃんは痛みで倒れ込む僕を、一切しゃがまず真下に見下ろす。
「…い…痛いっ!れいちゃん、痛い…」
「……」
僕はとりあえずそう口走る。
れいちゃんはそんな様子の僕を見下ろしてしばらく黙る。
焦りと本当に痛いので呼吸もままらない僕の息をする音だけが部屋に響く。
「へぇ?」
「!…あ゛っ……!」
れいちゃんはやっと言葉を発したかと思ったら、僕の頬を足で勢いよく踏んだ。
首が変な方向に曲がって嫌な音がする感じがする。
そして、間髪入れずに横っ腹を執拗に蹴られる。
「ぅえっ……ゴホッ、はぁっ、ぅぐ…」
「……あははっ」
れいちゃんは最初は真顔で蹴っていたけど、だんだんと口角が上がっていって声を出して笑い出す。
「あはははははは!きったなぁ」
「ぅえ…えっ、ぅ…」
れいちゃんは僕が吐きそうになっているのが面白いのか無邪気に笑う。
「んぐ……ぅえ…」
いつの間にか自分の歯を食いしばるので舌まで噛んでいたらしく、口の中に血の味が広がって気持ち悪くなる。
「しき?」
「ん……ん…?!」
呼ばれてれいちゃんを見上げると、れいちゃんは僕の髪を掴んで持ち上げて、僕の口に自分の口をつけた。




