18.「もの?」
頬をはたかれても、傷口をえぐられても彼女の事を好きな気持ちは変わらなかった。
…僕はおかしいんだろうか?
「……」
今考えると、彼女に痛いことをされてから、またされるんじゃないかって不安がずっとどこかにあった。
だからかは分からないけれど、逆に、された時の方が気が楽まであったんだ…。
「よし……っと。災難だったね」
あの後、大きな音に飛び込んできた先生に連れられて、僕らは今保健室に居て、僕は保健室の先生に処置を受けていた。
「一応、病院行くんだよ?」
「…はい、」
先生が入ってきた時、ちょうど先生には僕が怪我したのをれいちゃんがテンパりながら何とかしようとしているように見えたらしく、僕もれいちゃんもそれに口出ししなかったので、暴力沙汰にはならなかったけれど。
「……」
れいちゃんはさっきまでの興奮が嘘のようにぼーっと座っている。
いや、ある意味正しいのかもしれないけれど。
…何言ってんだ。
とにかく、そんな感じで僕達はしばらくそこに居た。
「あっ…先生この後ちょっと用事あるんだけど……れいちゃん、小野寺くんのこと見ててくれない?」
「…うん」
「ありがとう、じゃあ先生少し行ってくるね」
静かな時間が少し続いた後、チャイムの音で先生はそう言って立ち上がった。
…正直、今は2人きりにして欲しくなかった。
だって…痛いことされるんじゃないかって、その気持ちで心臓がバクバク言って、怖くてどうにかなりそうなんだ。
「……」
ちらっとれいちゃんの方を見ると、お昼で陽の当たる席だったからか、眠そうにうとうととしていた。
(……こんな時なのに、可愛いって思っちゃうな…)
僕がれいちゃんに見とれていると、急に思いついたようにれいちゃんはバッと顔を上げて、僕はビクッとしてしまう。
「っ…!れいちゃん…!」
「端寄って」
「……?」
そのまま近づかれて、また何が痛いことをされるんじゃないかと思ったけれど、ここではさすがにマズいと思って、僕は必死に顔の前に手をやって抵抗する。
…が、れいちゃんはそんな僕にお構い無しに、気づいた頃には僕の座っていたベッドに潜り込んで寝っ転がってしまった。
「えっ……れいちゃん?」
「疲れた…、」
誰のせいで…とも思ったけれど、それよりも隣でがっつり寝ようとしているれいちゃんに戸惑う。
「えぇ……」
「……何?」
僕がどうしたらいいのかあたふたしていると、れいちゃんは視線が気に入らないのか目を開けて訝しげな表情を向けてくる。
「ご、ごめん……でも、れいちゃんが寝てたら怒られちゃうよ、」
「……」
僕の言葉に、れいちゃんは少し考え込む。
何を考えてるのかと僕も一緒になって考え込んでいると、
「わっ…!」
いきなり首元を引っ張られて、咄嗟にぎゅっと目を瞑る。
…けど、その後には痛みも唇の感触も無い。
「えっ……?」
僕はただただ、れいちゃんと向かい合う形でベッドに横にされていた。
「…これで半分」
「えー…変わんないよ…」
「良いじゃん、眠いから…」
「んえぇ……」
良いように言いくるめられて、情けない声を出してしまう。
…だって、これってれいちゃんと添い寝って事でしょ…。
絶対ここでやっちゃダメなのは分かるけれど、絶対他の所でこんなこと出来る事なんて無いのも痛いほど分かるから、「辞めよう」なんて言えない…言えるはずもなかった。
「……」
れいちゃんはもう目を閉じてしまっている。
(あー、もう…いいや…)
僕ももう腹をくくる気持ちで目をぎゅっと瞑った。
****
「……ん…」
くすぐったさに目を開けると、生ぬるいあったさかと、いい匂いと、さらさらな感触とがあって、
「……?あっ、」
僕が慌てて見ると、外は夕日が眩しくて…いや、そんな事より…
「っ…!」
僕はいつの間にか、れいちゃんに抱きつくように眠ってしまっていた。
…そして、れいちゃんにも抱かれていた。
「ん…、」
僕がドクドクしていると、れいちゃんも起き上がって、寝ぼけた目で僕を見た。
たまに授業中とかに寝ていたから、寝起きを見るのは初めてじゃないけど、…でも、そういう問題じゃない。
「……」
「…しきだ」
「っ……もう無理、ごめん、ギブアップ…」
僕がそう言って布団から出てベッド横の床にしゃがみ込むと、れいちゃんはゆっくり起き上がって、まだ眠そうに、
「ん?おはよう」
と言った。
「……おはよう…」
僕はもうヤケのような気持ちでそう返事をする。
すると、いつの間にか閉められていたベッドのカーテンの向こうから、「起きた?」と声がした。
「……っ…先生…」
僕が恐る恐るカーテンを開けて声のした方を見ると、そこにはイスに座りながらこっちの方を見ている保健室の先生が居た。
「仲良しなのは良いけど、学校じゃーダメだよ?」
「えっ……?!ちょ、ちょっと…」
「おはよう」
「…はいはい、れいちゃんおはよう。……大丈夫、他の先生には言ってないから、秘密にしてあげるよ」
…何か、重大な勘違いをされた気がするけれど、それを訂正するのもあらぬ誤解を生みそうな気がして、僕は息をつく。
「あ、れいちゃん服凄いことなってるよ」
「ん?」
「っ……」
僕は慌てて目をそらす。
…意識しないようにしてもどうしても思い出してしまう。
れいちゃんの体は少し冷たくて、細いのに柔らかくて、…花とかフルーツとかの香りでは無かったけど、でも何か、女の子って感じの匂いがした。
…それで……あー…れいちゃんの事はそういう目で見たくなかったのに…。
「髪ゴム持ってないの?」
「無い」
「…結んであげよっか?」
「嫌、痛いし」
「なるほどねぇ…」
れいちゃんのペースに合わせて短く会話している二人の声をぼんやりと聞きながら、僕は何とか頭を冷やす事で精一杯だった。
****
「…ただいま」
「おかえりー!お兄ちゃんどうしたの?」
「ん?ちょっと怪我しちゃっただけみたい。…そうよね?お兄ちゃん」
「……うん」
僕はあの後、電話で保護者を呼んで一緒に帰るようにと言われたけれど、結局面倒になって伝えるだけして貰って一人で帰ることにした。
…と言っても、バスまではれいちゃんと一緒だったけれど。
れいちゃんがこんな暗い中あの道を歩くと思うと、危ないからつい「送ろうか?」なんて言ってしまったけれど、「いい」と言われて断られてしまった。…いや、これに関しては優しさかもしれないな。
「えーっ、そうなの?」
「…そうだよ、大丈夫」
「でも…」
「ほらさっちゃん!宿題途中でしょ?」
「えーっ!」
すっかり二人で話し出したのを置いて僕は自分の部屋に入る。
保健室の先生は、電話で母さんに病院に連れて行くようにと言ったけれど、きっとあの調子じゃ僕の為に時間なんて割いてくれないだろう。
僕は『分かってる』から、もうその話題を出さないだろうという雰囲気が見て取れた。
「……はぁ…」
今日は沢山の事があった。
添い寝もしたし、痛い事もしたし、キスもした。
「…あっ、」
……キス…そう言えば、キスしたんだ…。
何でされたんだろう。
…確かに、そういう雰囲気はあったしシチュエーションとしてはそこまで変でもない…けど。
でも、れいちゃんが、…あのれいちゃんが、何で…。
「……」
何となく触れられた所を触ってみると、心臓が鳴りだして、凄く痛い。
まだ感覚が残ってるし、同じように触れば頭の中であの時のれいちゃんと、あの時のドキドキがフラッシュバックする。
今日僕ここを、れいちゃんに…。
(……あれ?)
僕は無意識に、キスされた唇じゃなくて…強く痛みを残された背中の方を気にして触ってしまっていた。




