17.「やっぱり」
「はい。これ、準備室までね」
昼休み。
れいちゃんと授業中わちゃわちゃしていたのがバレて、厳しいのか厳しく無いのかそこまで怒られず、代わりに2人で雑用係をする事になった。
「…はい」
僕はノート類を持って、軽そうな方の実験器具とかの入ったダンボールをれいちゃんに持ってもらう。
「黒木?反省してるか?」
「してないよ」
「……はぁ…」
れいちゃんの発言に先生は「ダメだこりゃ」と言うようにため息をつく。
自己紹介の時も言われた通り、彼女は普通の人と違う。
それは『障害者』として扱われる事で、その為に叱ったりしない先生や、叱っても注意一言で済ませる先生が多い中、この先生はちゃんとれいちゃんにも僕と同じだけ罰を与えた。
僕はその平等を差別だとは思わなかった。
…れいちゃんと一緒に居られるのが長いなら、そっちの方が良いって邪心もあるけれど。
「そういうのは、反省してるって言っとくんだよ?」
「…わかった」
「ん、よろしい。早く行ってきな」
「うん」
「…はい、すみません」
れいちゃんの後に僕も返事をして、一緒に準備室へ向かう。
重くは無いけどダンボールが大きいからか、れいちゃんはたまにコケそうになっていてかなり危うい。
「…持てる?」
「うん」
でもそれはそれで面白いのか、れいちゃんは僕の質問にそう答えてまた拙く歩き出す。
れいちゃんは結構自分の好きなように動くけれど、授業中に立ち上がったり、大きな声を出したりとかの他人の邪魔になることはしないし、出来る限りの事はしようとはしている。
だから多分、授業も自分の出来る範囲だったら参加出来るんじゃないかと思うんだけれど…。
「れいちゃん、1+1は?」
「ん?…に、」
「じゃあ1×1は?」
「えーっと……いち、」
「…いつまで授業参加してた?」
「覚えてない…」
少なくとも最初から出来ない訳じゃない。
僕が思うに、れいちゃんは『努力が出来なかった』んじゃないんだろうか。
才能がない人は努力で追いつくしかないけど、努力だって…誰でも出来る訳じゃない。
努力してもちょっとずつしか進めない人だっているし、れいちゃんはただでさえゆっくり進んでる人だから、きっと努力するのに飽きて、しなくなってしまったんじゃないだろうか……と、思う。
「……そっか」
きっとれいちゃんと僕は似てるんだ。
…それが0%か100%かだけの違いで、上手に楽して生きられないんだ。
だからきっと僕らは…この世の隅っこでも良いから、分かり合える二人で居るのが一番幸せなんだ。
「れいちゃん、こっちだよ」
「うん、」
準備室までついて、少し建付けの悪い扉を開ける。
校舎の端だからか、びっくりするほど人の気配が無くて、聞こえるのは校庭からの遊び声くらいだ。
「ノートはここで良いかな…」
「……」
色々物があるからか、れいちゃんは色んなものに気を取られて落ち着かない。
「れいちゃん、触っちゃダメだよ。…ダンボールこっち置いちゃお、」
「……うん」
僕が空いてる所を指さすと、れいちゃんはそちらへ振り返る。
「あっ…!」
「?」
その振り返る拍子に、れいちゃんの持っているダンボールがほうきに当たって、れいちゃんの前に倒れる。
僕が注意する間もなく、れいちゃんは気づかずにそのほうきに変な風に足を取られてしまってよろける。
「れいちゃん!」
僕は慌てて駆け寄ってれいちゃんを支えようとするが、自分もほうきに引っかかってしまい一緒に倒れる。
「いったぁ……」
背中と肩の辺りがズキズキと痛む。
衝撃にぎゅっと閉じていた目をゆっくりと開けると、
「…!」
すぐそこにれいちゃんの顔があった。
「……」
「痛い」とか言われると思ったのに、れいちゃんは僕の上に被さるようになりながら僕と目を合わせるだけで何も言わない。
ドッ、ドッ、ドッ…
心臓の音が大きくなっていく感じがする。
なんかこれ、僕が押し倒されてるみたい…
「っ……」
そんな事を考えてしまうと、余計に熱に侵された様に顔は暑くなってくらくらしてしまう。
……近い…。
れいちゃんは何を考えてるの…?
「……れっ」
……?!
「……《《フリ》》?」
「はぁっ?!」
何されたか……確かじゃないけど……
…もしかしたら僕の勘違いかもしれないけど…
ちゅ
…って、僕がれいちゃんの名前呼ぼうとした時に…唇…。
「……あーあ…ぐちゃぐちゃ…」
れいちゃんはと言うと、まるで無かったかのように普通に起き上がって、ぶちまけられたダンボールを見て残念そうにそんな事を言っている。
「え……は…?」
「あっ、割れてる…」
僕はすっかり腰が抜けたのか動けなかった。
ドキドキするし、痛いし……
「わ、血だ」
れいちゃんの言葉にやっと僕はハッとする。
「ちょ…見せて!」
れいちゃんの目線の先…腕を見ると、確かに血が付いていたけれど、どちらかというとどこからか《《付けてきた》》ような…。
「痛っ…!!」
「あーあ…」
気を抜いた途端、背中に激痛が走る。
れいちゃんは僕の後ろ…僕が倒れ込んでいた所を見てそんな風に言う。
「ぅわ…」
そこには割れたガラスと……血。
「いっ……たぁ……」
びっくりするほどの激痛に、自分の血を見たのも相まって恐ろしいほど心臓がドクドクと鳴る。
こんなのでは死なないって分かっても、怖くてどうにかなりそうで…
「しき、見せて」
「えっ…?」
れいちゃんは立ち上がって僕の後ろにまわる。
「危ないよ、」
「いい」
れいちゃんは僕のシャツをめくって背中を押し露出させる。
応急処置…なんて、できる訳ないよなぁ…。
好奇心なんだろうか。こんな状況なのに…ちょっと恥ずかしいななんて思う余裕も出てきて、何だか痛みも和らいできた気が…
「っ?!いたっ、痛いっ!な、なに…?!」
そんな事を思ってるうちに激痛が走って、思わず飛んで後ずさり振り返る。
本当に…傷口をえぐられるような痛みで…
「え……?」
「……」
…目の前のれいちゃんの手の指先には、血がべったりとついていた。
「何で……れいちゃんがやったの…?」
「うん」
れいちゃんは答えれば良いと言うようにそれだけ言ってまた僕に近づく。
「やっ…やだっ……!…待って、もうしないって言って…」
「…何で?」
何が悪いのか分かってるのか分からないのか、れいちゃんはそう答えて更に僕に近づいてくる。
「ま、待って、待って……何で?!何で痛い事……ぎゃっ…!」
必死に抵抗しようとして両手を前に出していると、バランスが取れなくて少し後ろに押されただけで倒れてしまう。
「っ……っ!」
れいちゃんにシャツをめくられたままで、怪我した所をそのまま床に打ち付けてしまってびっくりするほど痛い。
「な…んで、何でこんなこと…」
「……」
「……前の…僕をはたいたのと関係あるの…?」
「……んー…」
れいちゃんは倒れた僕を見下ろしながらそう言った後、僕の顔のすぐ横でしゃがむ。
「意味は無いかな」
「ぇ……。…あ゛っ……っだいっ!」
れいちゃんの言葉の意図を考える暇もなく、れいちゃんは僕のおなかに勢いよく座って、我慢出来ず大きな声を出してしまう。
……すると、
「あははははっ!」
れいちゃんが今まで聞いた事の無いような大声で、…見た事の無いくらい楽しそうに笑った。
「れ…」
「あーっ、はぁ…しき、痛い?」
「……痛いよ…」
「そっかー、あはは」
「えぇ……」
れいちゃんの意図はまるで分からなかったけれど、一つだけ分かったのは…今までで一番れいちゃんを笑顔にできたとかいう、事実…。
「はー…」
「……」
そして、こんな事をされても、れいちゃんへの気持ちは何ら変わりない僕が、確かにここに居た。




