16.「よかったのに」
……僕らは…
「友達…です」
「あっ……!」
「れい静かに。……そーなんだ」
多分、『友達』が間違いなら、…クラスメイトとか、『友達以下』の答えが正解に近いんだろう。
それ位の事なら分かる。
…わかるけど、そんな事言葉に出したく無くて、…そもそも友達って、そんなにハードル高くしなくても良いものでしょ…。
僕の答えにれいちゃんは焦るけれど、その人はそれを遮って、訝しげな表情を浮かべる。
「…よかったねぇ、友達出来て」
「っ……でも、ちょっとの友達だから…」
「えー?…れい、それはかわいそうだよー」
「?うん…」
「ねぇ?しきくん。…ごめんねぇ、れい他の人の気持ち考えて話せない子だから、」
「えぇ…」
僕はなんて答えていいのか分からなくて、曖昧な返事をする。
それかられいちゃんはずっと「うん」か「違う」とかしか言わなくて、僕らはずっとその人が話したりするのを聞いていた。
****
…どうしよう。
何だかんだでもう日が暮れてしまった。
帰らなきゃ、さすがに心配される…。
「あの、時間が…」
「時間?…あー、もう暗くなってるねぇ、あっという間だったなぁ」
「……帰る?」
「え?れい、せっかく友達来てくれたんだから、夕飯食べてって貰おうよ」
「えっ、」
まだ居ることになるのかと僕がどもると、れいちゃんは途端に焦って、
「ま、まま、だめ…!」
と言った。
「…れい?違うでしょ」
「え…あ、あー…《《はなちゃん》》、お金使っちゃだめだから…」
『はなちゃん』?…って、『まま』の事だろうか。
どうもその人、さっきから話し方が母娘じゃなくて友達に対する話し方見たいだなとは思っていたけれど、本当にそんなつもりなんじゃないだろうかと思えてくる。
…見るからに僕世代の親より若いのもあって、子供が子供を育ててるみたいだった。
そんな事を考えていると、その人は空気を変えて話し出す。
「……れいが頼めば良いじゃん、私には何もしてくれないのに、れいにだけは優しいもんね、あの人」
「や、優しくない…」
「は?…あんたそうやって、また私をみじめにするんだ?!」
「えっ…」
「っ…!あ、あの!お邪魔しましたっ!」
僕は目の前で責められてるれいちゃんが見てられなくて、時間もあれだったし咄嗟にれいちゃんの腕を引いて家を出て、何も考えずに敷地を出て、遠くまで走る。
れいちゃんがこけそうになって、ようやく僕は足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
2人分の息の声がしんとした住宅街に響く。
「……しき、何で…」
「だって、れいちゃんが…ずっと怒られてて…、」
「別に良いよ…後で増えるだけだし」
れいちゃんの声は、まるで何がおかしいのか分からない様な言い方だった。
彼女の中ではあれが『母親』なんだろうな。
きっと僕が言っても彼女は気づけないだろうと感じる。
ここまで行くとあの人をれいちゃんと2人にさせてる父親も《《大概そう》》だけれど…。
「…れいちゃん、ちょっと考えてみて」
「ん…?」
「家を出て、…学校はどっちでも良いけど、親とか深い関わりの人が居なくて、僕と2人で暮らしたら……どうなると思う?」
「えぇ…」
れいちゃんは困ったように考え出す。
…もしれいちゃんが気付くなら、僕は捨ててもいいと思ったから。
「…考えといてね」
僕はバス停の前で「もう良いよ」と言ってれいちゃんと別れる。
れいちゃんはさっきのをまだ考えているみたいだったけれど、「バイバイ」とだけ言ってくれた。
***
家の前まで着いた頃には、もう辺りは真っ暗になっていた。
…あぁ、どうしよう。
母さん、弟だけでなく兄まで手のかかる子になったって、心配しないだろうか。
父さんも…いつもはほとんど話してくれないけど、僕が心配かけたことを叱るんじゃないんだろうか。
「…ただいま」
僕がそんな《《期待》》をしながら玄関のドアを開けると、リビングの方でテレビが付いているのが見えた。
「お兄ちゃんおかえりー!」
そして、僕の声に一番最初に駆けつけてきたのは弟だ。
その後母さんは僕の元まで来て…いや、弟を追いかける様に来て、一言
「お勉強してたの?遅かったわね」
とだけ言って、あとはちょろちょろする弟に構って僕の事は良いみたいだった。
「うん…」
父さんは居る気配はするけれど、母さんがこんなんだから叱るどころか一言も話さず顔も出さなかった。
「……」
僕は無言で自分の部屋へ向かう。
……そっか、僕、心配されないんだ…。
まぁもう高校生だし、今までの信頼もあるし、当たり前…嬉しい事なんだと思う。
でも、『それ』が弟だったら違ったでしょ?
馬鹿みたいに探し回って、会えたら泣いて怒って、お母さん泣かせるなって叱られて…。
僕にはそういうの無いんだ。
そっか…。
「……はぁ…」
何だか疲れた。
あれくらい心配して欲しい訳じゃ無かったけれど、嫌でも気付かされた。
母さんは、『兄と違って危なっかしい弟』に構ってるんじゃなくて、ただ『弟』に構ってたんだ。
じゃあ今まで僕が、これ以上心配の種を増やさないようにって頑張ってたのは、全部要らなかったの?
心配かけないように勉強ずっとしてやっと上位成績キープして、心配かけないようにあんまり人と遊ばないようにして、心配かけないように一番近くの高校を受けて、…心配かけないように色んな窮屈を『母さんの為』で乗り越えたのは、全部誰の為でも無かったんだ…。
……。
…僕にはれいちゃんしか居ない。
あの努力も全部、れいちゃんと会う為だって思えば……なんてこと無いんだ。
そう思えば、きっと、僕の今までの努力は無駄じゃなかったんだって、きっと……。
****
「…で、x²が同じだから、それを…」
ガラッ…
1時間目の途中、扉が何の遠慮もなく開かれる音に何人かのクラスメイトが跳ねて、でも《《よくあること》》だったから、ほとんどの人は見もせずに授業に戻る。
先生は、
「黒木、早く支度しなさい」
とだけ言った。
れいちゃんは昨日は早かったけれど、大体一時間目の始まりから、遅くて昼くらいに来たりもする。
最初の頃はそれで痛いほど注目を浴びていたが、適応能力とは凄いもので、動いたり音を出す物に目を取られてしまう奴とかと僕くらいしか最近はそっちの方を見ない。
「……おはよう」
「うん」
僕がコソッと言うと、れいちゃんは短く答えた。
この挨拶を交わせただけで、今日も来てよかったなと思う。
いつもれいちゃんが来た時は今日も会えたって安心が大きかったけれど、学校以外で会ったからか『いざ』って時に会えない心配が無くなって、今日は純粋にれいちゃんと会うのを楽しみに出来た。
「で、ここを…小野寺!」
「えっ……はい、」
すっかり思いにふけっていて、授業に集中していなかった。
呼ばれたので慌てて立ち上がったけれど、何を聞かれているのか…
「すみません、どこ…ですか」
「…ここの公式使った計算。ちゃんと授業に集中しなさい?」
…あれ、分からない。
最近やった所だろうか、…もしかしたら昨日勉強しなかったのが響いてるのかもしれない。
僕は元々そんなに頭が良い訳では無いから…。
「……すみません…」
「はぁ、ちゃんと聞けよー?…じゃあ小木!」
「はーい」
「……」
頭がいい訳では無いけど、授業中に出る位の質問に答えられない事は無かった。
…あぁ、ダメになってきてるな…。
やっぱり自我を持っちゃダメだったんだ。
気持ちのままに動くのはこんなに楽で幸せなのに……その代わり今まで普通に出来た事が出来なくなって、こんなに辛いんだ…。
……でも僕は決めたんだ。
勉強も、友達も、家族ももうダメになって、でも僕にはれいちゃんが居てくれるから…。
れいちゃんの為に、僕は生きるから。
…だからそれ以外は、良いんだ。




