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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第一章
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1.「よろしくね」

血とかだ液とかがぐちゃぐちゃになった、汚い床の上に僕は転がっている。

それはほとんど僕から出たやつだ。


まだおなかとか、頬とか…どこもかしこも痛い。


……でもとっても幸せなんだ。


僕には、僕の全ては彼女だけで…彼女の愛を愛として受け取れるのは、僕だけだから。





******

**









「はよー!しき」

「ん、おはよ」


朝。


校門の前で友達と鉢合わせて、校内へと向かう。

教室に着く頃には、いつの間にか7人くらいになっていて、授業が始まるチャイムが鳴るまで、他愛もない話で盛り上がる。


僕は幸いな事に、『クールなキャラ』で適応出来ていて、そんなに話に入らずに済んでいた。


「なー、しきってマジで彼女いたことないの?」

「あっ、ウチもそれ気になるー」

「え、それ聞いていいん?」


…だから、たまに自分の方に回ってくる会話をできるだけ穏便に返すのが、その輪の中での僕の数少ない役割だった。


「……ないよ」


僕の答えに、輪は一瞬静まり返る。


「まじかー!でも確かに作らなそう」

「えー?!ウソ!そーゆー奴に限って常に3人くらい居るんだろー?」

「前のもわざわざ断ってるってこと?ガチもったいなー」

「なになに?何の話?」


…けれど、こんな感じですぐに騒がしくなる。


中学の頃と違って輪の中に女子が常に居ることが多くなったからか、かわしにくい会話も増えてきて、話を振られるのも多くなってる感じがして少し憂鬱だ。


…それなら隅で1人で読書でもしてれば良いのだけれど…逆に出来るならばそうしてたいのだけれど、僕はそういう訳にはいかないんだ。


結局、学校で快適に、そして将来を見据えて暮らすなら、人望と、ある程度の『キャラクター』が必要なんだ。

僕が選んだのがこれだっただけで、ハイテンションで話し続けるあいつも、ずっと頷いて同調しているそいつも、みんなそうやって上手くこれを乗り越えてるんだ。


…きっと、退屈な日々を、こうやって少しずつ…本当はみんなきっとそうなんだ。


「席つけー、お前らー」


チャイムが鳴って、すぐに担任の先生が声を張る。

その声に輪はバラけて、ガヤガヤしつつも皆席につく。


僕は友達と会う為に学校に来ている訳では無いから、授業中が1番平穏で楽だ。

だからこうやってある程度の秩序が出来ていくと安心出来る。


みんながみんなそうとは思わないだろうけど。


「えー、いきなりだけども、今日はこのクラスに転校生が来る」


…だから、こういうのは1番嫌いだ。


案の定教室がザワついて、前の席の友達は、わざわざ後ろを振り返ってまで「転校生だって、可愛い子かなー?」とか聞いてくる。

本当にどうでもいいからたちが悪いんだ。


「黒木、来ていいぞー」


『転校生』なんて、可愛かろうが、そもそも男子だろうが女子だろうが、クラスに馴染むか孤立かしてる頃にはもう『転校生』でも無くなるんだ。

そんな一瞬の1人のイベントの為にめんどくさいくらいかき回されてしまうのは本当に嫌だった。


当の転校生は、呼ばれても来る気配すらしない。

少し経ってから先生が扉を開けて、軽く引っ張られるような形でやっと『転校生』は教室に入ってきた。


「え…」


その『転校生』に、教室は異様にザワつく。

それは、悪い意味で。


「黒木、自己紹介できるか?」

「……」


長身でスタイルは良さそうだし、顔も普通に整っているけれど、『転校生』のそれはそんなことで到底補えるようなものではなかった。


腰まで伸びた黒髪は、伸ばしているというより切っていないという方が正しいのかもしれないほど酷く乱雑に伸びている。

前髪も伸びたのを適当に耳にかけている感じで、シャツはくしゃくしゃだし、リボンさえちゃんと付けられていない。

おまけに学校指定のと違うカーディガンを着ているし、先生の言葉は聞こえているのか意図的に無視しているのか、態度も酷い。


「じゃあ黒板に名前書けるか?」

「……」


先生が渡したチョークを、『転校生』は持ちはするものの、黒板に向かおうとは一切しない。

その光景は手渡されたそれが何であるか理解しているかさえもはかれない。


「えー、黒木は少し障害をもっててな、目立つ行動が多いかもしれないが、仲良くしてやって欲しい」

「……」


教室は異常な程しんとしている。

ある意味、それは絶世の美女が転校してきたのと同じくらいの『異物感』だろう。

けれど、それと決定的に違うのは目の前の人間が果たして自分と同じ人間なのかという恐ろしさだろうか。


「…えー……黒木、みんなに一言、言えるか?」

「…………こんにちはー、」


もう一生喋らないのかと思うくらいの沈黙の後、少しビクッとするくらいの声量でその『転校生』は一言言った。

…と思えば、それっきり興味を失ったようにあくびをして窓辺の方に行ってしまった。


「……」


それにはさすがに先生までも呆気にとられたようでしばらく無言で固まっていたが、隣の教室からの「では、」という少し大きい声で我に返ったように、


「えー…では、黒木も新しく仲間に入ったことで……うちのクラスだけ特別に今から席替えをする!」


と、いつもの調子で話し出した。

そして、みんなも段々いつものように、席替えと聞いてはしゃぎ出すようにまたザワザワとし始めた。


「えー、しき!」

「えっ……はい、」


この流れでいきなり自分の名前を呼ばれて、少しびっくりしてしまいながらも返事をする。


「黒木の案内役、頼めるか?」

「…案内役、ですか?」

「あぁ、特別教室とか、教科書とか…転校したばかりで分からない所も多いだろうし、しきはしっかりしてるから、しばらく助けてやって欲しいんだ」

「……はい、」


…つまりはお世話係という所だ。

面倒だけれど、指名して僕に頼むくらいなら少なくともちゃんとしてると思われてるという事だ。

『転校生』は異質なだけで無口そうだし、あの輪に属しながら少し離れる時間を作る口実にもなりそうだから…うん。

結局の所都合は良かった。


そこまで人に興味無いし、揺さぶられるとも思わないから、普通の人大勢と居るより変人1人との方が気が楽なんだ。


「しきありがとな、じゃあ黒木としきの席は先決めちゃうな、」

「…はい、」


まぁこうなるだろうな、という風に僕と転校生の席は決まって、彼女は左の窓側の1番後ろ、僕はその隣という席になった。

正直その席順は上手いなと思ったから、別に嫌では無かったし、普通に席に着いた。


意外と転校生も普通に席に座って、他の奴が仲良く席決めのくじか何かをやってる間に、することも無いので僕は彼女に話しかけた。


「よろしくね、黒木さん。僕は小野寺しき」

「……」


転校生は返事どころかピクリともせずぼーっとどこかを見ていた。

返事はされないとは思っていたけれど、あまりにも無反応だったから耳が悪いのかと思って、今度は少し大きめに話そうと体ごと彼女の方へ向く。


「僕、これからしばらく君の手伝いするけど、よろしくね」

「……」


そう言うと、今度はこっちをちゃんと向いてきて、僕の目をじっと見てくる。


…本当に本能で動いてるのかってくらい読めない。

張り合って見つめ合い続ける程のことでもないので僕が目を逸らすと、バンッと僕の机を叩いて、いつの間にか、座っている僕を見下ろすような形で、転校生は僕の顔を至近距離で見つめて来た。


…ほんとに…ほんとに何なんだ……?


「なん…」

「黒木さん!しきに何してるの?」


僕が押しのけようとした矢先、さすがにさっきの音が大きすぎたのか、今の状態に気づいた友達が近寄ってくる。


「しき…どうしたの?」

「えっ、なになに、黒木さんと小野寺?」

「しき?なんかあった?大丈夫かー?」


途端にわらわらと人に囲まれて、転校生はゆっくり顔を上げて、集まって来た人達を他人事のように見ている。


「…大丈夫、黒木さんと挨拶してただけ、よろしくって。」

「そうなの?おっきい音したけど…」

「あー…黒木さんちょっとつまずいちゃったみたいで、机に手置いただけだよ」

「あ、そっかー、よかったぁ…初日からしきと喧嘩しちゃうのかと思ったよぉ」


…友達の予想もあながち間違ってはいないけれど、急に音で威嚇されてガンつけられましたなんて言ったってめんどくさすぎる。

庇う訳でも無いけれど、わざわざ「違う」なんて転校生は言わなそうだし、そういう事にしておこうと思った。


「……」


…でも、よくこれでこの学校に来れたなとは思う。

この調子で勉強してるなんて想像出来ないし、きっと何かの特別枠か支援かだとは思うけど……それにしても、今までどうやって生きてきたのかと思ってしまうレベルだ。


「おいしきー、席決まったー、めっちゃ離れたー」

「おー、」

「でも俺ら隣だったわ、結構いい並びなったから遊びに来いよ?」


…そんなことを考えてるうちに席替えは終わったらしく、僕は楽しそうにそわそわしてる友達に囲まれてまたいつもの輪の中にのまれた。

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