第91話 世界一過激な文化祭
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朝、俺は目を覚ました。場所は学校の教室。
否、目を覚ましたというよりは、目蓋を閉じて横になっていた状態から目を開いて起き上がっただけだ。
そう、昨夜はほとんど眠れなかった。昨日の夜にやった肝試しの延長で校長先生の部屋を物色し、そこでおぞましいものを見てしまったからだ。
何故あんなものが机の引き出しの奥に押し詰めてあったのか。考えても俺が安心できるような答えは導き出せず、そんなことを考えているうちに朝になってしまった。お陰で少し寝不足だ――――今日は文化祭当日だというのに。
俺は一旦昨夜のことは忘れて文化祭に意識を集中させることにした。その方がきっと、精神的に楽になれる。
俺に続いてテリヤとイヌヌも起床した。2人とも目の下に浅いクマを作っている。2人と幾度か会話を交えたが、お互いに暗黙の了解で昨夜の出来事については一切話題に上がることはなかった。
クラスの出店の最終準備が終わり、文化祭の開催時刻を迎えた。教室内で待機していたクラスメイト達が一斉に廊下に飛び出していく。他のクラスも同様だ。
そうして校内はあっという間に文化祭の活気に満ち溢れた。
イヌヌやテリヤ、俺とナルミさんは出店のカフェでの仕事は文化祭の中盤から後半あたりの時刻に割り当てられていたから、序盤は4人で校内を巡ることになった。
ちなみにエルハは、昨日彼女に投げ飛ばされた件でも懲りずにエルハに執着する愚麗愛と、半ば強制的に行動を共にすることになっていた。エルハは愚麗愛の存在を疎ましがっている様子だったが、かと言って強い言葉で突き放したり昨日みたいに暴力で拒絶するのは気が引けるらしい。彼女は愚麗愛の行動の最低限は我慢して許容していた。
校内は文化祭の雰囲気に浮かれて意気揚々とする学生たちで賑わっていた。教室を改装してできた出店が並び、廊下は学生手作りの装飾に彩られる。
「なんかみんな元気ないように見えるけど、なにかあったの?」
一緒に校内を歩いていたナルミさんが俺、イヌヌ、テリヤに尋ねる。俺たち3人は昨日の件であまり十分な睡眠が取れておらず、それをナルミさんは勘付いたようだ。
「な、なんもないって…………。それより今は文化祭を楽しもうぜ?」
俺は再び蘇ってきた昨夜の記憶を振り払うため、文化祭に意識を戻すよう促した。
綿菓子や焼きソーセージ、焼きそばやリンゴ飴など多種多様な飲食系の出店や、お化け屋敷や脱出ゲームの会場などが連なる校内を通り抜ける。
外に出て校庭に着くと、ここも多くの生徒や外部から訪れた大勢の老若男女で混雑していた。そこで一際目を引いたのは――――校舎の屋上から飛び降りる生徒たちの姿だった。
脚にはロープが繋がれ、伸縮性のあるロープが飛び降りた生徒の体を地面擦れ擦れのところで引き留め、そして再び上に引き上げる。バンジージャンプだ。
文化祭の出し物でバンジージャンプを作った頭のネジが飛んでるクラスがあるようだ。
「安全面はどうなんだろう…………」
「……………………ッ! 危ない!!」
俺は茫然と屋上を眺めていると、突然ナルミさんが声を上げる。
直後、俺の左隣で鈍い衝突音が響いた。体を鈍器で殴ったような重い音。左隣にいたのはイヌヌだ。
振り向くとイヌヌの姿が消えていた。その代わりに――――――巨大な4輪のタイヤをうねらせたモンスタートラックが目の前を横切る。
黒い車体に赤い炎のペイントが施された巨大な車がドリフト走行をし、デカいタイヤの側面で小柄なイヌヌの体を無慈悲に跳ね飛ばした。イヌヌは遠く離れた校舎まで飛んでいき、窓ガラスを頭から突き破って屋内に姿を消した。
あまりに突発的で予想の範疇を超えた出来事に俺は茫然とするしかなかった。
周囲の雑踏から歓声が上がる。俺は周りの人が興味を向けている方向に視線を移した。
視線の先は学校の校庭。茶色い土のグラウンド。そこには4輪の巨大なタイヤのモンスタートラックが何台も列を成して地面を駆け回っていた。
「な、なんだこれは…………」
それ以外の感想が思い浮かばない。
いつの間にかリべフロ学園の文化祭案内のリーフレットを手にしていたナルミさん。リーフレットを眺めながら口を開く。
「この学校の文化祭では生徒たちの出し物で、校庭でオフロードレースを毎年開催してるんだって」
「出し物の域を超えてるだろ」
「トラックを運転してるのも学校の生徒だって」
「未成年運転だろ」
学校の文化祭でオフロードレース。しかも車に乗ってるのは未成年で、たった今、幼気な新入生の少女を跳ねやがった。さらにこれが毎年行われているらしい。
まともな大人がこんなことやめさせないのか。そもそもこの世界にまともな大人なんていないのかもしれない。
グラウンドの一部はモンスタートラックのパフォーマンスを魅せるために土を持って凸凹の路面を作ったり、木の板と盛り土でジャンプ台が設置されている。
砂塵を巻き上げてドリフト走行を披露するトラックを眺めていると、さらに異様な光景が俺の目に入った。猛スピードで駆け抜ける車高の高いトラックの目の前に飛び込み、地に伏せてトラックの真下を潜り抜ける人たちの姿が遠くの方に見えた。
「トラックの下を通り抜ける度胸試しも毎年定番って書いてあるよ」
ナルミさんがリーフレットのオフロードレース紹介の部分を指し示した。
「この学校の倫理観はどうなっちゃってんだよ…………」
「とりあえずイヌヌの安否を確認しに行こうぜ」
珍しくまともなことを口にするテリヤ。
俺たちは校庭から再び校舎内に戻り、イヌヌが窓を突き破って突入したであろう場所に向かった。
窓ガラスが割れた教室に着く。そこは生徒の出店の一つであるクレープ屋だった。窓を突き破ってご入店されたお客様のイヌヌに、店員も他の客も困惑している。
「無事かイヌヌ!?」
俺はイヌヌに駆け寄った。イヌヌは床に足を崩して座り込んでいる。
「まあね、なんとか大丈夫だよ」
そう答えるイヌヌ。だが、額には結構な量の血が流れている。
普通の人なら大怪我だが、まあイヌヌなら大丈夫だろう。俺はイヌヌに手を貸して立ち上がらせた。
「ありがとう!」
俺の手を握ったイヌヌが血の垂れた顔で笑顔を作る。とりあえずイヌヌが重傷じゃなくて一安心。再び文化祭巡りを再開しようとしたところ――――
『校内放送です。校内放送です』
校舎の中に聞き覚えのある声が響いた。声の主はこの学園の校長、ババアの声だ。周囲の生徒の動きが止まる。
『リベンジフロムヘブン学園の校長です。文化祭の最中ですが校内の皆様に通達します――――本日の明け方頃、何者かが無断で校長室に忍び込んだ形跡を確認しました』
イヌヌとテリヤの体が飛び跳ねた。当然俺も。
――――まずい…………これはまずい。昨日の夜、校長室を物色したのが完全にバレてる。
『犯人は特定できていませんが、この学園内で恋人がいない生徒が犯人だと断定して捜査を進めています。怪しい生徒は恋人係数を測定させていただきますのでご了承ください。今日は普段より測定の頻度を増やしています。また、付近に恋人がいなそうな怪しい生徒を見かけた方はわたくし校長に報告してください』
俺たちが軽はずみで行った校長の部屋への潜入が大事になってしまった。しかも恋人がいない生徒を犯人だと断定しているらしい。そして黒スーツによる恋人係数測定の包囲網が強化されていると。
だが幸いにも俺たちがその犯人ということまでは知られていないようだ。まあそのせいで無実無関係にもかかわらず恋人がいなそうという理由だけで犠牲になる生徒が増えるだろうけど。
『と、いうわけで。犯人を炙り出すためにも、今から恋愛イベントを発令します』
「恋愛イベント?」
ナルミさんが頭上に疑問符を浮かべる。周囲では生徒たちの困惑のどよめきが広がった。
『イベント名は…………恋人手繋ぎタイム! 今からあなた達には隣にいる恋人と一定時間手を繋いでもらいます。学校の文化祭となればうら若き学生諸君は恋人と校内を巡るのが当然です! 学生の義務とも言えます! ですから、このイベントは当然のようにクリアできるはずです!』
口調に熱が入り始める校長。周囲の困惑は次第に焦りへと変わっていく。
『ルールは単純! 隣にいる恋人と手を繋ぐだけ! 手を繋いでいない者は恋人係数を測らせてもらいます! 学園の校門を文化祭が終わるまで封鎖するので逃げられません! では、恋人手繋ぎタイムスタート!!』
ブツ、と放送が切れる。
放送が終わると周囲は大混乱に陥った。文化祭とはいえ都合よく隣に恋人がいる者は多いはずがない。当然俺たちも。
悲鳴を上げる者。なりふり構わず誰かと手を繋ごうとする者。青ざめて呆然と立ち尽くす者。その場に泣き崩れる者。辺りは戦場と化した。
「イヌヌッ!! 約束通りこのまま手、繋いでてくれよ!?」
俺は周囲のパニックに掻き消されないように声を張り上げた。不安げに首を縦に振るイヌヌ。
「ナルミ、頼むッ!」
「うん…………」
隣でテリヤとナルミさんも手を繋ぐ。2人とも周囲の状況に影響されて落ち着かない様子だ。ゾンビ映画で大勢が避難した施設に大量のゾンビが迫ってきたかのようなパニックの渦に飲まれる。
「イヌヌ、その血、怪しまれるから拭いとけ」
俺は近くにあった紙タオル、おそらく生徒の出店のクレープ屋の備品だが、それを勝手に使ってイヌヌの顔を拭った。
周りの生徒が誰でも構わず異性とペアを組んで手を繋ぎ始めた頃、今までとは違う異質な悲鳴が廊下から飛んできた。全身全霊で何かを拒絶しようとする、恐怖と絶望を孕んだ発声。何を叫んでいるのかわからないが、何をされているのかはわかる。恋人係数を測られたんだ。そしてその結果、あの恐ろしい全裸露出の処罰を………………
それからしばらくして、恋人手繋ぎタイム終了の放送が入った。
俺とテリヤは助かったが、学校内にはいくつもの男子生徒の哀れな磔が乱立することとなった。
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