第87話 その女、『校長』
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戦国ファンタジーのゲームをクリアした俺はさっそく次のゲームを目指して行動を始めた。早々に涙華たちに別れを告げて戦国ゲームの世界を去る。
帰り道の途中までは染野の馬車に送ってもらい、後は自分の足で歩いて家まで帰還する。テリヤとナルミさんも一緒にメイクサードシティの自宅への帰路を辿っていたが、エルハだけは怪我が完治するまでは落妖の城で休むことになっていたからこの場にはいなかった。
特に言い表す特徴もないなだらかな丘陵が広がった草原。そこに這うように伸びた砂利道を三人で歩む。話のネタも尽きて会話もなく。
しばらく歩き続け、もうじきメイクサードシティの街並みが見えてきそうなところで、前方の砂利道でこちらに手を振るピンク髪の少女の姿が目に留まった。
「あッ! やっと来た!」
結構離れているにもかかわらずよく響く高い声が俺たちの元まではっきりと届く。遠くからでもわかる。あの少女はゲームクリアを目指す俺のあまり頼りにならない相棒。イヌヌだ。
俺たちがイヌヌの元に辿り着くと、イヌヌは深々とため息を吐いた。
「はぁ……もう待ちくたびれたよ。早く次のゲームに行こ!」
「待ちくたびれたって。そもそもゲームクリアの案内人のくせに今回の長編ゲームに全く顔を出さなかったお前が言える立場じゃないだろ」
俺は職務放棄甚だしいイヌヌに至極真っ当な反論を返した。思えば人狼ゲームの時もイヌヌはいなかった。
「まぁまぁそんなご機嫌斜めな顔しないでさ! みんなで次のゲーム行こ!」
俺たちの同意の言葉も待たずに、一緒に行く前提で砂利道を歩み出すイヌヌ。
「次のゲームって、どこに行くつもりなんだよ?」
俺が尋ねるとイヌヌは体ごとくるりと振り返って答えた。待ってましたと言わんばかりのいい笑顔で。
「それはね――――」
§
――次のゲームの舞台はメイクサードシティの中にあった。俺が作った家からもそう遠くないところに。
俺たちはイヌヌの後を追って砂利道を進み、メイクサードシティに入ってからも歩き続けた。
しばらく進み続けてある地点でイヌヌが足を止める。そして振り返った。
「到着! 次のゲームの舞台はここだよ!!」
イヌヌが「ご覧ください」と両手で表現するその場所に俺たち三人は視線を向けた。
人の背丈より高い、黒いフェンスに囲われた敷地。正面ゲートの黒い門は横にスライドして開け放つタイプの門で、車三台が同時に通り抜けできるくらいの幅がある。門の奥には褐色の平らな地面が広がり、さらに奥には白く巨大な建造物が望める。
そして、門の端に立つ石柱にはこう刻まれていた。
『私立リベンジ・フロム・ヘブン学園高等学校』と。
「これは…………」
俺は日本の学校の前景という馴染み深い光景に呟きを漏らすと、イヌヌが口を開いた。
「次のゲームはこれ! 学園恋愛アドベンチャーゲーム。その名も『リベンジ・フロム・ヘブン』だよ!」
私立リベンジ・フロム・ヘブン学園………………。
「恥ずかしくて履歴書に書けねぇわ」
俺は学校名を聞いた第一印象をそのまま口にした。これはこの学校に対する誹謗中傷ではないが、絶対に偏差値は40を下回っていると思う。
それから俺たち四人はリべフロ学園に足を踏み入れた。
校庭は学生服を身に纏った大勢の少年少女たちでひしめき合っていて、スーツを着た数人の男性たちが溢れかえった学生たちを誘導している。スーツの男はおそらく学校の職員だろう。学生たちの談笑が飛び交う中、額に汗を流し、周りの雑音に負けないように声を張り上げて学生たちを一か所に誘導している。
俺たちも学生たちの群れに交じって大勢の流れに身を任せた。スーツの男の誘導により、途中で制服を着ている者と着ていない者の二手に分かれた。着ていない者は全体の2割くらいで少数派だ。
制服を着ていない俺たちは校舎正面の下駄箱から、ではなく校舎脇の事務室の方から校舎に入る。事務室にいた20代後半くらいの声が小さいお姉さんに制服を手渡され、近くの更衣室でそれに着替えるように促された。
男女それぞれブレザーの制服を受け取り、更衣室で着替える。その後は教職員の指示で体育館に向かうように指示された。俺たちは新入生で今から入学式に出るということらしい。
体育館は通常の学校のものの3倍くらいの広さを誇っていた。バスケットボールのコート6面分くらいのスペースがある。外観からも薄々察していたがこの私立リべフロ学園は結構なマンモス校らしい。
館内には安物のパイプ椅子が所狭しと大量に並び、ステージのある前の方から順に生徒たちが席を埋めていく。
俺たちも同じように前に詰めて座って、4人横一列に席に着いた。位置は体育館の真ん中から少し前側辺り。
しばらくするとあっという間に後ろの方の席まで制服を着た学生で満たされた。
館内はわずかな物音やひそひそと会話をする声が漂っている。静寂の一歩手前だ。それに加えて体育館特有の鼻を刺激するツンとした臭いを感じて、俺は過去の学校生活を想起させられて懐かしさを覚えた。
「すごい静かだね。お葬式みたい」
右隣に座っていた制服姿のイヌヌが俺に小声で囁いた。
「不謹慎な例えすんな…………。っていうか、今回のゲームのクリア条件は?」
「クリア条件は、この学校内で恋人を作ることだよ」
「そんなの簡単じゃねぇか」
俺はパイプ椅子に座ったまま少しだけ体をイヌヌの方に向けた。
「イヌヌ、俺と付き合え」
俺は無機質に機械的に、世界一淡白な告白を彼女に披露した。
「ただし条件があって、ドラマチックなシチュエーションで告白してから付き合わないといけないよ」
「………………めんどくさ」
このゲーム、なかなか一筋縄ではいかなそうだ。
俺は味の無くなったガムのような皺も少なくつまらない己の脳味噌でドラマチックなシチュエーションというものを必死に構想した。だが、思いつかない。
すると突然、耳障りの悪い老年の女性の声が館内に響き渡った。
「お静かに!!」
マイクのエコーが相乗して、甲高いようでずっしりと低く胃に響く嫌な声だ。正面のステージを見ると、演台に一人の女性が立っていた。熟した梅干しのような皺だらけの皮膚で血色が悪い白髪のババアだ。ババアの分際で年甲斐もなく露出度高めのフォーマルな服装に身を包んでいる。
「わたくしはこの私立リベンジ・フロム・ヘブン学園の校長です…………皆さん静粛にッ!!」
ババアのヤバい雰囲気を感じて既に静まり返っている新入生たち。それに対して両手を顔の位置に上げて手の平を2回、パンパンと叩く校長ババア。「静粛に」の合図だ。
そして後に続く校長先生のありがたいお話。
「この学園の一番重要な規則である第一校則、『生徒は必ず異性と恋愛をしないといけない』という校則を作ったのはこのわたくしです。いいですか皆さん。恋愛とは素晴らしいものです。男性が女性に好意を抱き、女性が男性に好意を抱く。そして性行為に発展し、子孫を残す。我々生命は異性を好きになるという感情によって種の存続を遥か昔から継承しているのです。歴史は古く紀元前、47万年前からの営みです」
校長はペットボトルの水を一口飲むと話を続ける。
「そして今日、現代の恋愛はより精練され、緻密化、神聖化しています。男性は女性に認められるために自分磨きに精進し、優れた外見と内面、そして人に誇れるキャリアを形成していく。女性は男性に振り向いてもらうために己の美を追求し、男性とお付き合いをする際に重要な包容力を育んでいく。そして、穢れなき無垢な男女が結ばれる。これは素晴らしい恋愛の完成形だとわたくしは考えます!」
話し口調に熱がこもる校長。一呼吸置いて再び話し始める。そして、話の雲行きが怪しくなる。
「皆さんは恋愛リアリティショーを見たことがあるでしょうか? 愛を求める男女の生々しい恋愛模様を映した恋愛バラエティ番組です。それらのドキュメンタリーはわたくしたちの心を純真に、そして時に情熱的に変化させてくれます。わたくしはこの学園を恋愛リアリティショーを参考にして改変していきたいと考えています。ですので、皆さんには今日から毎日、自宅で恋愛リアリティショーを最低一時間視聴することを日課にしてもらいます!」
館内で生徒たちのざわめきが生じる。唐突な押し付けがましい日課の強要に困惑する一同。そして――――
「――ふざけんな! あんなのどうせやらせだろ! あんなモン見るのは頭の弱い恋愛弱者の非モテ女だけだぁー!!」
生徒の中から野次が飛んだ。俺は声の主に目を向けた。
俺たちの右斜め前方で一人の男子生徒が起立している。尖った唇に腫れぼったい一重の目蓋と潰れた鼻。ニキビにデコレーションされた顔面。髪型は千円カットで、「前髪は眉にかからないくらいで、耳は出して、後はお任せで」と注文してそうな髪型。そんな冴えない男子生徒がババア校長に牙を剥いた。
弱者男性には二種類あって、弱者は弱者らしく部屋の隅で大人しくしている奴と、弱者のくせに無駄に攻撃性を備えている奴。彼は間違いなく後者だ。
そんな弱者男性には目もくれず、校長は話を続ける。
「いいですか? 重要なのは異性との恋愛です。わたくしは同性愛者を見ると全身に悪寒が走って胸焼けを起こします」
社会問題になりかねないとんでもない一言を放つババア。
「私たちの存在を否定するの!? 性的マイノリティの迫害よ!!」
当然生徒の中から批判が上がる。一人ではなく、館内のあちこちから非難の声が上がる。あまり話を理解していない様子のイヌヌも便乗して「そうだそうだー! セサミマイノリティ―!」とよくわからない声を上げる。
「わたくしは今まで、1万2千人の男の人お付き合いをしてきました! そんなわたくしの考えに間違いがあるわけありません!」
「さすが我らの校長!!」
「660人を端数にした女ッ!!」
今度は生徒の中から校長を鼓舞する声援が飛んだ。あまり話を理解していない様子のイヌヌの便乗して歓声を上げる。
そんなこんなで罵声歓声が飛び交う荒れに荒れた波乱万丈の校長ババアの話は終わった。多くの学校や職場でよくある恋愛禁止とは対極の恋愛強要を掲げた校長。結婚離れや恋愛離れが加速する現代社会、同性愛やLGBTQを受け入れる多様性を目指した現代社会に真っ向から楯突くような話で良くも悪くも生徒たちを飽きさせない話だった。
「続いて、新入生代表の挨拶」
体育館の端にいた進行役の先生が口を開く。
「首席のアメミヤグレア君、新入生としての意気込みをお願いします」
ステージの上から白い垂れ幕が降りてきて、そこに達筆で書かれた黒い墨文字で雨宮愚麗愛と書かれている。
愚かで麗しい愛と書いて愚麗愛。清々しいほどのキラキラネーム、DQNネームだ。だが、少しだけかっこいい気もする。
左隣に座っていたテリヤが静かに囁いた。
「愚麗愛…………いい名前だッ……!」
感極まって目に涙を浮かべるテリヤ。こいつの厨二病感性では愚麗愛は完全にかっこいい名前らしい。
ステージに黒髪を整髪料で立たせて黒い眼鏡を掛けた男子生徒が上がる。あれが愚麗愛だ。名前は半グレだが非の打ちどころのない整った制服の着こなしと優等生しか掛けなそうな眼鏡が彼が首席であるという事実を裏付ける。
愚麗愛は先程校長がいた演台の前に立つと、マイクを手に取った。
「皆様初めまして。私は最優秀の成績を収めてこの高等学校に入学した、雨宮愚麗愛と申します。私は幼少期から水泳や空手、英会話やプログラミングなど、あらゆる習い事に挑戦して英才教育を叩き込まれてきました。さらに中学生時代には勉学と部活の両方で優れた結果を残し、英検及び数検の3級取得、所属していたサッカー部では県大会に出場しました。以上の話でお伝えしたことから察しの悪いあなた方にもわかるように、私は非常に優秀です。本日はこの場をお借りして私がいかに優れた人間であるかを諸君にお伝えして差し上げようと思います」
それから数分間、彼は新入生の意気込みを差し置いて、自分がいかに素晴らしい人間であるかということをひたすら語り続けた。だが話の内容を聞くに、言うほど凄くない。ただ彼は周りの環境に恵まれたお陰で今のナルシスト気味な雨宮愚麗愛となったことが第三者である俺でもなんとなく察せるが、愚麗愛はそれはすべて自分の実力と努力と才能の賜物だと思い込んでいる。
愚麗愛の話が終わり、彼はステージを降りる。新入生たちの冷ややかな目線が彼に集中したが、愚麗愛はそんなもの一切気にしていない、というか気づいていない様子だった。
進行役の先生が再び口を開く。
「それでは最後に、校長先生のお言葉。お願いします」
またババアだ。校長がステージに上がる。
「この学校では恋人を作らないと退学になります。くれぐれも気を付けてください。以上です」
「…………狂ってんなこの学校」
俺は正直な感想を一人呟いた。すると――――
――ガタンッ!!
何かが倒れる音をマイクが拾い、大音量が館内に響き渡った。
「せっ、先生ッ!?」
「大丈夫ですか!!??」
体育館の端の方で生徒たちの悲鳴が上がる。その悲鳴は周囲の者に感染するように広まっていき、館内は生徒たちのどよめきに包まれた。
悲鳴の出所は進行役の先生がいた辺りだ。数多の生徒たちが群がっている。そして、そこに駆け寄っていた校長が声を上げた。
「し、心臓が止まっている…………心不全よッ!!」
入学式の最後に、本当に突然に、一人の教職員の命が失われた。命というのはタイミングもわからず唐突に散っていくものだ。
「ほ、本当にお葬式になっちゃったね…………」
隣でイヌヌが引きつった笑みを浮かべた。
そうして学校生活の初日、狂気に満ちた俺たちの入学式は幕を閉じた。
X(twitter)→ https://mobile.twitter.com/bandesierra
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