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自堕落ゲームテスターは33種のゲームをプレイする  作者: バンデシエラ
第九章 サムライソウル ~AI戦国ファンタジー~
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第85話 分解と再構築 

 ヘルの背中に突き刺さったのは、紅餓者の機械の腕だった。


「――私の息子に手ヲ出スナ」


 ヘルの背を裂き、その内側に手を差し込んだ紅餓者。


 ヘルの腕の力が抜け、首を締め上げられていた奈魅月は解放される。地面に崩れて激しく咳き込む奈魅月。


「心臓を破壊シマス」


 淡白な機械音声がそう発した。


 心臓…………ヘルの心臓のことだ。


 先刻の紅餓者の話で少しだけ耳にしたヘルの心臓のこと。ヘルの心臓を潰すことで奈魅月の石油の呪いや、今は炭原城で療養中のナルミさんや数多の染野兵を蝕む石油の呪いも解けるという。


 紅餓者がヘルの体内に手を突き刺したのはヘルの心臓を潰すためだ。


 ヘルに刺さった紅餓者の腕が微かに震えている。力を込めて心臓を握り潰そうとしているのだろう。


 だが、紅餓者の目論見も順調にはいかない。紅餓者の腕がヘルの体に接する箇所から徐々に、黒い模様に侵食されていく。蛇が這うようなうねったその模様はやがて、墨汁をこぼしたような真っ黒に上塗りされる。


 ヘルは背後にいる紅餓者に攻撃しようと左腕を振り上げた。


 ここで紅餓者の邪魔をさせてはいけない。俺にできることがここにある。涙華たちはもう戦えない。俺がやるしかない。


 俺は一歩、二歩、駆け出した。


 ヘルが左腕を紅餓者に向けて振り下ろす。それに合わせ、俺はガルムを下から振り上げた。


 腕とハンマーが激しく衝突する。その衝撃は俺の内臓まで響いた。


 本来なら圧倒的力量差で俺が押され負けていたはずだが、俺はヘルの左腕を阻止した。ヘルは自身後方に向けての攻撃だったことと、背中を刺されて思うように力が出せなかったことが影響して全力を引き出せなかったのだろう。


 だが、ヘルは甘くない。ここで引き下がるはずもなかった。ヘルの左腕は黒い影を帯びていき、下方向にさらに力が加わり始める。俺の握るガルムにヘルの腕からの圧がじわじわとかかる。ヘルはそのままガルムを押し返して紅餓者に手を掛けるつもりだ。


 俺は抵抗してガルムに力を込めた。それでも現状を維持するのがギリギリで、少しでも気を抜けば一瞬で討ち破られてしまう。


 さらに、ヘルは()()も振り上げた。もう俺一人では対応できない。


「――――テリヤ!! 来いッ!!」


 俺は腹の底から叫んだ。声だけで頼れるアイツを手繰り寄せれるくらいに。


「ああ、もう来てる」


 近くでテリヤの声がした。ヘルの右腕が振り下ろされたが、それは紅餓者には届かない。白い刀を両手に握ったテリヤがヘルの右腕を受け止めた。


 俺が呼ぶまでもなくテリヤは駆けつけていた。


 ヘルが悔しそうに唸りを上げる。紅餓者の腕を侵食していた漆黒は胴体にまで及んでいて、いずれ全身を覆い隠す勢いだ。


 ヘルは左右の腕に力を込めつつ、この場から一旦距離を取ろうと前に踏ん張り始めた。ヘルが前に進むと心臓を掴んだままの紅餓者が引っ張られた。


 だが、ヘルの前進もすぐに阻まれる。


「行かせねぇよ」


 足元で奈魅月の声がした。


 ヘルの足元に倒れていた奈魅月が、ヘルの左脚に抱き着くように抑えつけた。いつの間にか意識を取り戻して近くに来ていた鳥隺が、右脚も同様に抑えている。


 ヘルは逃げるのを諦めて、再び左右の腕に力を込める。俺とテリヤはスタミナの限界を迎え、その負荷に一人で耐えられず徐々に押され始める。その時――――


――何者かが俺の背後から包み込むような形でガルムの柄を掴んだ。


「ありがとう、師匠を守ってくれて」


 耳元で囁いた。涙華の声だ。


 涙華の長い髪が俺の肩にかかる。彼女がガルムの柄を握ると、ヘルの腕に押されていた負荷はわずかに軽くなった。これならもうしばらくは耐えられる。


 テリヤの方は同じく背後から、白吐が抱き着く形でテリヤの刀を掴んでいた。


「――――グヴアァァァァアアアアア゛ッッ!!!!」


 ヘルが悶え苦しむ猛獣めいた雄叫びを上げた。


「モウスグで壊せマス。皆さン、耐えテ――――」


 紅餓者は既に全身が黒に侵食されていた。それでもヘルの心臓から手を離さない。


 俺は限界を迎えて痙攣し始めていた腕に必死に力を込めた。テリヤの、みんなの表情も苦しそうに歪む。俺一人だけが苦しんでるわけではないと思うと体の奥からさらに力を捻り出せた。多分、ここにいるみんなも同じだ。


「――――ヤ゛メロオォォォォオオオオ!!!!!」


 初めてヘルが意味を成す言葉で叫び声を上げた。


――ブチっ


 何かが潰れる音がした。ヘルの中から。


 同時に、真っ黒になった紅餓者の腕に大きく亀裂が走った。亀裂は止まることを知らず、紅餓者の肩まで裂く。そして、腕は形を留めていることも困難になり、ガラス細工のようにバラバラに砕け散った。


 ヘルは再度言葉にならない雄叫びを上げた。黒い体が燃え尽きた炭のようにボロボロと崩れていく。やがて紅餓者の腕と同じように全身が砕け散り、黒い灰塵と化した。ヘルが空中に溶けて消滅するまでにはそれほど時間はかからなかった。


 ヘルが姿を消すと、地面に座り込んでいる奈魅月に変化が訪れた。奈魅月の黒い全身が、徐々に色味を帯び始めた。黒い色素が抜け、換わりに彩度を取り戻していく。髪色は艶のある綺麗な緑になり、肌は元の肌色に戻り、真っ黒だった白目は白く染まり直した。着物も緑の色味を増した本来の姿に戻った。これはヘルの心臓を潰したことで石油の毒の呪いが解けたことを意味していた。


「ヘルを倒した…………ヘルは死んだのか?」


 俺は誰に尋ねかけるわけでもなく、一人呟いた。それに紅餓者が答える。


「いえ、オソラクまだ生きてイマス。コノ程度でヘルが死ぬはずありまセン。心臓を潰シタ程度では」


 心臓を潰した程度………………それで死なないのならどうすれば殺せるというのか。


 ヘルが消えて戦闘状態から落ち着きを取り戻し、周囲は戦場の臭いが残りつつも穏やかな空気に包まれていた。涙華、奈魅月、白吐、鳥隺が紅餓者の元に集う。


 全身が黒に染まり、体中にひびが入った紅餓者。弱々しくなった紅餓者の体を涙華が抱きかかえる。


 紅餓者の体は、細かい灰になって崩れ始めていた。


「私はもうだめデス。スグにでも私の体は消滅シマス」


 覇気のない、今にでも消えてしまいそうな不安定な電子音声で紅餓者が呟いた。


 紅餓者の体の消滅。それは紅餓者の死を意味する。


 白吐が紅餓者の顔に手を触れ、奈魅月と鳥隺も紅餓者の体に触れる。


「涙華、白吐、奈魅月、鳥隺。アナタ達を離れ離れにサセタ張本人でアルこの私の元に、再ビ四人で戻ってきてクレタコトに感謝しマス。空っぽダッタ私の中はあなた達に出会ッテカラ、ソシテ今、これ以上ナイというほどに満タサレテいます。ありがとう………………」


 それから、紅餓者は涙華に顔を向けた。


「涙華、アナタは幼い頃カラ姉としての自覚を持って兄弟タチと向き合おうとしているところを私は見てキマシタ。非常に立派でス。デスガ、責任感が強すぎるが故に気負い過ギテイルところがアリマス。あなたたち兄弟はモウ自立シタ大人です。あなた一人が兄弟のことを思ッテ心労を重ねる必要はないんですヨ?」


 涙華は驚いた表情で目を見開き、すぐに優しい笑みに戻る。そして返答する。


「師匠はそんなところにまで目を向けていてくれていたんだね………………これからは何かあっても兄弟四人で支え合っていくよ…………。師匠、私たちを育ててくれてありがとう」


 次に、紅餓者は奈魅月に顔を向けた。


「奈魅月、あなたは気が強クテ口調も荒いケレド、でも誰ヨリモ優しい心を持っている人だと私は知ッテイマス…………。それと、アナタと炭原の兵士タチガ長年石油の毒に苛マレルことになったノハ私のセイデス。スミマセンでした」

「そんなこと………………気にしてねぇよ………………」


 奈魅月は俯いたまま答えた。いつもの奈魅月からは考えられないくらいか細い消え入るような声で。


「鳥隺。アナタは昔から気分が変ワリやすくて、本当ノ自分がわからず思い悩ンデイタようですが、アナタの真の姿は、地面へと舞い落チル紅葉した落ち葉のように穏ヤカナものだと私は確信シテいます。私ヲ、そして何ヨリも自分自身を信じてあげてクダサイ」

「…………あぁ、師匠………………ありがとう……」


 震えた声、けれど熱がこもった強い声で鳥隺は呟いた。口元は微笑んでいるが、目元は長い前髪に隠れて見えない。


「白吐、あなたは幼い頃から努力家デシタ。あなたは兄弟ノ中では一番剣の才能がないと私は正直思ッテいましたが、ソレが今では兄弟をも凌駕スルホドノ鋭い剣術を会得してたくましくナって、本当に努力シタんですね…………。アト、白吐はその記憶力のセイデ何かと思い悩むこともアルコトでしょうが、気ヲ強く持ってくだサイ。私も忘レタイことも忘れられない頭脳ナノデ、気持ちはわかりマス」

「――ッ! 師匠ッ……まだいかないで…………もっといっぱい、話がしたいよ………………」


 言葉を噛みしめる白吐。綺麗な水色の両目から涙がこぼれ落ちた。


 四人への()()()()()を告げた紅餓者。体の一部は既に黒い灰になって形をなくしている。


 紅餓者は残り一本になった最後の腕を動かし、自身の胸の位置に機械の手を持っていく。戦いの末に鎧にできた亀裂から機械の胸が剥き出しになっており、そこに描かれた赤い心臓の模様を指先で確かめるように擦る。


 涙華たち四人も重ねて紅餓者の胸に手を置いた。


「ココが温かいです………………機械に心臓は、あるのでしょうか」


 その紅餓者の一言には、今まではなかったはずの人間の抑揚が生じていたように聞こえた。


「あるよ…………お母さん」


 涙華が笑顔で答えた。涙華の頬に涙が伝う。それでも涙華は表情を崩さぬまま、笑顔のまま紅餓者を見送った。


 紅餓者の青く光っていた目が静かに色を失う。やがて、紅餓者の体のすべてが黒い灰になって形をなくした。


 地面に積もった黒い灰の中、乳白色の光を透過する半透明のダイヤモンドトロフィーが顔を覗かせた。








 俺はこの世界に、インターグラスに暮らす人々には感情なんてないと、この世界に訪れた当初はそう思っていた。この世界の人々は生きていない、ただのゲームの中のキャラクターという認識でいた。


 でも、違った。この世界の人たちには感情がある。体温がある。機械ですらそうだ。それを、涙華たちを見てきて、人狼ゲームのリーナとレイカのことを知って、そしてイヌヌ、テリヤ、エルハたちと出会ったことで俺は深く胸に刻んだ。


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