第81話 最後の進軍
落妖の城で眠りにつき翌朝。まだ日が昇り始める前に起床した。
俺たちは最後の進撃のための準備を整えた。人数分の馬を六頭揃え、東の空が青白く染まり始めた頃、城を出立した。
赤や黄色に紅葉した森を抜け、夏の青い葉が茂る森林を馬で駆け続ける。
朝日が昇り、日差しが木々や葉を煌々と照らす。小鳥のさえずりが森の至る所から度々聞こえてくる。周囲は少し肌寒く、朝の澄んだ空気に満ちていた。
緑に煌めく森林を一時間半ほど進み続けると、森が開けた。
空を覆っていた木々の葉が無くなり、急に眩しくなる。
視界が真っ白になり、俺は思わず目蓋を閉じた。そして目を開くと、
目の前に青い草原が広がった。俺たちは森を抜けて切り立った崖の上に着き、そこから周囲を山々に囲まれた広い草原を見渡せる。ここが俺たちが目指していた場所、焉呈だ。
草原の奥には縦に巨大な亀裂が走った城がそびえていた。頂上の屋根から根元の土台まで城を左右対称に裂いた亀裂はまるで、神話に登場する巨人が巨大な斧で一刀両断したかのようだった。断面は青白く光っている。見たところおそらく電子回路や機械部品の類いの発光だ。
そして、城の前には――――千は超えるであろう大軍の焉呈兵が待ち構えている。よく見るとその大軍は金属で作られた機械の兵だった。奴らの光沢を帯びた肌を見るだけで明らかに人間ではないことがわかる。このゲームがAI戦国ファンタジーと呼ばれる所以だ。武将の紅餓者が機械だからその配下の兵も機械なのは当然と言えば当然だ。
俺たちが目の前の光景を眺めていると城の亀裂から、火縄銃を手にした機械兵が幾人か顔を覗かせる。銃口は俺たちの方を向いていた。城下の兵たちも同様に俺たちのいる地点を向いている。
俺たちの存在は既にバレている。
焉呈兵が火縄銃の火蓋を一切の躊躇なく切った。鋭く轟いた銃声と共に銃口から飛び出したのは重い鉛の弾――――ではなく、赤や紫の光線。様々な色のレーザー光線が俺たちの周囲の地面や木々を貫通し、着地点を黒く焦がす。
焉呈兵が手にしていたのは古めかしい火縄銃を模した光線銃だった。
幸い命中精度は低く俺たちには当たらなかったが、もし少しでも当たれば容赦なく体を焼き貫いてくる。
光の雨が飛び交った後、銃を放った焉呈兵たちは物陰に隠れる。実際の火縄銃と同様に次弾装填まで時間が必要らしい。
「や、やばいだろこれ…………」
テリヤは青ざめた顔で足元にできたレーザーの焼き痕を眺めていた。
「なんでか知らねぇが、完全に俺たちバレちまってるな」
奈魅月が苦い顔をして愚痴った。
鳥隺は一歩前に出ると、二振りの刀を引き抜き、
「俺が正面突破して敵の注意を引き付ける。お前らは裏から回り込め」
それだけ言うと鳥隺は崖を飛び降り、焉呈兵の大軍がいる広い草原に降り立った。
「お前ひとりじゃきついだろ――――ルイ姉、俺も鳥隺の方から行く」
奈魅月はそう言うと、鳥隺と同様に飛び降りてしまった。
「いやいや、二人だろうと六人だろうとあの数の敵を相手にするのは――――」
俺がそう言いかけた瞬間――――砂塵と共に焉呈の機械兵が上空に吹き飛んだ。けたたましい音を荒らげて。
崖の下の草原を覗くと、赤と黄色の刀を振り回す鳥隺の姿があった。鳥隺の重量感のあるひと振りを食らった機械兵たちは皆、遥か後方に跳ね飛ばされる。その度に砂煙が舞う。鳥隺を中心に大乱闘が巻き起こっていた。
そこに奈魅月も加勢する。奈魅月が左手を前に構えると、地面から黒い液体がじわじわと立ち上る。それが腰の高さ辺りまで上ると風船のように膨れて、そして弾ける。風船の中から現れた無数の針が飛び散って周囲の焉呈兵に牙を剥く。さらに続けざまに石油の鞭が数多の焉呈兵を斬り裂いていく。
二人の猛攻によって夥しい数の焉呈兵が一瞬のうちに散っていった。
軍を率いずにたった六人で進軍するなんて無謀だと、最初は正直そう思っていた。だが、今のを見ると考えが変わる。あの二人だけにすべて任せておけばいいのではないかと。
「オラぁ!! 全員ぶっ壊してヤルよ鉄クズ共がァ!!」
鳥隺の荒い怒号が戦場に響き渡る。
「アイツどうしたんだ!?」
今まで穏やかな感じだったのに急変した鳥隺に俺は疑問符を浮かべた。テリヤも俺と同じようにぽかんと口を開けている。
涙華が答えた。
「気にしなくていいよ。ここはあの二人に任せて大丈夫そうだから、私たちは城の裏に回ろう」
本当に気にしてない様子の涙華。そのまま俺とテリヤは疑問を解消されないまま、涙華と白吐に連れられて移動を始めた。
迂回して、森の中に身を潜めて裏に回り込む。森の中から鳥隺と奈魅月が戦っている方を見ると、城の上層から定期的に降り注ぐ光線銃の雨に苦戦していた。機械兵と戦いながら、少しでも当たれば体が焼けるレーザーを躱すのは肉体的にも精神的にも疲労が溜まるだろう。あの光線銃を早く止めないと二人の消耗が激しすぎる。
城の背後に着いたら森を出て、城の裏手にある小さい庭園に足を踏み入れた。緊迫した状況ではなかったらくつろげる日本庭園だったが、今はゆっくりしていられる状況ではない。綺麗な小川を足早に跨いで庭園を横断し、城内に進入した。
涙華と白吐は昔この城に住んでいたということで城内の構造を完璧に把握していた。光線銃を持つ焉呈兵を討つため、俺たちは階段を駆け上がって城の上層へ向かう。
城の中は木造になっていて、古めかしい木の匂いが充満している。壁や天井の木材にも年季が入っている。いかにも日本の古城という感じだ。
道中、建物でいう3、4階くらいの高さまで階段を上ると広い空間に着いた。屋内に広がる板張りの空間で、窓が少なく薄暗い。天井や壁の上の方には青い光の筋が張り巡らされている。機械の中を走る電線の類いだろう。
涙華と白吐が言葉を漏らした。
「ここ、道場だ……」
「でも、昔はこんなじゃなかった」
ここは涙華に聞いた過去の話にも出てきた屋内道場だろう。涙華たちが修行の場として用いた場所の一つだ。白吐の言う昔と違う点というのを尋ねると、張り巡らされた青い電線のことだと彼女は答えた。白吐の顔はずっと青い天井を見上げていた。
俺たちがその場に佇んでいると、
――ピシャッ!
道場の正面入り口にあたる引き戸が勢い良く開いた。自ずと視線がそっちに向く。
引き戸の奥に、日本の城には場違いな金髪の男が立っていた。男は道場に足を踏み入れる。おかっぱ頭のような黄金の髪と、金色の金属バットを肩に担ぎ、首には髑髏のネックレスを下げている。目つきは細く鋭い。
その姿に俺は見覚えがあった。あいつは――――
――――俺がこの世界で初めて出会った他のゲームテスター、名前は『クレマ』だ。過去にレストラン・タシマやサタデーポリスマンで接触したことがある。
「よぉ、イズミ! また会ったなぁ!」
しゃがれた声で馴れ馴れしく話しかけてくるクレマ。卑しい笑みを浮かべている。
「俺たちに何か用かよ? なんでこんなところにお前がいるんだ」
俺は冷静を繕って奴に尋ねたが、内心焦りと不安でいっぱいだった。何故このタイミングで奴が出てくる。紅餓者とゲームテスターが協力関係にあることを考えたら、ここにゲームテスターが待ち構えていること自体に違和感はないかもしれないが。
それに接触したことがあるからわかるが奴の戦闘能力は高く、侮れる相手ではない。
「んーっと、まぁ、お前を俺たちの仲間に招待しに来たんだ。お前が本来いるべき方に、な?」
なんとなく歯切れの悪い物言いをするクレマ。真の目的は俺を仲間に引き入れることではないようだし、それをあまり隠す気もないようだ。
「お前、本当に俺たちにつく気はねぇの?」
「つくわけねぇだろ。俺の目的はこの世界のゲームをクリアして元の世界に変えること。この世界をゲーム化しようとしているお前らとは目的が違う」
俺はきっぱり断った。以前、同じことを聞かれた時と同様に。
「知り合い、なの?」
白吐が小さく口を開く。相対するクレマに聞こえないくらいの声量で。
「……知り合いといえば知り合いだけど………………敵だ。」
俺は自分と奴の関係を、ひいては自分とこの世界のゲーム化を謀る他のゲームテスターとの関係をはっきり示した。涙華や白吐に余計な疑いの念を抱かせたくない。
「そうかぁ、敵かぁ。つまり絶交ってわけだ…………。俺はお前の敵って言うなら、俺が今からお前らを殺すのは、理にかなってるよなぁ!?」
クレマは金属バットを振り払って吠えた。俺たちを始末するつもりだ。戦いは避けられない。
奴の戦いを一度サタデーポリスマンで見たことがあるが、四対一だとしても安易に勝てる相手ではない。それに早く光線銃を撃つ焉呈兵を始末しないと紅餓者と対峙する前に奈魅月と鳥隺が消耗してしまう。
こんなところで足止めを食らってる場合では………………
「――涙華、白吐、先に行け。こいつは俺とイズミで食い止める」
隣で声がした。俺の隣にいたテリヤが一歩、前に踏み出した。




