第67話 くノ一ヒストリー
黒装束が頭に巻いた布切れを解き、頭部が露わになった。
黒装束の、彼女の正体は――――ナルミさんだった。
砂漠の村『サウス・サラード』のパン屋でもあり、クライムトレスシティにある『レストラン・タシマ』の店員でもあり、アニマルゴスロリランドという自然動物保護区でも働いているナルミさん。すっかり馴染みの顔となった彼女が、長い黒髪は後ろに束ねた黒装束姿で俺たちの目の前にいる。相変わらず口元にパンの食べかすが付いているところは変わらない。
「なんでナルミさんがここに……? それに、俺たちに手紙を送ったのもナルミさん、ってことか?」
俺は次々と湧き上がる疑問を黒髪の彼女にぶつけた。
「はい、私が送りました。すべて、説明しますね。私がここにいる理由も。二人を手紙でここに呼びつけた理由も。少し長くなってしまうかもしれませんが、聞いてくれますか?」
そう言って自信なさげに俺とエルハに目線を送るナルミさん。
「長くなるっていうなら飽きて眠たくならないように退屈させない語りで頼む」
「――ッ! はい! ありがとうございます!!」
俺は一見意地悪に聞こえる返答をしたが、ナルミさんは俺の意図通りの「長い話でも最後まで聞く」というニュアンスを汲み取った。
そして、ナルミさんが退屈させない長い話を始める。
「お二人の疑問に答えるにはまず、私の過去について話すのが一番伝えやすいので、そこから話していきます――――――まず、私の生まれ育った場所、出身地はここから南東方向にある『炭原』という地域です。私はそこの炭原城に住んでいて、私の一族の一ノ瀬家は炭原城の主に使える忍びの家系でした」
「忍び…………忍者か」
パン屋、レストラン、動物保護と来て、さらには忍者と来た。キャラ濃すぎるだろ、と俺は頭の中で呟いた。
「はい、そうです。私は両親から立派な忍びになるための訓練を受けたりしながら炭原城で平穏な日々を過ごしていました。ですが、ある日突然、もう記憶が不鮮明な程に私がまだ幼い頃に、日常は終わりを迎えました。」
「何があったんだ?」
ナルミさんは一瞬言葉を詰まらせ、再び口を開く。
「城が………………炭原城が襲撃されたんです」
「襲撃?」
「はい。黒い…………黒い液体が空から降ってきたんです。黒い豪雨のようでした。その液体には毒性があって、父はその毒に蝕まれて、亡くなりました。人から聞いた話ですが、その黒い液体が降ってきたのは天災などではなく、人為的なものだったそうです。何者かが意図して降らせた毒の雨。これが炭原城に訪れた襲撃です」
襲撃者の正体はわからないが、何者かの企てによる悲劇だということはわかっているらしい。
「そうして亡くなった父は置いて、私はお母さんと一緒に襲撃された炭原城から逃げ出しました。逃げて、辿り着いたところが砂漠の村、サウス・サラードです」
「俺とナルミさんが初めて会ったあの村か」
「そうです。そして、村に着いたのはよかったんですけど………………実はお母さんも黒い液体を浴びてしまっていて、体が毒に侵食されている状態でした」
あまり思い出したくない過去が脳裏によぎったのか、表情を曇らせて俯くナルミさん。
黒い液体の正体はよくわからないが、今は口を挟まずにナルミさんの話に耳を傾けることにした。
「お母さんの体はかなり酷い状態で、優しい村の方々が看病してくれたんですけど………………村に着いてすぐに亡くなってしまいました」
「そうだったのか………………」
ナルミさんは幼くして両親と死別してしまったらしい。いつも明るいナルミさんの意外な暗い過去だ。
「それで、それ以降ずっと砂漠の村の人たちに助けられながらあの村で生きていたんですけど、その間ずっと、気になって頭から離れないことがあったんです」
「気になること?」
「はい。それは――――私たちが暮らしていた炭原城が襲撃された理由です。ある日突然、私から日常と家族を奪ったあの黒い雨。誰が何の目的で炭原城を襲ったのか、それがわからないと釈然としなくて」
自分の人生を大きく変えた出来事について詳しく知りたいと思うのは当然だろう。
「どうしてもあの襲撃の真実を知りたくて、それで、まだあの炭原城に残っているかつての仲間たちに何か知っていることがないか聞きに行ったことがあったんですけど………………」
「行ったけど?」
「でも、一度城を捨てた者に話すことはひとつもないし、ここにお前の居場所はないと門前払いされてしまって」
「えぇ…………」
城を捨てたって……。襲撃を受けた当時のナルミさんはまだ幼くて自分で行動を選択することも出来なかっただろうし、家族について行くしかなかったはずだ。それで仲間を捨てた離反者のような扱いを受けるのはあまりに理不尽じゃないか。
今までずっと静観していた涙華様がようやく口を開く。
「炭原の者はあの襲撃に遭って以降、非常に血の気が荒く好戦的になってしまいました。彼らは余所者を決して受け入れない排他的な姿勢を取っています。彼らに接触するのなら戦闘は免れません」
その後は完全に語りの主導権がナルミさんから涙華様に移り、彼女が話を続ける。
「炭原に帰ってもまともに話を聞いてもらえなかったナルミは私の元に助けを求めてきました。『炭原にいる者の中で件の襲撃について何か知っている者と話せる場を設けていただきたい』と。困っている者の要求とあれば無償で手を貸したいところなのですが、生憎私たちの都合で、そういうわけにもいきませんでした。我々染野と炭原は敵対関係にあり、彼らと話をするのならその前に、やはり戦闘は避けられません。染野と炭原がぶつかれば大規模な戦争になるでしょう。また、両者の戦力は拮抗しています。戦争になれば戦いは長引き、互いに甚大な損失が出ることが予想されます。なので、戦争になるなら少しでも多く戦力を増やして、なるべく早期に私たちの勝利で戦争を終わらせたいのです。そこで、私はナルミの要求に応える代わりに一つ条件を提示しました。その条件は私たちと利害が一致し、ある程度戦力になる協力者を二人以上、ここに連れてくること」
「なるほど。それでナルミさんが選んだのが俺とエルハってことか」
ナルミさんが申し訳なさそうに俺たちに頭を下げる。
「私の勝手な都合で呼び寄せてしまってすみません…………」
「いや、それは別にいいけど。利害は一致してるし。それより今までの話をまとめると、ナルミさんは過去の襲撃の真実を知りたくて炭原に行ったけど全く取り合ってくれなくて、どうしても炭原と接触したいのなら戦闘は避けられない。炭原と話せる状況を作るには大規模な戦闘で勝つしかなくて、それには少しでも戦力を増やしたくて、そこでゲームテスターであり5つの国を天下統一するというゲームクリアの目的を持つ俺と、あとよくわかんないけどエルハが涙華様やナルミさんと利害が一致する戦力ということでここに招待された、って感じだな?」
「はい、他にも何人かに手紙を送ったんですけど来ていただけたのは二人だけです」
他にも何通か手紙を送ったというナルミさん。利害が一致するという条件に該当する人物はなかなかいない気がするけど。エルハなんかはほとんど条件に合致していないし。
事の成り行きは理解したが最後に一つだけ気になることがあり、俺はそれを口にした。
「大体わかったけど最後に一つだけ。俺とかナルミさんには炭原と争うことになる明確な動機があるけど、涙華様は、と言うか染野の立場からしたら炭原と争うことになっても構わないんですか?」
俺の疑問に涙華様が答えた。
「はい、私も炭原には用があるので。我々染野のことはお構いなく」
具体的な内容までは話さなかったが、染野にも炭原と争う理由はあるらしい。
俺は隣に座っているエルハに尋ねた。
「エルハ、俺はゲームテスターとして理由があるからこの戦いに参加するけど、お前も来てくれるか? エルハがいると頼もしいし」
「せっかくここまで来たから、何もせずに帰るつもりはない」
いつも通りの涼しい顔で答えるエルハ。俺は彼女の返答を聞いて、最終決定の意思表示をした。
「それじゃあ決まりだな。行くか! 炭原に!!」
「――ッ! ありがとうございます!!」
ナルミさんの表情が弾けるように輝いた。




