第66話 戦場へ招待
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「はぁ………………家っていいな…………」
俺は二人掛けのソファーに横になって体を伸ばしていた。
ここは、メイクサードシティに建てた自分の家。マイホーム。
ホラーゲーム『スウィートゴシック・ナイトムーン』をクリアして以降、俺は新たにゲームクリアを目指すわけでもなく、この世界に造った自宅でダラダラと自堕落な生活を続けていた。
元の世界に帰りたくないわけではないが、この家の居心地も意外と悪くない。冷房の効き方も元の世界の自宅よりこの家の方が優れているように感じる。しかもこの世界ではどれだけ電子機器を使っても電気代を請求されることはない。現に今も、電気代のことなど気にせずに容赦なく部屋を涼めている。
その上、イヌヌに次のゲームクリアを急かされることもない。俺はこの世界に来てから休む暇もなく立て続けにゲームをクリアし続けてきて、そのことをイヌヌに言ったらしばらくの間は休ませてもらえることになった。
そういう経緯があって俺は、誰にも邪魔されずにのんびりとした生活を送り続けている。この家に帰ってきて休養生活を始めてから何日経ったのか、あるいは何週間経ったのか。もうわからないほどに長い期間、俺は自堕落な生活を続けていた。
今日もいつものようにふかふかの広いソファーでごろごろと過ごしていた。だが、いつも通りの平穏な日常は今日で終わりを迎えることになる。
――ガタガタ
突然、部屋の窓が音を立てて揺れた。窓が横にスライドし、人が入ってくる。
入ってきたのは金髪の少女、エルハだった。
「エルハ!? なんでここに? …………っていうか窓から入るな!」
俺の指摘も無視して窓を乗り越えてきたエルハ。普通、人間はドアから建物に入る。
「あなたの家のポストに手紙が挟まっていたから。これ」
そういうとエルハは白い封筒を俺に差し出してきた。
「いや、そうだとしてもドアから入って渡せよ」
エルハの非常識な行動に呆れつつも俺は封筒を受け取った。
よく見ると封筒は乾燥した和紙のような紙でできていた。中身を破らないように慎重に開き、入っていた紙を取り出す。
中に入っていた紙も和紙のような質感で、達筆な細かい文字が綴られていた。手紙だ。
最初に『イズミ様、エルハ様へ』と書かれていて、その後に本文が続く。本文にざっと目を通して内容を確認した。
内容を要約すると、俺とエルハに戦国ファンタジーゲーム『サムライソウル』に来て欲しいといったものだ。俺たちを呼ぶ具体的な理由は明記されていないが、「イズミ様とエルハ様の戦いの腕を見込んで」という理由付けが丁寧な敬語表現を用いた言い回しで記述されている。
「私の家にも全く同じものが届いたの」
エルハはそう言うと俺が受け取った封筒と全く同じ封筒を服の隙間から取り出した。
俺とエルハ、二人を指名した招待か。何か面倒なことに巻き込まれた感じがするが、丁寧に書かれたこの手紙を無視するわけにもいかない気がする………………
§
翌日、俺とエルハは馬車に揺られていた。
手紙を受け取った次の日の早朝から移動を開始し、半日ほどで目的地の「サムライソウル」に到着した。サムライソウルに着くと木製で桃色の塗料で染められた馬車と、薄ピンク色を基調とした和風な鎧を身に纏った二人の兵士が待ち構えていた。彼らは俺たちを手紙の送り主の元に届ける命を受けてここにいたらしく、俺とエルハは馬車に乗せてもらうことになった。
そうして今に至る。
舗装されていない砂利道を進む馬車はそこそこ揺れる。馬車の中は四人が座れる広さだが中に乗車したのは俺とエルハのみで、二人の兵士は馬車を引く二頭の白い馬に跨っていた。
三十分ほど進んだところで馬車が止まる。
馬に跨った兵士の男が遠くにいる者といくつか言葉を交わしているのが聞こえる。その後、再び馬車が進み出し、またすぐに止まった。
「着いたぞ、降りろ」
今度は俺とエルハに、兵士の男が声を飛ばす。愛想のないぶっきらぼうな物言い。俺とエルハは手紙で招待されてここに来たと言えど、この兵士個人の感情としては俺たちを好意的に歓迎する気はないらしい。
俺とエルハは指示に従い、降車するために馬車の出入り扉を開けた。直後、外の景色がこの目に映る。馬車には窓ひとつなかったから今この瞬間まで外の様子が全くわからなかった。
目の前に、こぼれそうなほどに満開のピンクの花びらを抱えた木々たちが俺たちを出迎えた。桜の木々だ。
そよ風で雪のように花びらが舞い降り、穏やかな花の匂いが漂っている。どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、暖かい春の空気が俺の肌を掠めた。
満開の桜の木々の生えた森が、見渡す限りどこまでも遠くまで続いている。
馬車を降りて振り返ると太い木材で造られた城壁と城門が見え、正面には桜舞い散る森の中にそびえる荘厳な城が俺たちを圧倒した。ここは桜の国だ。
「すげぇ………………」
俺は桜の木々と巨大な和風の城が織り成す絶景に、ひとりで声を漏らした。ピンクの中にそびえる白を基調とした外壁の城が良く映える。
「ついて来い」
兵士の中の一人が素っ気ない一声を俺たちに掛けた。城の方に歩を進める兵士に俺とエルハはついて行くことになった。
城に近づくほど視界に入る兵士の数は増えていった。どの兵士も日本の戦国武将のような重厚な甲冑で身を守っている。彼らが俺たちに向ける目線は冷ややかと言うほどではないが、決して温かいものではなかった。奇異な存在を訝しがる目だ。
俺たちは先導する兵士の後をひたすら追い続け、城の門を潜り、城内の階段を上った。その間、兵士が俺たちに声を掛けることは一度もない。
そうしてついに、城の上層、豪華な襖の前に辿り着いた。襖の色は褪せた金色のようだが角度によっては薄ピンク色の光の筋が見える、見るからに高級な襖だ。
先導していた兵士が部屋の前で足を止め、俺たちに中に入るように首だけ振って合図した。間違いない、ここが目的地だ。
俺が襖に手を掛けようとすると、兵士が久しぶりに口を開いた。
「待て、入ったら靴を脱ぐのを忘れるな」
それだけ言うと再び口を固く閉ざした。
「ああ、わかったよ」
あまりに愛想のない物言いに俺は内心少しだけ癪に障りつつも返答し、襖を引いた。
襖の先には、畳の敷かれた広い空間があった。
部屋の四方は模様の入った高級な襖に囲われている。上方は漆の塗られた黒い梁が張り巡らせてあり、その隙間を和風な花の絵などが描かれた天井板で塞がれている。城内でこの部屋だけ見るからに意匠に凝っている。
室内には部屋の端に、部屋の中央を向いて複数の兵士たちが畳の上に正座している。部屋の正面の一段高くなっているところにはただ一人だけ、深い赤色の着物を身に纏った、長い桜色の髪の少女が同じく正座で座っていた。
俺とエルハは部屋の手前の一段低くなったスペースで靴を脱ぎ、畳の間に足を踏み入れた。
部屋の中央には二枚の藤色の座布団が置かれていて、俺たちは自然と促されるようにその上に正座で坐した。
一呼吸置いて、桜髪の少女が口を開いた。
「この桜舞い散る染野の地へ、ようこそお越しくださいました。イズミ様、エルハ様、お二人を歓迎いたします」
透き通った声、されど芯のある威厳を感じさせる声で続ける。
「私の名は涙華と申します。この城の主です。よろしくお願いします」
そう言って涙華と名乗った少女は正座のまま深々と頭を下げた。特に縛ってもいない長い髪が畳の上に垂れる。彼女がここのトップらしい。
「るい…………か……」
俺は何となく、彼女の名前を声に出して復唱してしまう。すると、
「おい貴様!! 涙華様と呼べ! 様を付けろ様を!!」
部屋の端で正座していた兵士の中の一人、禿げかけた男が声を荒げる。差し詰め涙華様の家来と言ったところか。
「申し訳ありませんでした涙華様」
俺は全く申し訳なさなんて感じていなかったが、空気を読んでとりあえずそう口に出して頭を下げた。隣に座っていたエルハも真似して頭を下げる。
「――ッ! 頭を上げてください…………」
涙華様はばつが悪そうな表情で呟くような声量で言った。この時だけは声に芯が通っていなかった。場慣れしていないような、人に頭を下げられることにあまり慣れていないような印象を感じた。
俺は彼女の指示通り頭を上げた。
涙華様は自分のペースを乱された感じで、ぎこちなく言葉を紡ぎ始める。
「えーっと、イズミ様のようなゲームテスター様の視点で言うのなら…………ここはAI戦国ファンタジーゲームの世界『サムライソウル』です。この世界にはここ染野を含めて5つの国があり、他国に進軍して5つの国を支配、つまりは天下統一すればゲームクリアとなります」
わざわざ俺がこのゲームの世界でするべきことを教えてくれた涙華様。
そういえば失念していたが、俺の目的は天下統一となるわけだが、俺たちに手紙を送りつけてきた者の目的が俺と同じとは限らない。あくまで俺はゲームテスターであり、どんな他人の要求よりもゲームクリアという目的が優先であり、その目的が阻害される要求を吞むことはできない。ゲームのクリアは俺が元の世界に戻れるかに繋がってくるからだ。
俺は手紙のことについて涙華様に尋ねた。
「涙華様。俺に例の手紙を送ったのはあなたですか?」
「いいえ、違います。その件については彼女に直接説明してもらいます」
涙華様がそう言うと部屋の正面奥の、部屋の一段高くなっているところの襖が開いた。奥から黒装束の者が部屋に入ってきた。頭の上から足先まで黒い布で覆われていて目元だけを露出している。現在地が日本の城ということを考慮するとこの黒装束はおそらく忍者だ。
黒装束は音も立てずに襖を閉め、涙華様の隣に来て正座する。そして、黒装束は俺たちに声を掛けてきた。
「お久しぶりですね。イズミさん、エルハさん」
「――ッ! この声は――――」
発せられた柔らかい女性の声を聞いてすぐにわかった。彼女が誰なのか。
黒装束は頭に巻いた布切れに手を掛けて、布を解き始めた。




