第65話 半年ぶりの、いないいないばぁ
俺とイヌヌとルンは、三人横に並んで農園の中を歩いていた。
あの後、ガルムによる一撃をくらった栄養促進機は見るも無残に大破し、俺たちは目標任務を達成した。
目を細めていたイヌヌが壊れた栄養促進機の亀裂の奥に何か見つけたらしく、そのまま亀裂の中に腕を突っ込み、引き抜くと手に紺碧の光を反射するダイヤモンドトロフィーが握られていた。
月光の下で神秘的な姿を晒す、ゲームクリアの証明となるトロフィー。これを手に入れたということは今回のゲームのクリア条件である『ゴスロリアニマルを助ける』を達成したことになる。
空気の汚染を食い止めてネココたちも救えてこれで一安心、と言いたいところだったが、実際にこの目で彼女たちの無事を確認しないと手放しで喜べない。ぬか喜びはしたくない。
それで俺たち三人は元気になっているはずのネココたちに会いに行くために、農園の中を歩いて屋敷に戻るところだった。
屋敷に辿り着き、中に入る。
暗い廊下を進んでいると、奥に三人の人影が見えた。こっちに近づいてくる。三人のうち真ん中にいる一人がこっちに手を振っている。
近づくまでもなく、その三人が誰なのか分かった。ネココ、コドク、ウラギリの三人だ。
無事に再会を果たし、彼女たちからお礼の言葉を受け取った。空気の淀みがなくなって、ゴスロリアニマルの透明化は食い止められた。彼女たちには後遺症もなく、特に気が狂っていて酷い状態だったウラギリもいつも通りの静かな少女に戻っている。
その後、ネココたちにルンのことを紹介するとネココが、
「あっ、そうだルンちゃん。あの扉の奥、覗いてみなよ」
ネココが指差した先は、ネココたちが歩いてきた廊下の奥にある両開きの扉。あの扉の先は確か、ネココとコドクが倒れていた客間のような広間だったはず。
ルンを先頭に、俺たちは扉の方へ進んだ。
扉の前に着くと、緊張気味のルンが扉を開いた。
扉の先の広間には――――黒いドレスを着た人が大勢集まっていた。
老若男女様々な、いや、男はいない。上は年老いた高齢の老婆から、下はまだ歩き方がぎこちない幼女まで、幅広い世代のドレスを着た女性たちがいた。女性しかおらず、見た限り男は一人もいない。理由はわからないが皆、歓喜の声を上げて近くの者と談笑している。
黒いドレス姿の女性という点から俺は一瞬で理解した。彼女たちはゴスロリアニマルだと。
――どこから来たんだこのゴスロリアニマルたちは
俺たちは賑わう広間を茫然と眺めていると、大勢のゴスロリアニマルの中から一人、30代前半くらいの女性がこっちに駆け寄ってきた。途中、何もないところで躓きながら。
「ルンッ!」
女性が叫ぶ。
「――ッ! お母さんッ!!」
ルンが呼応するように声を上げた。
「えっ!? お母さん!?」
どういうことだ? ルンのお母さんは空気の淀みのせいで消滅してしまったはずだが。
黒い長髪を後ろで緩く束ねた黒ドレスの女性に、ルンは抱き着く。女性も抱きしめ返す。ルンが母親だと認識して抱き着くということはこの女性はルンの母親で間違いないのだろうし、ルンを抱きしめる女性の姿から感じられる包み込むような母の愛情が、この女性がルンの母親であることを証明していた。
お母さんの胸の中で声を上げて泣き出してしまうルン。
俺は生じた疑問をそのまま口に出した。
「ルンのお母さんは消滅したはずだろ…………なんで、生きてるんだ…………?」
その疑問に、ルンのお母さんが直接答えてくれた。
「私たちは消滅してしまったけど、死んでしまったわけではないんですよ。体が完全に消えてしまった後も、視覚と聴覚、意識だけは残っていて、ずっと屋敷や集落を徘徊していました。例えるならまさに幽霊のように」
「死んだわけではない………………じゃあ、この集落の他のゴスロリアニマルたちも?」
「はい。皆、透明化していただけで、誰一人として亡くなってはいません」
思い返せば今まで見てきた紙切れの内容にも、「消滅した」とは書かれていたが「亡くなった」とは書かれていなかった。
「イズミさんにあの栄養促進機を破壊していただいたお陰で空気が綺麗になって、私たちは元の姿に戻ることができました。本当に、ありがとうございます」
「ぁあ、いえいえ……お気になさらず」
突然感謝の言葉とともに深々と頭を下げられて、俺はありきたりな反応しか口にできなかった。
今度は、彼女は自分にしがみついて泣いているルンの方に目を向ける。
「ルン、私たちはずっと、ルンのことを見守ってたよ。一人でよく頑張ったね」
そう言ってルンの頬を優しく撫でる。
「おかあさん…………わたし、お母さんが消えちゃって…………」
潤んで前が見えているのかもわからない両目で母の顔を見上げるルン。
すると、広間で談笑していた他のゴスロリアニマルたちも集まってきた。
「あら、ルンちゃんがいる」
「ほんとだ! ルンちゃん久しぶりー!」
集まってきた中のおばさんと少女が声を上げた。さらに、
「よかった。ママに会えたんだねルンちゃん」
「ごめんよルンちゃん。あの時は消滅の原因がわからなくて、あんなことを言って…………」
お姉さんとおばあさんもルンに声を掛けた。
他にも集まってきたみんながルンに労いの言葉をかける。
「みんな…………」
ルンは続々と自分の周りに集まってくる仲間たちを見回して、大粒の涙を流した。
それから、ルンはゴスロリアニマルたちの輪の中に迎え入れられた。
§
時が流れ、窓の外を見ると空の色はそろそろ夜明けを感じられる色合いに染まっていた。
ルンやイヌヌ、ネココとコドクとウラギリは集落のゴスロリアニマルたちが急遽開催した『復活祭』に参加していた。透明状態から元の姿に戻ったことを祝う行事だ。「祭り」と言っても激しいものではなく、食事をとったり友人と話を弾ませたり、今までできずにいた日常を嗜むようなイベントだった。
俺も途中まで祭りを楽しんでいたが、ルンのお母さんに呼ばれてその場を離れた。
ルンのお母さんについて来るように言われ、屋敷の中を案内された。照明もない暗く長い廊下を進む。特に会話も交わさず、静まり返った屋敷内。
今聞くことではないかもしれないが気になっていたことがあったので、それをルンのお母さんに聞いてみた。
「あの、今聞くことではないかもしれないんですけど、集落のゴスロリアニマルたちは何で消滅の原因が空気の淀みのせいって気づかなかったんですか? ネココたちはすぐにそのことに気づいたし、この集落にも空気汚染に気づいた者がいたらその原因が栄養促進機であることにもすぐに気付きそうなのに」
俺の疑問にルンのお母さんは丁寧に答えてくれた。
「それは、この集落に住むゴスロリアニマルたちは一度も、汚れた空気を吸ったことがなかったからです。この集落の者は一度も人間の住む街のような空気が淀んだところに行ったことがなく、それ故に空気の淀みがどのようなものか、経験としての知識がなかったから気付けなかったというわけです」
「そういうことだったのか」
空気の淀みを感じたことがなかったから、自分たちの集落の空気が淀んでも空気が汚れていることを認識できなかったらしい。
その話をきっかけにいくつか話をしながら長い廊下を歩いた。
そして、あるところで彼女が足を止める。
彼女は振り返って俺と目を合わせ、神妙な面持ちで言葉を紡いだ。
「ここです………………。イズミさん、あなたに紹介したい人がいます」
「紹…………介……?」
今更、紹介したい人って。誰のことだ?
俺たちが足を止めたところは、以前訪れたことがある豪華な寝室の前だった。突如現れた大量のマネキンに驚かされた部屋だ。あれも実は、ただのルンのイタズラだったわけだが。
俺はルンのお母さんに中に入るように手振りで促され、それに従って扉に手を掛けた。
第八章はこれで最終話です。
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