第63話 スウィートゴシック・ナイトムーン
俺は農園にある栄養促進機の元に向かうため、ルンに道案内をしてもらっていた。その道中。俺はルンに尋ねた。
「農園ってどこにあるんだ?」
「この屋敷の裏にあります」
やはり俺の予想通り、農園は屋敷の裏にあるらしい。
「そうか………………」
「…………………………」
会話がなくなり沈黙に包まれる。
俺はひとつ、ルンに言っておかなければいけないことを思い出した。
「ルン、さっきは悪かったな。過去の話をいろいろ掘り返して。お前には辛い過去だったろ」
「はい………………」
「えーっと、友達を助けるためで、しょうがなかったんだ。そいつらもゴスロリアニマルで、ここの空気を吸って体が消滅しかけてるんだ」
「えっ!? 他のゴスロリアニマルがいるんですか!?」
俯いていたルンが顔を上げて、驚きと薄い希望を含んだ表情を見せる。
「ああ。そいつらを助けてやったら仲良くなれるかもな」
「私………………頑張ります!!」
今までの陰気な雰囲気とは打って変わって、一瞬で元気を取り戻したルン。単純な奴に見えるけど、それほど一人でいるのが寂しかったんだろう。当然だ。まだ幼い子供がこんな暗く寂しいところでずっと一人なんて。
「頑張るって、お前は道案内さえしてくれれば充分だよ。むしろそれ以外に何ができるんだよ」
「何でもやります!!」
俄然、やる気に満ち溢れたルン。
――あれ? ていうか…………
「ルン、お前がここで一人になってからどれくらい経ったんだ? それに一人で、食事とかはどうしてたんだ?」
「えーっと、村の人の最後の一人が消えちゃってから、半年くらいになります。食事は農園に育った野菜や果物を食べてました」
半年か。俺が思っていたよりは短いが、その間ずっと一人きりとなると幼い少女にとっては長すぎる。
それから農園に足を進ませながら、途切れることなくルンと話を続けた。実は屋敷内で起きたマネキンが移動したり玄関扉が閉まったりする怪奇現象はルンが自分の存在に気づいてもらうためにしたことだったとか、そんな内容の話を弾ませた。
そして、農園に辿り着く。
月明かりの下、果実の実る低木や地面に埋まって草の部分だけ地上に露出させた野菜などが連なっている。野菜やイモ類、またそれ以外の雑草が俺の胸の高さ辺りまで伸び散らかっていて見通しはかなり悪い。
「で、栄養促進機はどこにあるんだ?」
俺はルンに尋ねた。
「えっと、さすがにそこまではわかりません。私が案内できるのはここまでです」
「そっか、あとは自分で探すしかないか」
農園まで案内してもらえれば充分だ。俺は草木の茂った、ほとんど森とも言える農園に足を踏み入れた。その時――――
「イズミー!!」
俺を呼ぶ声がした。声の主は振り向かなくても一瞬でわかった。
「イヌヌ!」
イヌヌが俺のところに向かって走ってきた。特に酷い怪我などはしてないようだ。
「やっと合流できたな!」
「うん! ってあれ、その子はだれ?」
イヌヌはルンの方を見て首を傾げる。
「ああ、こいつはルンって言って、この集落で唯一消滅しなかったゴスロリアニマルの、生き残りみたいなもんだ」
「ど、どうもです…………」
控えめに口を開いてお辞儀をするルン。
「ああ! ルンちゃん! あの日記を書いてた子だね! 消えてないゴスロリアニマルもいるんだね~」
「それよりイヌヌ、お前この場所に心当たりがあるって言ってたらしいな。どういうことか教えてくれ」
「そうだね、ちょっと待っててね」
そう言うとイヌヌは例のこの世界のゲームについての知識などが書かれた白い本を取り出し、ページを捲った。
「この場所は、僕たちがクリアするべきゲームの一つだったんだ。その名も――――スウィートゴシック・ナイトムーン。クリア条件はゴスロリアニマルを助けることだよ」
「…………やっぱりそういうのだったか」
ゴスロリアニマルを助けるのがクリア条件。ルンやネココたちを助けろってことか。
「イヌヌ、俺はそのゲームクリアをするためにも農園にある栄養促進機のところに行かないといけないんだ。一緒に探してくれ」
「……フフッ……イズミくん。僕を見くびってもらっちゃ困るよ」
したり顔で俺を見るイヌヌ。どういう理由でそんな顔をしているんだ?
「? どういうことだ?」
「なんと僕――――既に栄養促進機の場所を特定しております!!」
「なっ! なんだと!? イヌヌにはありえない有能具合!!」
「案内するからついて来て!」
そう言うと薄暗い農園の奥の方に駆けていくイヌヌ。俺とルンも後に続いた。
生え散らかった植物に道を阻まれた農園の中、迷いなく足を進めるイヌヌ。そうして二分ほど経った頃、イヌヌが足を止めた。振り返るイヌヌ。
「着いた! これだよ!」
イヌヌの隣に、一辺が1メートルくらいの正方形の機械があった。黒く塗装された鉄パイプのような枠組みに囲われ、上の方は赤いカバーで覆われ、その下は排気口が付いたエンジンが取り付けられている。
よく見るとエンジンの排気口からわずかに黒い煙が放出されているのがわかった。
「これが、この煙がこのエリアの空気を汚している、ゴスロリアニマル消滅の元凶なんじゃないか?」
「……うん、そうかもしれない」
俺の発言に同意を示すイヌヌ。
「じゃあ、こいつを壊せば…………」
この栄養促進機を壊せば空気汚染が食い止められてネココたちを救えるかもしれない。俺はズボンのポケットに小さくして忍ばせていたハンマー、ガルムを手に取った。その瞬間――――
「――危ないッ!!」
俺たちの後方からルンの切羽詰まった声が飛んできた。俺とイヌヌは振り返る。俺たちのペースについて来れなかったのか、いつの間にかかなり後ろの方にルンはいた。
そして振り返ってルンの姿を捉えたのと同時に、俺の身に迫る危険もこの目に捉えた。
俺の頭上から、巨大な斧の刃が振り下ろされた。俺は地面を転がり、咄嗟の回避で躱す。
体制を整えて先程まで俺が立っていたところに向き直ると、俺のいたところの地面に黒光りする鋼の大斧が食い込んでいた。斧の持ち主に目を向けると――――斧を握っていたのは頭に赤い布切れを巻いた、茶色いロングコートの大男だった。
茶色コートは地面から斧を引き抜くと、俺と栄養促進機の間を遮る位置に立ち塞がった。
この茶色コートの男は農園に栄養促進機を持ち込んだ、この集落を破滅へ導いた存在だ。
「またお前か。どうやらその機械をぶっ壊されたくないみてぇだな」
「戦うしかないみたいだね」
絶望と地獄の狭間から生まれたようなおぞましい雰囲気を醸し出している茶色コートの男だが、イヌヌの言うとおり戦うしかない。今も消えつつあるネココ、コドク、ウラギリのためにも俺は、目前にあるあの機械を壊さなければならない。体は目の前の存在との戦いを拒むように震えていたが怖気づいている場合ではない。
栄養促進機から身を引いて茶色コートから距離を取ったイヌヌが臨戦態勢に入る。手には翡翠色の弓を構えていた。
「行くぞイヌヌ!」
俺は地面を蹴り、茶色コートとの距離を詰めた。ガルムを振り上げ、赤い布を巻いた頭に向けて振り下ろす。だが、奴の頭にガルムの鉄塊は届かなかった。
茶色コートは斧を握っていた手とは反対の左手でガルムの重撃を受け止めた。まるで降ってきたボールを手の平でキャッチするくらいに容易く。
「嘘だろ……」
かなりの力量差はあると思ってはいたが、ここまで軽々とガルムの一撃を防がれてしまうとは思っていなかった。
俺の一撃に続き、イヌヌが翡翠色の矢を茶色コートの頭部に向けて射る。赤い布切れを巻いた頭部に命中した。着弾点に緑の閃光が弾ける。だが、茶色コートは全く動じない。それどころか撃たれたことに気づいてすらいないようだった。
俺は一旦ガルムを引き、茶色コートから距離を置こうと後ろに下がったが、奴はそれを許さなかった。
茶色コートの持つ、人の背丈ほどある巨大な斧が一瞬で高く振り上げられた。そして再び振り下ろされる斧。
俺は半身を反らして躱した。
今度は間髪入れずに二撃目が迫る。斧が地面を削るように進み、そのまま斬り上げ攻撃を放つ。泥や土を巻き上げた斬撃。俺はガルムで受け流しつつ躱す。
茶色コートの攻撃はとにかく一撃一撃が重すぎる。
俺はさらに下がって茶色コートと距離を取ったが、それでも奴の攻撃からは逃れられない。巨大な斧の長いリーチを活かした横方向への薙ぎ払い攻撃が放たれる。
俺はこの攻撃は避けられないと悟り、ガルムを構える。その場で足から地面に根を生やすようにどっしりと構えて「受け」の姿勢に入る。
茶色コートの斧と俺のガルムが衝突し、横方向への強烈な負荷が加わった。
鋭い音を上げてぶつかり合った二つの武器。衝突で生じた振動が武器を伝い体の中へ、骨の髄まで響く。
俺は一瞬だけその場で耐え忍んだが、すぐに斧の勢いに負けて弾き飛ばされた。俺の体は少し離れた位置にいたイヌヌも巻き込んで、そのまま二人で太い大木の幹に激突した。
身体に鈍い痛みが走る。
幸い俺は、イヌヌがクッションになってくれて大木に打ち付けられる衝撃を直に感じることはなかった。その分、イヌヌは大ダメージを負ったはずだ。
地面に伏した俺は立ち上がった。茶色コートに目を向ける。奴はまだ本領を発揮していない余裕の様子でこっちに近づいてくる。
今の薙ぎ払い攻撃。攻撃の届く範囲を優先するために、両手ではなく片手で繰り出されていた。片手ですらこの威力なのに両手を使った一振りをくらったら生きていられる自信がない。
今まで俺は数々のゲームをクリアしてきたことで得た経験値によりレベルを上げて強くなってきた自覚はあったが、それでも目の前の茶色コートにはまるで勝てる気がしない。この茶色コート、感覚的には以前戦った魔王よりも強いかもしれない。
再び茶色コートが斧を構える。今度は両手で握って。
「イヌヌ! 来るぞ!」
俺は背後で倒れているイヌヌに危険を伝えた。だが、
「……………………」
イヌヌの反応はない。
振り返って確認すると、目を閉じ、力の抜けた人形のようにぐったりとその場に倒れていた。起きる気配はない。大木にぶつかり、俺の体に押し潰された衝撃で完全に気を失っている。
茶色コートが体を捩じって大斧を構える。野球のバッターの構えよりも大きく大胆に体を捻っている。
――――ヤバい
イヌヌを気にしている場合じゃない。強烈な、必殺技とも言える一撃を奴は放とうとしている。このままだと俺が死ぬ。
俺は一瞬で地面に伏せた。体を一瞬浮かせて重力任せに地に落ちる。塹壕に飛び込む兵士のように最大限頭を低くする。
――ズバッ
刃が空を斬る音がした。
大斧の刃が頭上を掠める。直後、後ろで何かが切断される音がした。
俺はゾッとした。後ろを振り返ると――――
俺とイヌヌが叩きつけられた大木が、人の腰の位置辺りのところで断裂されていた。けたたましい音を荒げて大木は農園の低木の方に倒れた。衝撃で地響きが唸る。
土埃が舞い、周囲の視界が少し悪くなる。それすら気にせずに茶色コートは次の攻撃を俺に向ける。
「ば、化け物だ…………」
俺は一連の出来事を見た感想を無意識に口から漏らした。
それから、俺と茶色コートは戦い続けた。戦いと言っても防戦一方というか、俺は避けているだけだった。避けるので精一杯だからだ。
俺は一方的に追い詰められて体力の限界を感じていた。
イヌヌは呼びかけても完全にダウンしていて戦力外だ。遠距離攻撃特化のイヌヌがいれば上手く連携して勝機を掴めたかもしれなかったが、今となってはそれも叶わない。
体の力が抜けて、俺は自分の意思に反して片膝を突いた。体力が限界を迎えた。
茶色コートは俺の目の前に立ち、大斧を高く振り上げた。
殺される。そう思ったその時――――
――農園を取り囲む森の奥の方から、地鳴りのような獣の咆哮が聞こえてきた。
その声量は周囲の木々や葉が震えるほどだった。俺の鼓膜も破裂しそうになる。俺は咄嗟に己の耳を塞いだ。
茶色コートの動きがピタリと止まる。
「こ、今度は何なんだ…………」
新たな強敵襲来の気配に俺はただ絶望することしかできなかった。




