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第62話 私だけ 

pixivでキャラのイラストを投稿しています→ https://www.pixiv.net/users/73175331/illustrations/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A033


 俺はイヌヌと合流するために広間を後にした。


 イヌヌは農園に向かったらしいので俺もそこを目指す。と言っても、農園がどこにあるかわからない。ネココに聞こうにも、()()()()()()()()()()()()になっていた。


 勘で農園を探すしかないわけだが、どこにあるか全く見当がつかないわけではない。


 まず、農園は屋敷の管轄であることから屋敷の付近にあるはず。それに加え、俺たちは屋敷の正面玄関の方からここに訪れたが、その際に農園のようなものは目に入らなかった。つまり単純な考えだが、農園は正面玄関から見て屋敷の裏側に隣接している可能性が高い。周辺を上から見下ろした建物の構成図を考えてみても、農園が屋敷の裏にあるというのはイメージしやすい。


 俺は既に現在地がどこかもわからなくなっていたが、大体屋敷の裏の方へ向かうように歩を進めた。


 暗い廊下をひたすら歩く。俺の足音が廊下に響く。だが――――――俺の耳に届いたのは俺の足音だけではなかった。


――スタッ、スタッ、スタッ


 先程からずっと、忍び足のような音が背後から聞こえてきている。俺が歩くペースを少し速めるとその音も速いリズムを刻み、ゆっくり歩くとその音も遅くなる。そんな調子でずっと、一定の音量で俺の十歩後ろ辺りから聞こえてくる。どうやら俺は何者かに追跡されているみたいだ。


 俺は忍び寄る足音に気付いていないふりをして歩き続けた。そして唐突に、何の前触れもなく、俺は一瞬で振り返った。追跡者に隠れる隙も逃げる隙も与えないほど一瞬で。


 振り返った先、俺の視界に映ったのは――――――誰もいないただの暗闇の廊下だった。


「――ッ!? ぇ………………」


 おかしい。そんなはずない。たしかに足音が聞こえていたんだ。結構な至近距離で隠れる時間もなかったはず。追跡者の顔を拝んでやろうと思ったのに、誰もいない。誰も………………………………いや、何かいる。


 よく目を凝らすと、暗い廊下の中に薄らと人の輪郭をした黒い影が佇んでいた。闇と同化した黒い影の輪郭は不規則に揺れていて、それが人間ではないことは明らかだった。先刻ネココの話に上がった黒い影に間違いない。


 俺は悲鳴を上げるよりも先に、影に背を向けて走った。逃げなければいけないと直感した。


 俺は振り返らなかったが、その後の影の行動がわかった。忍び足だった足音が駆け足に変わった。


 俺は廊下を必死に駆け抜けた。影も粘り強く俺の背後を捉え続ける。心臓がバクバク高鳴って走りづらい。全身に恐怖と緊張が走って体がうまく動かせない。倦怠感に取りつかれて体が重い。悪夢の中で追われている気分だ。


 このままでは追いつかれるかもしれない。俺は咄嗟の判断で廊下の途中にあった鉄の扉の先に逃げ込んだ。振り返って扉を閉めようとしたが、既に目前まで影が迫っていた。


 間に合わない。


 俺は扉から離れた。振り向いて周囲の光景が視界に入る。ガスコンロや銀のシンクがあり、壁にはフライパンやお玉などの調理器具が吊るされている。俺が逃げ込んだ先は厨房だった。


 この厨房には今の扉以外の出入り口がない。必然的に俺は奥に追い込まれる。


 厨房の真ん中に設置された独立したシンクを挟んで俺と黒い影は向かい合った。瞳も無いのに黒い影が俺を見ているのがわかる。


 厨房を出るにはこの追い込まれた状況を突破するしかない。俺が右から抜けようとすると影も右に、左に抜けようとすると影も左に来て俺の動きを封じた。俺と影は、完全に硬直状態に陥った。


 この状況からどうやって逃げるか、そんなことを考える隙も与えてくれない。影がシンクの上に登り始めた。ただ追いかけ続けても埒が明かない状況に嫌気がさしたのか、シンクの上から俺に飛び掛かるつもりなのだろう。


――もう逃げられない。戦うしかない。


 そう判断した俺はズボンのポケットから小さくなったハンマー、ガルム=パンクを取り出す――――だが間に合わない。


 影が俺に飛び掛かる。その勢いに俺は敗れ、地面に押し倒された。掴んでいたガルムが手から滑り落ちて宙を舞う。感覚にして大型の柴犬くらいの重みが俺の腹にのしかかった。影が俺を見下ろす。


「――ッ! ヤめろ! まだ死にたくないッ!!」


 身動きの取れなくなった俺はパニックになり、無様にも情けない声で命乞いをしてしまった。


「殺したりしないです!!」


――――突然、あどけない少女の叫びが聞こえた。


 俺は伏せていた目蓋を開いた。目の前の状況を確認すると――――――長い黒髪で黒いドレスの女の子が俺の体の上に馬乗りになっていた。


「だ……だれ…………?」


 くせのないストレートの長い黒髪の少女。長い前髪が片目を完全に隠していて、頭にある大きく赤いリボンが特徴的。黒髪と黒いドレスという出で立ちから彼女がゴスロリアニマルであることが窺える。不安げに眉尻を下げ、綺麗な白い瞳が心なしか潤んでいる。


「わ、わたし…………ルンって言います……」


 か細い声で答える少女、ルン。


「ルンって、あの日記の……」


 俺が屋敷内で散々拾い集めた日記の一部であろう紙切れ、そこに書かれた内容に度々登場したルンという名前の女の子。そのルンが、今俺の目の前にいる女の子なのか?


「あの…………私のことが見えるんですか…………?」


 ルンが震えた声で俺に問いかける。


「あ、あぁ……見えてる」

「じゃあ、なんで逃げるんですか…………私のこと、見えてるのに…………ッ!」


 抑えていた感情が溢れ出すように言葉を吐き出すルン。幼い少女のこらえていた悲愴感とささやかな怒りが伝わってくる。


「えっ!? いやっ、ちゃんと見えたのは今が初めてで、さっきまでは黒い靄みたいにしか見えてなかったから人だと思わなかったんだ!」


 俺は小さい少女から向けられた激情にさっきまでとは違った意味でパニックになり、万引き犯が咄嗟に言い訳の言葉を述べ連ねるような早口で理由を語った。


「え、そうなんですか……?」


 そんな俺の早口を聞き取って、理解を示そうとしてくれるルン。完全に信じてくれたわけではなさそうだが、彼女が俺に向けたあらゆる感情は鎮まる方向に進んだ。どうやら悪い子ではなさそうだ。


 それにしてもなんで急に、この子の姿が見えるようになったんだ。むしろこっちがそのことを問いただしたいくらいだ。


「いたい………………」


 顔をしかめて頭をさするルン。


「どうしたんだ?」

「なにか、硬いものが当たったみたいです」

「硬いもの? 硬いものって……………………あ」


 その言葉で思い出した。俺の武器であるハンマー、ガルム=パンクを手放してしまったことに。周囲を確認すると俺の手が届く範囲に小さい状態のままのガルムが転がっていた。俺はそれを手に取ってルンに見せる。


「これが当たったんじゃないか?」

「あっ、多分そうです!」


 今までの小さい声とは対照的な明朗な声で肯定するルン。彼女の俺に対する不信感は少し和らいだようだった。


「ガルムが当たったから見えるようになった、ってことか…………?」


 俺は少し考えて、そしてすぐに思い出す。ガルムにはゲーム内のバグやエラーを修正する力があるということに。このハンマーを受け取った時に天の声、女神様に教えてもらったことだ。


 そうなると、この屋敷や集落のゴスロリアニマルが消滅した理由は呪いや空気の淀みではなく、ゲームのバグやエラーのようなものということか? もしくは呪いや空気の淀みがバグやエラーに近いものなのか? だとすれば、


「ルン、このハンマーを使えば消えたお前の家族や村の人を復活させられるかもしれないぞ。お前みたいな黒い影を見つけたらこのハンマーで叩けばいいんだ」


 ルンは俯き、少しの間黙り込む。そして、


「…………たぶん、無理です……」

「え?」

「だって、他のみんなは()()に消えちゃったから。私だけなんです。完全に体が消えることはないのは。今みたいな人の姿と影の姿を、自分の意思とは関係なく不規則に行ったり来たりしてるんですけど、でも完全には消えないんです。他のみんなみたいには…………。私だけ、特殊なんです…………」


 再びルンの表情が愁いを帯びたものに戻ってしまう。


 そういえば、屋敷内で拾ったルンが書いた日記の一部にそんなことが書いてあった。


「私だけ消滅することはなくて…………ずっと一人ぼっちでした…………」

「そう、だよな…………」

「あの…………あなたのお名前は………………?」


 ルンが俯いたままで目だけ上げて俺の顔を見上げる。


「そういえば言ってなかったな。俺はイズミだ。もしかすると、お前の家族や村の人が消えた本当の理由がわかったかもしれない」

「――ッ!? 本当ですか!?」


 顔を上げて目を見開くルン。


「ああ、ちょっと待ってろ」


 俺はズボンのポケットにしまっていた、屋敷内で集めた紙切れたちを取り出した。それらを厨房の開いているスペースに()()()()に並べる。メモに書かれた日付を頼りに。


「ルン、この場所で起きた出来事をいったん整理しよう――――まず、ここはゴスロリアニマルたちが暮らしていたところで、屋敷の者は農園を管理していて、みんな平和に暮らしていた。だが、あることが起きる。それは8月10日。ルン、お前が茶色いコートの男に赤と青の二つのアメをもらう。そしてそれを食べた。ルンが紙切れに書いたこと、そこまでは事実か?」

「はい、事実です。あの人に貰ったアメを食べたから…………」


 俺の見立てによるとこの件の原因はアメの呪いによるものではない。俺はルンの発言を訂正したくなったが、あえて口は出さずに事実確認を継続した。


「次はその3日後。8月13日。お前のお母さんが書いた日記の紙切れだ。農園での収穫が減っていて困っていた。そこで、ここでもまた登場する茶色コートの男が()()()()()なるものを売りつけに来て、お母さんはそれを購入して農園に設置した。これは事実か?」

「うん、お母さんそんなこと言ってた気がします…………お母さん…………」


 表情を曇らせるルン。母親を思い出して辛くなったのだろう。


「そうか、続けるぞ。次は翌日の8月14日。お前の姉のリンが書いた内容。ルンの体が透明になり始めて原因は不明、と。体の透明化が始まったのはゴスロリアニマルの中でルンが初めてなんだな?」

「……そうです…………」

「次はこれ。かなり飛んで、9月30日にルンが書いた日記。結局自分は完全に消え去ることはなく、母と姉は先に消えてしまった。村の人々も次々に消えてしまった。そして最後の10月27日の紙。家族、村の人がみんな消えてしまった、と。これもルンが書いたものだよな?」

「はい、私が書きました」


 事実確認を終える。改めて振り返ってみるとゴスロリアニマルたちが消えた原因が推察できる。


 まず、ここに住むゴスロリアニマルたちが消滅した理由は空気の淀みのせいで間違いないだろう。ネココやコドク達も同じように消滅しつつあり、ネココとウラギリからはその理由が空気の汚染のせいだと直接聞かされたからだ。本人たちがそういうのなら間違いないだろう。


 では、何故このエリアの空気が淀んでしまったのか。


 ルンの言うとおりアメの呪いのせいなのかもしれないが、それだと辻褄が合わない。呪いの影響で空気が淀んだのなら、ルンも他のゴスロリアニマルと同じように完全に消滅してしまうはずだ。だが、そうはならなかった。中途半端に消えたり人の姿に戻ったりを繰り返しているらしい。もちろん、呪いを発症させた当人だけは自分に降りかかる呪いの効果が違うという考察も出来るが、その可能性は一旦置いておく。


 この合わない辻褄を解消するため、アメの呪い以外の原因を探ってみる。


 並べた紙切れに目を戻し、この集落で最初に透明化する者が現れた日に注目する。その日付は8月13日。ルンの透明化が始まった日だ。


 日付がわかったら次は、その日以前に起きた不審な出来事に目を向ける。そしてこの一連の消滅現象に関係がありそうな出来事は、ルンがアメを貰ったことと、農園に設置された()()()()()だ。


 この栄養促進機が原因だとするといろいろ辻褄が合いそうな気がする。


 栄養促進機が放出する空気汚染物質のせいで空気が淀む。それによりゴスロリアニマルたちは消滅するが、ルンだけは消えない。何故か。それは完全に憶測になるが、ルンが貰ったアメに空気汚染を無効化する効力が含まれていたのかもしれない。俺のハンマー、ガルムでルンを叩いたら姿が見えるようになったのは、その効力にはゲーム内のバグやエラーのようなものが絡んでいるのかもしれない。


 多少強引な推理かもしれないが、こう考えれば辻褄が合う。そしてそれがわかった今、俺が向かうべきところは――――


「ルン、俺を農園にある栄養促進機のところまで案内してくれ」



 

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