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第59話 私の秘密 

 俺は花瓶がひとりでに落ちた部屋を飛び出した。


 暗い廊下を独りで無我夢中に駆け抜け、別の部屋に逃げ込んだ。


 バタンと戸を勢い良く閉める。荒くなった俺の呼吸の音以外、何も聞こえない静寂に包まれる。一度呼吸を整え、そして周囲を見渡す。


 相変わらず照明のような灯りはなく暗い。俺が立ち入った部屋は寝室だった。だが、先程の質素な寝室とは違う。光沢のある黒いシーツの広いベッドを始め、この部屋の家具や装飾品はシックで高級感のあるものに統一されていた。サイドテーブルやチェスト、ドレッサー。いずれも黒塗りで上品な仕上がりになっているのが薄暗い中でもわかる。このことから、この寝室は身分の高い貴族の部屋だろうと推察した。


 改めて部屋を見回した。すると、気になるものが目に入った。それは、長い木の板を釘で何枚も打ち付けて塞がれた扉だった。黒い扉を深い茶色の木の板が塞ぐ。荒々しく乱雑に打ち付けられた釘が奥まで刺さらず折れ曲がっている箇所もある。相当焦っていたのか時間がなかったのか、とにかく雑な仕上がりの()()だ。


 何者もその扉の奥に入れぬように閉ざしたのか。あるいは扉の奥にある存在が出てこれないよう封じるために塞いだのか。真意はわからないがいずれにせよ俺にはその扉の奥を覗くことはできない。


 扉のことは一旦忘れて他のものに目を向ける。と、黒いベッドの上に紙切れが落ちているのに気付いた。


 俺は紙切れを拾い上げて書かれている内容に目を通した。


――――――――――――――――――――


 異変        8/14


 昨日発覚したこと、私の妹のルンの体が透明になり始めた。体が透けていって今も徐々に消えつつある。このままでは半月も経たないうちに消えてしまいそう。


 村のお医者様に診てもらっても原因はわからなかった。あの子が心配…………。

                     リン


――――――――――――――――――――


 タイトルに『異変』と書かれた紙切れ。終わりには『リン』と、おそらく名前が綴られている。先程拾った「村の人がみんな消えてしまった」という内容の紙切れと話が繋がりそうだ。リンの妹であるルンという女の子の体が透明になるという非現実的な内容。


 署名にリンと書かれた紙がベッドの上に落ちていたということは、この寝室はリンの部屋なのかもしれない。リンとルンはこの屋敷で暮らす貴族だったのか。いろいろ想像が膨らむ。


 俺は紙切れをちょうど半分くらいのところで折ってズボンのポケットにしまった。


 この部屋にはもう調べる物もない。全員とはぐれてしまったわりと絶望的な状況で、いつまでもこの部屋に籠っているわけにもいかない。俺はまずイヌヌとネココを探すため、あまり気乗りしないが寝室を後にした。


 廊下に出る。なんだかさっきより空気が冷たくなっているように感じる。夜が深まってきたからだろうか。


 俺は若干の不安と恐怖心と共に廊下を歩んだ。


 玄関ホールに戻る。イヌヌとネココはそこにはいなかった。一度はぐれてしまって合流するならこの場所だと思ったが、彼女たちはいなかった。そもそも二人が無事なのかもわからない。悲鳴が聞こえてから一切反応を見せなかったから。


 俺は二人の捜索を継続して、玄関ホールから二階に伸びる階段に足を掛けた。軋む階段を一歩ずつ着実に登る。


 階段は踊り場部分で左右に分かれた。俺は右を選んだ。


 階段を登り切ると――――――黒い長髪の女が目の前にいた。


「――――ッ!!!! …………………………」


………………よく見ると、それは長髪の女ではなく長髪の女の形をした人形、マネキンだった。


「……んだよ……ビビらせんなよ…………」


 俺はぼそっと一人で声を漏らした。安っぽい表現にはなるが心臓が止まりそうになった。


 マネキンは綺麗なストレートの黒髪で、髪と同じ色のドレスを身に纏っている。マネキンの体が人の形をしているのは腰から上の上半身までで、腰より下は細い棒状になっている。ドレスで膝下辺りまでは隠れているので、ちょうどウラギリの義足のような細い一本足で立っているように見える。ドレスは肌の露出を控えたもので、全体がフリルや細かい装飾にあしらわれている。その姿はゴスロリアニマルを彷彿とさせるものだった。


「なんでこんなマネキンがこんなところに…………」


 不自然にも階段の上で立ち塞がるように構えていたマネキンに違和感を覚えた。俺はマネキンをより注意深く観察すると、手に小さい紙切れを持っていることに気づいた。


 俺は紙を手に取り、何回かに折られて小さくなっていた紙の塊を開く。開いてみると意外と大きい。その紙に書かれた内容に目を通した。


――――――――――――――――――――


 アメ        8/10


 茶色いコートの大きい人にアメをふたつ貰った。ひとつは赤で、もうひとつは青。


 その人の話によると、赤いアメを食べればみんなの人気者になって誰からも好かれるようになる。青いアメを食べると、食べたその人とその家族は病気やケガをしなくなって一生健康に生きられるようになる。でも、このことを他の誰かに言っちゃうと呪われるんだって。


 だから、私のこの日記は絶対人には見せられない。

                            ルン


――――――――――――――――――――


 リンの妹のルンが書いた、日記の一部らしい。二つの飴玉について書かれている。


 内容を読んで気になる点があった。冒頭にある「茶色いコートの大きい人」という言葉だ。その人物像から、廃村で俺たちを襲ったあの茶色コートの大男が連想させられる。あの大男がこの屋敷の件に一枚噛んでるのか。それに、ルンにアメのことを説明したということは、大男は喋ることができるのか。俺たちが出会った時にはあの男からそんな知性は感じられなかったが。


 謎は残るが、ひとまずマネキンが持っていたその紙は折ってポケットに入れた。紙には「この日記は絶対人には見せられない」とあったが、マネキンはむしろ誰かにこの紙を見て欲しがってるような体制と位置で俺の前に現れた。前に向き直った俺は今更ながらそのことに気づく。マネキンが、折りたたまれた紙の塊を摘まんで目の前に差し出すようなポーズをとっていたことに。


 マネキンに意思が宿っているような感じがして気味が悪く、俺は総毛立った。すると――――――


「フフッ…………フフフ…………」


 声がした。冷え切った女の声。


「――――ッ!!」


 俺は驚いて飛び退き、背後の階段に転がり落ちそうになった。今度こそ本当に心臓が止まりそうになった。マネキンが奇妙な笑い声を上げた――――と思ったが違った。冷気のような笑い声は二階の廊下の奥から、再び聞こえてきた。


 その声色はどこか聞き覚えのあるものに感じた。もしかすると館内ではぐれたイヌヌかネココかもしれない。


 俺はマネキンの横を通り抜け、一寸先も見えない暗闇の廊下をゆっくり進んだ。物音を立てないように慎重に。


 距離にして、階段から測って十メートル程のところ。一枚の扉があり、その向こう側から声がする。今度は笑い声ではなく、ひそひそと何かを呟いている。


 ドアノブに手を掛け、回した。ゆっくり扉を開く。俺の意に反して、開く扉の支点部分の金具が耳障りな摩擦音を発する。


 もう音を立てないように慎重に動く必要はない。その扉の音で絶対にバレている。


 部屋の中を、まずは体は扉の裏に隠して頭だけ出すように覗き込んだ。


 部屋は明るかった。暗闇の廊下と比べると目が眩むほどに。


 すぐに目が慣れ、さらに扉を開く。ほとんど何も置いていない物置のような廃れた部屋で、ゆらゆら揺れる不安定な暖色の光源が辺りを照らしていた。部屋の真ん中に置かれた数本のろうそくが光源だった。そして壁際に、黒いドレスの少女が壁に背中を預けて倒れていた。その少女は――――――


――――ゴスロリアニマルでカラスになれる少女、ウラギリだった


「――ッ!? ウラギリ!!??」


 そこにいたのが顔見知りの少女であることに気づいて部屋に飛び込んだ。


 ウラギリには、俺たちの帰り道が見つかりそうになかったら田島さんかナルミさんのところに戻るように伝えたはず。何故こんなところにいるんだ?


「大丈夫か!?」


 理由はわからないが今はウラギリの安否確認が先だ。俺はウラギリに駆け寄って声を掛けた――――――――そこで気づく。ウラギリの体が()()()になっていることに。体が透けて後ろの壁が見える。


「ど、なんだよこれ…………」


 俺は言葉に詰まった。


「あぁ、イズミ…………」


 ウラギリが俺の存在に気づいた。目蓋を開き、虚ろな目で俺を見る。


「ウラギリ、何があったんだ……?」

「わからない…………飛んでたら急に、気分が悪くなって…………フフッ………………気づいたらここにいた。多分、空気の淀みのせい…………体が消えてく………………フフフ…………」


 時折、こらえきれなくなったような上擦った奇妙な笑い声を出すウラギリ。ほとんど表情を顔に出すことがなかった彼女が、笑っている。繕ったような硬い笑顔で。瞳は虚ろなまま、表情の奥にある本音が全く見えない笑顔で。


 その笑い声は、俺がマネキンの前で聞いた声そのものだった。


 とにかく、ウラギリにも何故自分がここにいるのかはわからず、原因は空気の淀みらしい。俺は様子のおかしいウラギリが不気味に思えて、この場から離れたくなった。ウラギリを置いて。


 どの道、ウラギリは動けそうにないからここに置いて行くしかない。


「そうか………………とりあえず、はぐれちまった他のみんなも探して連れてくる。ちょっと待っててくれ」

「待って」


 背を向けようとした俺をウラギリが引き留める。


「まって…………これを、受け取って……………………――――受け取って!!!! ヒヒヒッ!! 」


 急に声を張り上げるウラギリ。俺の心臓が飛び跳ねた。


 ウラギリの手には先端が赤く塗装されたバールが握られていた。


「あ、あぁ…………ありがとう………………」


 俺はウラギリを刺激しないように慎重に、その工具を受け取った。



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