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第58話 私のお屋敷 

 洞窟の中、3人で協力して段差を越え、さらに奥へと進んだ。


 しばらく歩き続けると洞窟の出口が見えてくる。微かな薄明かりが出口から射し込んで周辺を照らしている。そのまま俺たちは光の方へ進んだ。


 洞窟を抜けて外に出る。日は沈み、すっかり夜になっていた。周囲には木々が生えていて月明かりに照らされている。そして、目の前には立派なゴシック建築の屋敷がそびえ立っていた。


 全体は黒く、複雑な装飾や構造で造られた厳格な大豪邸。人が近づくのを阻む荘厳さを醸し出している。ただでさえ暗い色の建物なのに夜闇の下で余計に暗く不気味に見える。そんな屋敷が森の中に、周りの木々を押し退けるようにしてその場に堂々と居座っていた。


 俺、イヌヌ、ネココ。3人で屋敷の入り口に当たる扉の前に、横一列に並ぶ。


 重厚感のある黒い両開きの扉。俺たち3人は屋敷に入る以外の選択肢もあったはずなのに、自然の成り行きで、手繰り寄せられるようにそこに着いた。月に照らされた屋敷に魅入られるように。


 俺は扉に手を掛け、屋敷に足を踏み入れた。


 3人で扉を潜る。広い玄関ホールが俺たちを出迎えた。室内も外観と同じような黒を基調とした重厚感のある造り。光源はなく、窓の外から漏れる夜の明かりしか屋内を照らすものはない。真っ暗に近い状態で、周囲に何があるのかほとんど確認できない。わかることは左右に伸びる長い廊下があることと、正面には横幅の広い階段があることだけだ。階段は途中の踊り場部分で左右二手に分かれてから上の階に続いている。


――バタンッ


 玄関ホールに音が響く。音の出所は俺たちの後ろだった。


 振り返ると、俺たちが通ってきた扉が閉まっていた。


 俺は右と左にいるイヌヌとネココと顔を見合わせた。二人とも頭上に疑問符を浮かべて首を傾げた。二人が扉を閉めたわけではないらしい。俺も閉めていない。となると、扉が勝手にしまったわけだ。風で? もしくは元から勝手に閉まる作りだったのか。


 俺は扉に近づき、握るタイプの楕円形のドアノブに手を掛けた…………が、扉は開かない。ドアノブが回らない。鍵が掛けられたというより、ドアノブが回らなくなるように後から施工されたような、それか元からこのドアノブが回る仕組みじゃないただの飾りの突起であったかのようで、とにかくいくら回そうと捻ってもピクリとも動かない。


「と、閉じ込められた…………?」


 ネココがぼそりと呟いた。


「ああ、そうみたいだな」


 俺たちは引き返せなくなった。先に進むしか選択肢はないようだ。順々と誘い込まれているような嫌な感じしかしないが。


 イヌヌが口を開く。


「しょうがないね。他の出口を探そっか」


 何故勝手に扉が閉まったのかはわからないが、イヌヌが言うとおり俺たちは他の出口を探すしかない。広い建物に閉じ込められて、そこから出る方法を探す。なんとなく人狼ゲームのことを思い出すな。


「それじゃあ、廊下の右の方に行ってみようぜ」


 俺はイヌヌとネココを先導して暗闇の廊下へ歩を進めた。


 少し廊下を進んだが、ずっと同じ形の扉が壁面に等間隔に並んでいるだけで変わり映えしない。痺れを切らしたイヌヌが扉のうちの一つを開き、その奥の部屋へと足を踏み入れた。俺とネココも後に続く。


 相変わらず照明もランタンもなくて暗い部屋。結論、この部屋はただの寝室だった。しかも使用人みたいな者の寝泊まり用であろう質素なもの。簡易的な幅の狭いベッドと本棚、机が配置されているだけ。何も置かないよりは見栄えがマシになるだろう、程度の考えで置かれたことが窺える家具たち。


 せっかくだし俺たちは部屋の中を少し見て回った。そこで、本棚の上にノートから千切られたような紙切れを見つける。


 紙切れには少し太めに手書きの文字で「孤立」と書かれており、その下には細かい文字が綴られている。


――――――――――――――――――――


 孤立    10/27



 家族、村の人、みんな消えてしまった


――――――――――――――――――――


 誰が書いたものかはわからないが10月27日と日付がある。この短い文章から読み取れることは書いてある通り、以前はこの付近の村、おそらく俺たちがコドクを置いて来てしまったあの集落に村人がいたが、それが消えてしまったということ。そしてもう一つ。筆圧が弱くフラフラしており、至る箇所が丸みを帯びた字面から、絶対とは言えないが、これを書いた者が幼い女の子の可能性が高そうということだ。


 これだけではよくわからないが今後、この知識が役に立つことがあるかもしれない。俺は紙切れを二つに折ってからそっと、ズボンのポケットに押し込んだ。


 イヌヌが声を上げる。


「あ! 奥にも部屋がありそうだよ」


 声のした方を見ると、イヌヌが壁に空いた小さい穴を覗き込んでいた。床面に接した位置に空いた穴で、サッカーボールを転がしてもギリギリ通り抜けないくらいの大きさ。その穴を、両手両膝を突いて前のめりになり、ほとんど土下座みたいな形で覗き込むイヌヌ。「何やってんだよ」と突っ込みたくなる光景。


 ネココがイヌヌの隣に躍り出る。


「僕ならそんな穴、簡単に通り抜けられるけどね」


 言うが早いか黒猫の姿に変身したネココ。そして、こう続ける。


「君みたいな太い奴には無理だろうけどっ」


 イヌヌに挑発的な薄ら笑いを向けるネココ。黒猫の姿なのに頬を染めて高揚しているのがわかる。最高に楽しそうにイヌヌを煽っている。きっと自分の特権である「狭いところも通り抜けられる猫の体」でイヌヌにマウントを取ることができて嬉しいのだろう。


 黒猫はイヌヌを押し退けてスルスルと狭い穴の奥に入っていった。


 そして、一連の流れを受けて闘争心に火をつけたイヌヌ。


「僕だってこれくらい通れるよッ!!」


 そういうと、薄ピンク色の子豚の姿に変身するイヌヌ。久しぶりに見たイヌヌのこの姿。やっぱりどう見ても犬ではない。『豚』だ。


 イヌヌは黒猫よりも多少太めのその体を狭い穴に捻じ込み、一瞬ハマりそうになりつつも無事に通り抜けていった。


「おーい、そっちはどうなってるんだ?」

「……………………………………」


 二人に声を掛けてみるも、返事はない。俺はもう一度声を飛ばす。さっきより大きい声量で。


「おーい! そっちはどうなってん――――」


――キャアァァァァァアア!!!!


「――ッ!? どうした!?」


 俺の呼び掛けを遮る形で返ってきたのは二人の悲鳴だった。相反する二人のシンクロする叫び。何かに怯え、驚き、戦慄した声色。


 俺は再度呼びかけたがその悲鳴以降、反応はひとつも返ってこない。


 俺は地面に伏せて穴を覗き込んでみた。だが、穴の奥は真っ暗で何も見えない。ただでさえ暗いこの部屋に空いた穴の、その先の空間。当然光が届くはずもない。


 二人に何が起きたのか全く分からない。ただ、良からぬことが起きたということだけはわかる。


 そんな状況で突然仲間を失って一人きりになってしまった俺。今まで二人がいたから感じていなかった暗闇の中の恐怖や底無しの孤独感に苛まれ、茫然としていると………………


「――――ッ!!」


 突如、鋭い音が部屋中に響いた。ガラスを割るような音。


 音の出所に目を向けると――――――――花瓶が割れていた。


 窓から射す月明かりに薄らと照らされて光を反射する翡翠色の花瓶の破片。大きさはビール瓶くらい。割れた花瓶の破片の隣には簡易的なサイドテーブルがあった。おそらく、花瓶はそこから落ちたのだろう――――――だが、何故落ちたのかわからない。


 窓は閉め切っていて風が吹いたわけではない。花瓶が落ちた時にこの部屋には俺以外の存在の気配はなかったことから、何者かが落としたわけでもない。本当に、ひとりでに花瓶が動き出し、床に叩きつけられたとしか思えない。通常なら考えられないことだが。


 俺はなにか嫌な予感がして、一人で部屋を飛び出した。



twitter→ https://mobile.twitter.com/bandesierra


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