第56話 私の森
7つ目のゲーム『アニマルゴスロリランド』をクリアした俺は、保護したゴスロリアニマルを田島さんがいる拠点に送り届けることになった。
その道中の車内。車を走らせるのは頭に生えた犬耳がトレードマークのイヌヌ。俺は助手席に座り、イヌヌは隣の運転席に座る。身長の低いイヌヌが運転席に座ると未成年の子供が運転しているように見える。低い座高で、ちゃんと前が見えているのか不安になる。いや、俺が不安を感じる本当の理由はそれではない。
運転しているのがイヌヌだから、だ。俺が恐怖しているのはイヌヌの運転そのもの。前が見えていようといなかろうと、どこか抜けている感じのイヌヌに車のハンドルを預けるのはどうにも落ち着かない。イヌヌが自ら進んでドライバーに名乗り出たから、彼女自身はそれなりに運転に自信があるんだろうけど。自分に自信がある奴ほど盛大なミスをやらかすから安心できない。
さらに、今走っているところが切り立った崖の際。少しハンドルを傾ければ俺たちは崖下に転がり落ちる。転がり、屋根のないこの車から俺たちは投げ出され、また崖を転がり全身を強く打ちつけることになる。そうなったら最後、生きていられる保証はない。そんなデンジャラスな道。
にもかかわらず、結構スピードを出しているイヌヌ。ほんとに不安しか感じない。
俺は崖から転落する最悪の想像を振り払いたくて、イヌヌに問いかけた。
「イヌヌ、お前なんで車の運転に自信あり気なんだよ?」
返答によっては俺の不安は和らいでくれるかもしれない。
「だって僕、大型自動車の免許持ってるからね!」
ウインクして自慢気な表情を向けるイヌヌ。
「まじか………………いや嘘だろ」
イヌヌが馬鹿でかいトラックを運転している姿を想像できない。絶対嘘だ。何なら普通車の免許を持ってるかすらも怪しい。俺の不安はむしろ助長された。
もういっそ、不安要素をすべて忘れるために俺は話題を変える。
「そういえばゴスロリアニマルって――――」
俺は振り返って、後部座席に横一列になって座るゴスロリアニマル3人に尋ねる。
「ゴスロリアニマルって人間の食べるような食事をとらないと生きていけないらしいけど、そういう食事はどうやって確保してるんだ?」
ゴスロリアニマルは空気が綺麗な自然界でしか生きられないということもあり、人の住む街に降りてくるのも厳しいはずだ。
俺の疑問にネココが答える。
「そうだね、今回の場合は田島さんみたいな、僕たちゴスロリアニマルを保護したり助けてくれる人間に食事をもらうくらいしか方法がないんだよね。ほんと、そういう人間がいないと僕たちは生きていられないから本当に感謝しないと…………あと、僕は見たことないけど、農耕や畜産をして自給自足の生活をするゴスロリアニマルもいるみたいだよ」
「へぇ、そうなんだ。ゴスロリアニマルにも色々いるんだな」
「ふーん」
隣でイヌヌも相槌を打つ――――後ろを振り返った状態で。
「おい! 前見ろ前!」
「え、なんで?」
キョトンとした顔をするイヌヌ。
「なんでって運転中だろうが!」
「運転……………………あ」
忘れてた、とでも言い出しそうな反応。実際忘れていたらしく、慌てて前へ向き直ってハンドルを握ろうとするイヌヌ――――が、もう遅い。車のタイヤは既に崖から飛び出していた。
宙を舞う車。回転し、ひっくり返る。
白昼夢のような現実味を帯びない光景。俺は車から投げ出された――――
§
「………………いてぇ……」
全身に感じる痛みが俺の目を覚ました。
車から投げ出され、崖を転がり落ちたところまでは覚えている。
まず、自分の体を確かめる。手足を確認する………………大丈夫だ。四肢はすべて揃っていて問題なく動く。
胴体と頭部を確認する。多少の打撲や切り傷はあるが致命傷に至るようなものはない。全身に走る痛みもその程度のものだった。
次に、周囲を確認する。崖を転がり落ちて深い谷底に着いたようだ。辺りは木々が生い茂っていて薄暗い。谷底なのに加え木々の葉が光を遮り、更には日が沈みかけていたのでなおのこと暗い。空の青みが増している。
近くには俺たちが乗っていた車が転がっていた。ボロボロの鉄塊になってボンネットから炎を噴きだしている。その炎が焚火のように周囲を照らす。
そして、車の周りにはイヌヌと3人のゴスロリアニマルの姿が。皆、俺と同じように起き上がって自分の体に異常がないか確かめている。
「お前ら無事か!?」
俺はみんなの方に駆け寄った。
コドクとウラギリが返答する。
「うん、なんとかね」
「私は大丈夫…………」
全員多少の擦り傷はあるが、命に別状はなさそうだ。
イヌヌとネココはまた、こんな状況になっても口喧嘩を始める。
「お前のせいでこうなったんだからな! なにが『運転は僕ができるから任せて!』だよ!!」
「うるさいなぁ。誰にだってミスはあるし、車の運転なんて免許なんてなくても僕ならできるし。ネココには無理だろうけど」
やっぱり免許、持ってなかったんだ。しかもどこから湧いて出てきたのかわからない謎の自信。
ひとまず俺が仲裁に入った。
「落ち着けよ二人とも。たしかにイヌヌのせいでこうなったんだけど、今は仲違いしてる場合じゃないだろ? 帰り道を探さないと」
日も暮れかけていてもうじき夜になる。火の出てる車の近くにいるのも危ないし、かと言ってここを離れて暗い森の中を何も見えないまま進んでも遭難しかねない。5人で話し合ってこれからの行動計画をまとめないと。
――ゴホッ、コホッ
急に、コドクが咳き込み始めた。口を軽く手で押さえながら。ウラギリとネココも同じように喉を押さえたりしている。
俺は口元を押さえたコドクに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「んん、この辺、空気が淀んでいて、ちょっと呼吸がしづらいわ」
空気が淀んでいる。俺にはわからないが、空気が綺麗な環境でしか生きられないゴスロリアニマルたちはそういうのに過敏に反応するのだろう。そして、それはゴスロリアニマルの健康にあまりよろしいものではない。最悪の場合、命に関わるかもしれない。
「そうか、とりあえずここを離れた方がよさそうだな」
話し合うまでもなく今後の流れが決まった。俺たちはこの場を離れることに。
一番良いのは俺たちが車で走っていた崖の上の道まで戻ることだが、急勾配で切り立った崖は到底登れるようなものではない。また、傾斜が緩やかなところも見受けられない。
俺たちは谷底の森の中を、崖の斜面に沿って移動することにした。崖はそれほど高いものではなく、地形によっては運よく傾斜が緩やかで登れそうな場所があるかもしれない。そんな一縷の望みにかけて俺たちは歩を進めた。
しばらく崖に沿って森を進み続ける。が、崖を登れそうなところは一向に見当たらない。そもそも傾斜が緩やかな場所がある保証はない。
「コドク、空気はどうだ?」
「この辺りの空気も淀んでる。さっきの場所と変わりないわ」
しばらく歩いてきたが、この森の空気も淀んでいるらしい。そうなるとこの谷底の森全体に濁った空気が充満しているのかもしれない。一刻も早くここから這い上がらないと………………
俺にはナルミさんと交わした約束がある。それは、ゴスロリアニマルを無事に田島さんの元に送り届けること。
俺の中に焦りが募って歩くペースも早まる。と、ネココが不意に口を開いた。
「あっ、そうだ。ウラランならカラスになって飛べるから先に帰れるじゃん」
「ッ! あぁ、たしかに」
俺は焦っていて大事なことを忘れていた。ゴスロリアニマルが動物の姿に慣れるということを。動物の姿を上手く用いればこの窮地から脱することができるかもしれない。
ちなみにウラランとはウラギリのことだと思われる。
「でも、みんなを置いて一人で帰るわけには………………」
「それなら――――」
ウラギリの後にイヌヌが口を開く。
「それなら、空から周りを偵察してみてよ! 帰り道が見つかるかもよ!」
「………………わかった」
一瞬考えるように間を置いてから、ウラギリは頷いてイヌヌの発案に了承する。
「いいじゃん。ウラギリ、それでもし俺たちがここから抜け出せるような道が見当たらなかったら、先に田島さんかもしくはナルミさんのとこに行って俺たちが谷に落ちたことを伝えてほしい。できるか?」
俺はイヌヌの案に付け加えてお願いした。ナルミさんか田島さんにこのことを知らせれば助けに来てくれるかもしれない。
ウラギリは俺の方を見てこくりと頷く。それから己の体を黒い鳥の姿に変え、暗くなりつつある空へ飛び立った。
「便利だな、ゴスロリアニマル」
俺はぽつりと呟いた。
「そうね。私たちは生きる環境が制限されるところはあるけど、でもその分、人の姿と動物の姿を切り替えて自然の中で器用に生きていくことができるから、それはゴスロリアニマルの利点ね」
俺の呟きにコドクが答えた。
「あ、そういえばコドクは人型の姿しか見てないけど、コドクも動――――」
俺の言葉は途中で遮られた。
――ヴゥオ゛オ゛オ゛ォォォォォオ゛オ゛オ゛!!!!
突如響いた雄叫びに。
本当に何の予兆もなく突然、野太い叫び声が森中に響いた。薄く、森全体に塗り伸ばすように響く。人間と獣の中間のようなどっちつかずの声。俺たちの背後、遠くの方から聞こえてきたような気がする。
俺たち4人の間に薄気味悪い恐怖が走る。
「な、何いまの…………?」
イヌヌが、特に誰かに向けたわけでもない疑問を一人呟く。
「わかんないけど、先を急いだほうがよさそうだな…………」
幸い、声は聞こえたものの、背後から何かが迫ってくる気配はない。
俺たちは先に進む足取りを速め、逃げるようにその場を後にした。
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