第53話 検索は自己責任で
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森の中で遭遇した黒猫を前に、俺はナルミさんから一眼カメラを受け取った。動物の保護工程に必要な道具だ。
道具を揃えた俺たちはさっそく仕事に取り掛かる。
まず、俺がカメラを構えて地面に寝転ぶ黒猫のありのままの姿を激写。
撮影が終わるとすぐさまナルミさんがネットランチャーを構え、狙いを定めて発射。放たれたネットが黒猫に覆い被さる。ネットが蜘蛛の巣のように纏わりついて、逃げようと身じろぐ黒猫を完封。ネットを手繰り寄せて黒猫を車の上に引き上げる。これで捕獲完了。
最後はイヌヌの命名だ。イヌヌがどんな名前を与えるかによって、この黒猫の生涯が大きく変わる、かもしれない。仕事の一つであることから命名もそれほど重要な役割である、かもしれない。俺とナルミさん、そしてネットの中の黒猫の期待の眼差しがイヌヌに集中する。
イヌヌの命令が執行される。
「う~ん…………………………ネココで」
「そのまんますぎんだろ!!」
猫だからネココ。
「え~、ダメなのぉ? わかったよ。じゃあネッコロ大魔王ね」
「ネココでいいです…………」
やけくそになってふざけた命名を始めたイヌヌを制して、俺は命名ネココを了承した。
「ニャー、ニャー」
ネットの中の黒猫が鳴く。なんか、動物の鳴き声というより人間が猫の声真似をしているような、極めて人間に近い声。
黒猫と目が合う。猫はその瞳の奥で何か思考を巡らせているように感じ――――
――――次の瞬間、黒猫から黒いオーラが溢れ出した。
煙に近い黒い気流が一瞬でネットと黒猫自身を覆い隠す。
車内にて、咄嗟の出来事に驚いた俺はできるだけその黒から距離をとる。
イヌヌとナルミさんも同じように距離をとる――――その瞬間、今度は黒いオーラが爆散した。風船が割れて中の空気が飛び出すように、黒い気流があらゆる方向に飛び散る。
俺はなるべくその爆散の影響を受けないよう体を逸らし、腕を上げて本能的に目元を覆い隠した。
気流が体の両脇を掠めていくのを感じる。が、自分の体に何かダメージが入ったような感覚はない。
俺はゆっくりと腕を下ろし、黒猫の様子を確認した。
――――確認したが、黒猫の姿はなかった。その代わりに
そこには黒いドレスを着た少女がいた。
黒髪で毛先がバラバラで猫っ毛の、ちょっと長めのショートボブ。背丈はイヌヌとちょうど同じくらい。フリルや装飾品で彩られた黒いドレスを着ていて頭には猫耳が生えている。目はパッチリと大きくツリ目気味で、鼻の横辺りから細長い猫髭が左右に二本ずつ伸びている。表情はやや中性的で生意気そうな瞳でこっちを見ている。
少女の全身から見て取れる猫要素から、どんなに察しの悪い人でも推測できる。捕まえたあの黒猫が、
「人になった…………?」
黒猫が変身して人型になったと見て間違いないだろうけど。
「ええ、この子はゴスロリアニマルですからね」
「あー、なるほど」
「なるほどじゃねぇよ!」
だいぶ大雑把な解説をするナルミさんとそれに納得してしまうイヌヌ。
「何だよゴスロリアニマルって?」
『アニマル』と『ゴスロリ少女』がこの森に生息しているとは聞いていたが、『ゴスロリアニマル』なるものがいるとは聞いていない。
ナルミさんの詳しい説明が入る。
「ゴスロリアニマルは動物の姿とゴスロリ少女の姿、二つの姿に変身できる、動物であり少女でもある特殊な存在なんです。ゴスロリアニマルは空気が綺麗な自然環境でしか生きられない上に、人間が食べる食事をとらなければならないから生きていくのがとても難しくて、それ故にとても希少な存在なんですよ」
綺麗な環境でしか生きられないけど人間の食事を食べなければならない。この矛盾がゴスロリアニマルの生存確率を大きく削いでいることが推測できるし、だからこそ人の手によるゴスロリアニマルの保護の重要性も窺い知ることができる。俺たちが今やっている保護活動はただの人間のエゴではなく、ゴスロリアニマルにとっても必要不可欠なものなのかもしれない。
「イヌ…………」
「ネコ…………」
同じくらいの身長のネココとイヌヌが互いに呟きながら、眉間にしわを寄せて睨み合う。
「ど、どうしたんだ二人とも……?」
「イヌとネコは相性が悪いのかしら?」
隣でナルミさんが推察を呟く。
犬と猫…………、いや。
「いや、イヌヌ。お前は――――」
メイクサードシティでもイヌヌは自分の家を造る時に、家の造形を犬の頭の形にしていたけど、イヌヌの本当の姿は――――
「俺は知ってるぞ。忘れかけてたけどお前の本当の姿は小さい子豚であって、絶対に犬ではないからな。『イヌヌは犬である』みたいな感覚を植え付けようとすんな」
§
それから俺たちはゴスロリアニマルのネココも車に乗せて、計4人で森の探索を進める。
屋根のない迷彩色の車をナルミさんが走らせる。
数分経った頃、木々の中から男性が呻くような声が聞こえてきた。ずっと呻き続けているわけではなく、間隔を空けて度々上げられる声。最初にその声に気が付いたのはイヌヌだった。
ナルミさんが車を停め、俺たちは車を降りて声のする方に歩を進める。何がいるかわからないから慎重に、こっちが相手を視認する前に相手が俺たちの気配に気づくことがないように。
草木をかき分けて進むと、木々がなくなって少し開けたところに出る。そこで俺は、二人の人物を目にした。
一人はゴスロリ衣装に身を包んだ黒髪の女性。経験則から考えるに、おそらく彼女もゴスロリアニマルだろう。そしてもう一人は――――――
――――俺がこの世界に来て二つ目のゲーム、ラストファンタジーで討伐した魔王だった。
雪の積もる山上の城にて、俺とイヌヌとエルハとテリヤの四人がかりで何とか退治した、あの魔王だ。本当に世界を征服してしまいそうなほどに強かった魔王。
そんな魔王とゴスロリアニマルが人気のない森の中で何をしているのかというと………………
上半身裸で地面に四つん這いの姿勢になっている魔王。その魔王の剥き出しになった上半身の肌を、唸りを上げる鋭い鞭で打ちつけるゴスロリアニマル。何度も何度も、打ち付ける。淡々と、黙々と。その度に魔王が低い呻き声を上げる。森の中に響いていた声だ。
「な、なにやってんだあいつ…………?」
俺は状況が呑み込めずに困惑の声を漏らした。俺が言う「あいつ」とは、絶望的な戦闘力を有しているのにもかかわらず惨めな格好で鞭に打たれている魔王のことでもあり、そんな最恐の魔王に容赦なく鞭を打ち付けているゴスロリアニマルのことでもある。
「あ。あれはヘビのゴスロリアニマルですね!」
ナルミさんが言う。
「なんでヘビってわかるんだ?」
あのゴスロリアニマルの外見からヘビに関連する要素は見受けられない。言われてみれば確かに雰囲気はヘビっぽいかもしれないけど。
「ほら、よく見てください。あの手に持っている鞭、ガラガラヘビの尻尾のような形状をしていますが、元を辿っていくとあのゴスロリアニマルのポニーテールの髪に行きつきます。つまり、あの子のポニーテールの髪が凝固化してヘビの尻尾の鞭に変化している。だからあのゴスロリアニマルはヘビだと推測できるわけです」
「ああ、なるほど。たしかにヘビの尻尾だ」
長い長いポニーテールの髪が、先端に行くにしたがってヘビの尻尾と化している。
その尻尾の鞭で打ち、打たれる二人の様子を眺めていると、二人の会話が聞こえてきた。
品格のある佇まいで大人びた印象のゴスロリ少女が妖艶な微笑みを浮かべ、煽るような口調で魔王に問いかける。
「ほら、そろそろテリヤキが欲しくなってくる頃かしら?」
「――ッ!? た、頼むッ! テリヤキだけはやめてくれぇ!!」
情けない声で許しを乞うように叫ぶ魔王。
テリヤキ。何かこの世界で聞いたことのある言葉だ………………。
思い出した。あれは、レストラン・タシマでの出来事。俺が「テリヤキ」と大声で口にしたら周りにいたテリヤやエルハに白い目で見られたことが、鮮明な記憶となって蘇る。俺が暮らしていた世界でテリヤキと言ったらテリヤキソースとか照り焼きとか、調理方法や料理関連の言葉だが、この世界では違うらしい。『テリヤキ』は卑猥な言葉らしい。しかも結構きつめの。
「てッ、テリヤキなんて………………」
レストラン・タシマでのあの時のように、赤面した顔を両手で覆って俯くナルミさん。
「この世界でのテリヤキってなんなんだ………………」
俺は「テリヤキ」の言葉の意味を、検索エンジンの履歴が残らないシークレットタブで検索したい衝動に駆られた。




