第49話 民のための街
人狼ゲームをクリアして城を出た俺とエルハは、波打つ漆黒の丘陵地帯を歩いていた。ループが起きた発端やそれを解決するまでの出来事を何一つ知らないエルハに、レイカのことや城の過去のことを話しながら。
人狼ゲームをクリアした後の予定は特に決まっていなかったので、行き場のない俺たちはとりあえずクライムトレスシティで泊まったホテルに戻ろうと歩を進めていた。
そんな中、突如、背後から元気な女の子の声が飛んできた。
「――イズミ! エルハ!」
振り返るとピンクの髪で簡素な赤い服の少女、イヌヌがそこにいた。
「イヌヌッ!!」
久しぶりに会ったような気がして思わず声を上げた。
本当ならイヌヌと、あとテリヤも一緒に人狼ゲームに参加する予定だったが、二人は急遽欠席した。絶対にズル休みだとわかるような理由を付けて。
イヌヌは風邪を引いて体調を崩したからと言っていたが、いつも元気なイヌヌが風邪を引くわけがない。ペスト菌もコロナウイルスもイヌヌという堅牢な城には一歩たりとも踏み入ることはできない。
というかそもそも、イヌヌは初めて会った時に「イズミがこの世界でゲームクリアを進められるように案内するのが僕の役目だ」と言っていた。つまりは俺をアシストするのが彼女の仕事だ。そのイヌヌが俺を放置して一人でゲームをクリアさせるのは職務放棄にあたるんじゃないか?
そういえば、イヌヌって何者なんだ? 突然俺の目の前に現れてそのまま同行する流れになったけど、俺はイヌヌのことを何も知らない。おそらくは俺がこの世界に飛ばされて初めて会った、と言うより聞いた天の声と繋がりがあるのだろう。両者とも俺にゲームクリアをしてほしいという同じ要求をしているから。
「二人ともお待たせ! じゃあさっそく、人狼ゲームにレッツゴー!!」
意気揚々と的外れな掛け声を上げるイヌヌ。俺は反射的に口から言葉が飛び出た。
「もうクリアしたわ!! 今更来ても遅いわ!!」
「イヌヌは風邪を引いて来れなかったんだからしょうがないよ」
感情を爆発させる俺とは対照的に冷静に俺をなだめるエルハ。
「いや、人狼ゲームは元からいかないつもりだったんだよ。それより、次のゲームに案内するよ!」
ためらいもなくとんでもないことを口にするイヌヌ。エルハのフォローを一瞬で無に帰した。
「お前、サボったことを認めたな? 俺たちがどんな大変な目にあったかも知らないで…………」
「じゃあ行くよ! 僕に付いて来てね」
俺の感情も知らないで自分ペースで歩き始めるイヌヌ。
草木の生えない黒い大地を、俺とエルハはイヌヌの後に続いた。
道中、俺はずっと気がかりだったことをイヌヌに聞いてみた。イヌヌの正体のこと、ではない。警察ゲーム『サタデーポリスマン』での最後のことだ。それは、クレマという男が自分はゲームテスターだと名乗ったこと。そして、同じゲームテスターである俺たちは仲間だと主張してきたこと。
ゲームテスターとは何なんだ。この世界におけるゲームテスターの立ち位置は?
ずっと頭の隅の方にちらついていた。この世界で俺はどういう存在なのか。
俺はそのことをイヌヌに直接聞くことにした。
「なぁ、イヌヌ。俺はゲームテスターで、俺以外にもこの世界にゲームテスターはいるらしいけど、ゲームテスターって何者なんだ? どういう存在なんだ?」
イヌヌは振り返ることなく少し間を開けた後、口を開いた。
「…………うーん…………詳しいことは女神様に聞いてないから、僕にはよくわからない……かな」
歯切れの悪い答え方をするイヌヌ。何か知っているけどはぐらかしていそう。だが、そんなことより新たに気になる疑問が生まれた。
「女神様って誰だ?」
「あれ、イズミ知らないの? イズミがこの世界に来た時に会ってるはずなんだけど………………あっ、その時は声だけで姿は見せていなかったからわからなかったのかな? 女神様はイズミと同じで綺麗なピンク色の髪をしてて、あと、女神様はドーナツが好きなんだよっ!」
この世界に来た時に会った、声だけ…………。おそらくその女神とやらは俺が言う『天の声』のことだろう。やはりイヌヌと天の声には繋がりがあった。イヌヌの口振りから結構親しい間柄なのが窺える。
「あっ、ドーナツと言えば、僕が風邪を引いてた時のことなんだけど――――」
ドーナツから話を広げて話題を変えられる。俺はゲームテスターのことや女神のことも気になったが、それ以上追及するのはやめた。
それ以降、他愛のない無駄話をしながら一時間ほど歩き続ける。黒い波打つ大地から所々に緑の生えた丘陵地帯に変わり、ルードラ城からかなり離れたことを知る。
やがて辿り着いた、薄い雑草と剥き出しの岩肌が入り混じる丘の上に立つ。
「うわぁ…………」
目の前の景色に、俺は無意識に感嘆の声を上げた。
そこから眺めると、巨大な建物や密集した住宅、あらゆる構造物が集まった文明的な街並みが一望できた。地平線の果てまで人工物で埋め尽くされた広大な街だ。ただ、俺たちが以前行ったクライムトレスシティと比べるとビルのような高い構造物は少なく、代わりに2階建て程度の住宅が地上にひしめき合っていた。
さらに目を凝らして見ると、住宅は中東にあるような乾いた石材で造られたものや木材のみで建てられたもの、日本で見られる一般的なものから童話の世界で出てきそうな赤レンガの可愛い家まで、あらゆる地域や時代、ジャンルの構造物が一貫性なく建ち並んでいた。
「なんだ…………あの街は……」
俺は声を漏らした。一歩先を進んでいたイヌヌが振り返り、俺の疑問に答える。
「あれはメイクサードシティだよ!」
相変わらず元気いっぱいで答えるイヌヌ。俺たちは街へと進む足を止めることなく話を続けた。
「なんであんなに、いろんな種類の建物が乱立してるんだ?」
「あの場所、メイクサードシティは一種のゲームになっていて、誰もが自由に自分の家を造ることができるゲームなんだ」
「自由に自分の家を造れる…………そうか、だからあんなにいろんな種類の建物が無造作に並んでるのか。自由に造れるから家を建てる場所も、その造形も自分で勝手に決めれるしな」
丘を降り、徐々に街に近づいていく。
「その通り! あと、メイクサードシティではただ自分の家を建てるだけじゃなくて、不定期にイベントやお祭りが開催されるんだよ!」
「じゃあそのイベントか祭りもゲームの一種で、次に俺たちがクリアを目指すゲームってわけか?」
イヌヌは首を横に振る。
「それは違うよ、イズミ。深読みしすぎだよ――――――次のゲームは『メイクサードシティ』。あの街で自分の家を建てればゲームクリアだよ!!」
それから俺たちは丘を降りきって、メイクサードシティの目の前に辿り着いた。街の中心へと延びる大通りに足を踏み入れる。
街は丘の上から見下ろした通りに多種多様な建物が軒を連ねていた。山奥の丸太小屋のような建物や幽霊屋敷のようなものまである。飲食店を始めとしたあらゆるお店も点在しているが、住むことに特化した住宅の方が圧倒的に多い。それらが、大通りに正面を向けている建物も多いが、道に対して斜めを向いているものや明らかに背面を向けている建物もある。
大通りは綺麗な一本道ではなく、乱立する建物の間をうねうねと這うように進む大蛇のように延びていた。
通常の街ならまっすぐ延びた道に建物が規則正しく沿って建ち並ぶ、建物が道に都合を合わせる造りだが、この街は真逆だ。自分の好きな方向を向いて好きな位置に建っている建物の間を、道が申し訳なさそうにすり抜けるように延びている。道が建物に都合を合わせている。
このことから、多くの建物がこの地に建てられた後に道が敷設されたことが窺い知れる。住宅が立ち退きを要求されることなく。それは道は建物に逆らえない、道より建物の方が権力が強いとも言える。行政機関より市民の方が高い権力を有するとも考えられる。
そんな特徴的なこの街の大通りには、周りの住居の数からは考えられないほど多くの通行人が行き交っていた。道が、人混みに埋め尽くされている。
周りにはアパートやマンションなどの集合住宅はほとんどなく、戸建てが大半を占めていた。その上、建物同士の間隔は結構ゆとりがあるから街の人口密度はここまで多いとは思えない。
更に、観光客が多いという線も薄い。通行人には大きい鞄を持ったりトランクをガラガラと引く者や、地図を広げたり辺りをキョロキョロ見回している人は全くいない。みんなラフな格好で手に持つ物もごくわずか。街の雰囲気は、特に観光地でもない地方都市の休日昼下がりの商店街、といった感じだった。
通行人には子供や若年層が多いが、老人も少なからずいる。老若男女問わず皆、心なしか明るい表情で歩いているように見えた。この街からは人の豊かさと活気が感じられる。
「なんでこんなに人が多いの?」
エルハが、俺も考えていた同じ疑問を口にした。その疑問にイヌヌが答える。
「えーっとね。この道が街を代表するメインの大通りだからってのもあるんだけど、それよりも大きい理由はこれ」
そう言うとイヌヌはショートパンツのポケットからストップウォッチのような小さい機械を二つ取り出す。いや、ストップウォッチにしてはボタンの数が少なく画面も小さい。色はそれぞれピンクと黄色だ。
「何だそれ?」
「これは『歩数計マネーカード』だよっ!」
「歩数計マネーカード……?」
ストップウォッチではなく歩数計だったらしい。正しくは、歩数計マネーカードらしいが。
「見た目からして歩数計なのはわかるが、マネーカード要素はどこにあるんだ?」
俺の質問にイヌヌがニヤリと笑う。
「この歩数計は、ただの歩数計じゃない…………。この歩数計は歩数を稼ぐことでこの街で使われている通貨の『ゲームマネー』を稼ぐことができるんだ!!」
「ゲームマネー…………」
「そう! 100歩稼ぐごとに1コインがこの歩数計マネーカードの中に貯まって、そのコインを払ってこの街でショッピングしたり生活費に充てたりできるんだ。だから街の人はみんなこうやって歩いているんだ」
「じゃあなんだ、この街の人は働かないでただ歩いているだけで生活費を賄えるのか?」
「そーいうことだね。ま、この世界の人は歩くのが仕事みたいなもんだからね」
「歩くのが仕事?」
「うん、イズミのいた世界から見たらこの世界はゲームの世界で、ゲームの中にいる人たちはNPCだから。NPCは基本的にずっとゲームの街の中を徘徊してたりするだけでしょ?」
「あぁ、そういう理屈か」
ゲームにされたこの世界の人々は俺が住んでいた世界から見たらただのモブに過ぎないということか。歩いているだけで生活できるなんて羨ましいとも考えたが、その真実を知るとなんか虚しいな。もっとも、俺が住んでいた世界は歩行すらしなくても生活できたから羨ましがる道理はないんだけど。
俺とエルハはイヌヌから歩数計マネーカードを受け取った。俺はピンクのやつでエルハは黄色だ。
イヌヌの手からそれを受け取った時、ちょうど、俺の視線は住居の間の狭い路地に引き寄せられた。
暗い路地の奥、質素で汚れた服を着た男たちが集まってなにかをしている。人目を避けて殺伐とした空気を醸し出している。見るからに関わってはいけない人たちだ。注視すると男たちは何かを振っているのが確認できた。
「イヌヌ、あいつらは何をしてるんだ?」
俺は指を差さずに目線であいつらが誰を指すのかを伝えた。指を差したりして気付かれると厄介なことになりそうな気がしたからだ。
「あー。あれは違法歩数計シェイカーだね。ああやって歩かずに歩数計マネーカードを振るだけで歩数を稼ぐのはこの街では違法なんだ。楽してゲームマネーが稼げちゃうからね」
たしかに、歩数計って振るだけで振動で歩数が稼げてしまうから。
「ていうか、ゲームの世界なんだから振動みたいな物理的なものに頼るんじゃなくて、人が歩いたのを直接カウントできるようなシステムはないのかよ?」
「それがないんだよ。振動によるカウント方式のものしかない。それをいいことにあの人たちは効率よく歩数を稼ぐテクニックを日々研究しているんだよ。僕もその秘術をたまに教わりに行くんだ!」
「いや、それ違法なんだろ…………」
イヌヌは悪びれる様子もなくそう言った。
この話で出てくるゲームマネーは3DSのゲームコインが元ネタです。ゲーム機本体を振って百歩分溜まるとゲームコイン一枚ゲット。わかる人にはわかる懐かしい奴です。すれ違いmii広場とか。




