第46話 真実
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「ぅ…………ここは………………」
俺はリーナを殺した。人狼ゲームに勝つために。ループから抜け出すために。
そして気が付くと、豪奢な家具や装飾品に囲まれた部屋にいた。高級そうな革製の椅子や金の装飾品。さっきまでいた会議室とは全く異なる。華美で真新しいが人の生活感も感じられる。そんな貴族の寝室だった。
窓の外は真っ暗で今が深夜であることが窺える。部屋の中に灯りはなく、窓の外から射すぼんやりとした月明かりのみが部屋を微かに照らしている。辛うじて室内の様子が見える状態だ。
リーナを人狼の腕で切り裂いて、それ以降の記憶がない。あれからどうなったんだ。
微睡んだ頭でどこか他人事のように現状について考えていると、背後で気配がした。
「――ッ!?」
俺は目が覚めて振り返った。
そこには全身真っ白で髪がなく、胴に包帯を巻いた者がいた――――レイカだ。
月明かりに薄く照らされたその姿。初めて見た人なら悲鳴を上げて逃げ出しそうだが、俺にとっては慣れ親しんだ姿だった。
「レイカ…………俺たちはどうなったんだ? ここはどこなんだ……?」
俺が尋ねるとレイカはゆっくり、言葉を紡いだ。
「イズミ、ありがとう。あなたはゲームに、リーナに勝ったの…………。そして今はループが解けて、一時的にリーナの記憶の中にいる」
「リーナの記憶…………?」
「ええ、でも一時的なものだから、ループは解けているからもう少し経てば正常な時に戻れるわ。安心して」
レイカの話を聞いた。俺は自分のやるべきことを果たせたらしい。俺は安堵して重荷が落ちたように体の力が抜けた。
「そうか、よかった………………。ここはまだ城の中だよな?」
俺は現在地について尋ねた。俺の知らないことを何でも答えてくれるレイカに。
この部屋、3階の東側にあった、リーナと共に閉じ込められたりしたあの部屋にどことなく似ているような気がするけど…………。
「ここは、3階西棟の一室よ」
3階の西側に、こんな部屋はなかったはずだけど。
「ああ、あなたには記憶にないでしょうね。この部屋は人狼ゲームの時は、何もない空虚な部屋だったから」
「――ッ! あの部屋か!」
思い出した。3階西棟の何もない部屋。板張りの床と無機質な石レンガの部屋だった。それが見違える変貌を遂げている。ホームレスから大富豪になり上がったような変わり様だ。
「でも、なんで俺たちはこの部屋にいるんだ?」
「それは…………ここは私の部屋だから」
「――ッ! そういえば、レイカとリーナはこの城に住んでたって言ってたよな?」
こくりと頷くレイカ。
レイカとリーナは姉妹でこの城に住んでいた。以前にレイカから聞いた話だ。
レイカが口を開く。
「まだ、この記憶の世界から抜け出すのに時間がかかるから、それまでに知って欲しいの。私たちの身にあったこと」
神妙な面持ちのレイカ。俺は言葉を交わすことなく静かに頷いた。
「ありがとう――――まず、この城の存在理由なんだけど、この城は例の秘宝『セーブ・アンド・ロード』をあらゆる魔の手から守るためにあったの。あの秘宝の力は強大で、悪しき者の手に渡ったら大惨事を起こしかねない。私たちは秘宝の脅威を身をもって体感したからよくわかるよね」
「ああ。それをこの城が守っていたのか」
「そう。それで私とリーナは…………この城を基点に周辺領土を統治する王様の二人娘だったの」
「ッ! お嬢様か!?」
「ええ。続きは上で話しましょう」
俺の反応に柔らかい微笑みで返すレイカ。さすがお嬢様だ。と、それよりも…………
「上、って?」
俺が尋ねると、レイカは壁面の大きめの絵画に手を掛けた。欧州の田舎の風景が描かれたいかにも絵画という感じの絵。少し縦長で、横幅は両腕を目一杯横に広げてちょうど両端を掴めるくらい。まさにその通りにレイカが腕を広げ、額縁の両端を掴む。そのまま少し上にずらして、横に移動させた。
絵画が横にスライドする。絵画のあった壁の奥には、長方形にくり抜かれた通路が奥の方まで続いていた。
レイカは手前のローテーブルに足を掛け、通路に足を踏み入れる。俺にも同じようについて来いと促した。
俺も通路に上がる。少し屈まないと先に進めないくらい狭い通路。腰を低くして先に進む。
「こんな隠し通路があったんだな」
「この通路は3階の東棟にあるリーナの部屋に続いているの。お父さんが、王が私たち二人がいつでも会えるようにと臣下には内密に造ってくれた、秘密の通路よ」
この通路、城内の部屋の位置関係を考えれば、そのまままっすぐ進めばリーナと共に閉じ込められたあの豪奢な部屋に繋がるはず。あの部屋はリーナの部屋だったんだ。今思えば俺があの部屋に隠れていてレイカが入ってきた時、レイカが突然姿を消したのもこの通路を使ったからだろう。
レイカと話しながら進んでいるとすぐに上へと続く梯子の前に着く。秘密の通路はまだ先に続いている。この梯子はレイカの部屋とリーナの部屋のちょうど中間地点に位置していると、レイカの説明が入った。
レイカが梯子を上る。俺も同じように後に続いた。
長い梯子を登り切る。見上げると、夜闇に煌めく絶景の星空が広がっていた。
ここは城の屋上、見たところ展望台のようだ。城の頂上にあたる場所で、城の全方位が一望できる。
瞬く夜空の下、穏やかに波打つ平原に、腰の高さほどのススキのような白い植物が遥か遠くまで生え広がっている。地面に隙間なく生える白い草原。そよ風に撫でられ優しく揺れている。
俺がこの城に来た時の草木の生えない漆黒の大地とは正反対の光景だった。
「見て! あの星座が――――」
展望台で、女の子の声が響く。この声は――――
声の方へ振り返るとそこには、しなやかな赤いツインテールの少女、リーナの姿があった。その隣にはリーナと同じくらいの年齢であろう見知らぬ女の子が。二人は寄り添うように座って空を見上げていた。
声音でリーナのことはすぐにわかったが、隣にいる少女は…………。
リーナの隣にいるのは限りなくオレンジに近い明るい茶髪の髪を後ろで束ねたポニーテールの少女。真っ白のワンピースに身を包んでいて、リーナより装いも雰囲気も少し大人に見える。綺麗な顔は控えめなメイクによってより美しくなっていて、子供っぽさの中にわずかに大人の色気も内包された出で立ちだ。
「あの子は…………」
「あれは私よ」
隣にいたレイカが率直に答えた。
「えッ!?………………『あれは私』ってことは今俺の隣にいるお前はレイカで、リーナの隣にいるあの子もレイカってことか?」
「そういうことよ。さっきも言ったでしょ? この空間はリーナの記憶の中で、あそこにいるのはリーナの記憶の中の私」
あれがレイカの生前の姿らしい。と、いうことは………………
「…………じゃあ、レイカがあのレイカに話しかければ、レイカは自分と対話することができるのか?」
「それは無理。あれは記憶。記憶とは会話なんてできないでしょ?」
呆れたように言うレイカ。
「私たちが話しかけてもあの二人は気付かないし、二人に私たちの姿は見えないわ。あくまで私たちは過去の出来事を回想しているだけ。録画した映像を再生して眺めているようなものよ」
レイカは悲哀も嘆息もなく淡々と話した。
俺は夜空を見上げる二人に目を移す。二人は自然な微笑みを浮かべて楽しそうに語らっている。
「私は高所恐怖症だから、本当はこの場所は苦手だったりするんだけどね」
リーナの隣に座るレイカがはにかみながらそう言う。
「でも星は好きでしょ?」
レイカに肩を寄せて返答するリーナ。
「そうね。だから、ずっと上を見上げてないと…………それに、リーナが一緒にいれば怖くないよ」
レイカが擦り寄ってきたリーナを優しく抱き包む。レイカの胸の中で猫のように丸くなるリーナ。
今度は、俺の隣にいるレイカが口を開く。
「私たちのお母さんはリーナが生まれてすぐに死んじゃったから、母親を知らなかったリーナに、私はリーナの母親代わりになるように務めた。リーナは私に甘え、私もリーナを必要としていた。私たちはお互いに心の隙間を埋め合っていた」
過去を反芻するように言葉を紡ぐ。
「城の中での生活であまり自由はなかったけれど、それでもささやかな、幸せな日々だった……………………でも、そんな日常は突然、終わりを迎えた」
「お姉ちゃん、あれなんだろう?」
リーナがレイカに尋ねる。俺は視線をリーナたちに戻した。
リーナの指さす方を見ると、遥か遠くの丘の上、仄かな赤い光が見えた。
――それに気づいた瞬間、付近で鼓膜を破るほどの爆発音が響く。城が揺れる。リーナとレイカの体も跳ねる。城の壁面、下の方から黒煙が漂ってきた。
――城が爆撃された。
遠くに見えた赤い光が二つ三つと増えていく――――そして、二度、三度、また爆撃が城を襲う。爆発の振動が地鳴りのように響く。
何かが、この城に攻撃を仕掛けてきた。
§
急に場面は切り替わる。身の危険を察したリーナとレイカは屋上の展望台から避難して、城内1階、王の元へ駆け寄る。
王の周りには数多の兵士が集っていた。重厚感のある鎧に身を包み、よく研がれた長柄の刃物や堅牢な盾で武装して、物々しい雰囲気に包まれている。
その中でひと際目立つ純白の鎧の男。金色に輝く立派な王冠を乗せた白髪の頭の、初老の男が駆け寄る二人の少女に気づいた。
「おお、お前たち。降りてきたのか」
「お父さん! なにが起こってるの!?」
レイカが声を上げた。お父さんと呼ばれた男、この城の王は冷静に、否、平静を装って口を開いた。
「近頃噂に聞く、邪神ヘルが攻めてきたんだ。奴はこの世界を支配するためにあらゆる地域に侵攻している。奴らはそのことをゲーム化と呼んでいるようだが。その魔の手がついにこの城にまで迫ってきてしまったのだ」
ゲーム化。聞いたことがある響きだ。そもそも俺がこの世界に来た理由は、ゲームと化したこの世界をテストプレイすること。元は普通の世界だったが、世界はゲーム化され、俺がテストプレイをするまでに至った。つまり、その邪神ヘルとかいうやつの目的は達成されたということか?
ゲーム化という現象の認識が今一つ不明瞭で話を掴みづらい。
王が話を続ける。
「おそらく、邪神ヘルの目的はそれだけではない。我が城の秘宝、『セーブ・アンド・ロード』を……………………いや、そんなことより――――レイカ、リーナ。お前たちは自分の部屋で大人しくしていなさい」
「でも………………」
不安を隠しきれずに体を震わせるリーナ。レイカも同じだ。瞳は潤んで、恐怖に震えている。
そんな二人に王は、二人の頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。この混乱は私が鎮める。安心しなさい」
二人の頭を撫でる王。
「うん………………信じてるよ、パパ…………」
噛みしめるように、自分に言い聞かせるように呟くリーナ。それを聞いて王は微笑むと、今度は姿勢を正して、
「――――皆の者!! 兵を集め守りを固めよ!! 一歩たりとも、城への侵入を許すなァァアア!!!!!!」
王の勇ましい声が、爆撃の音を掻き消すほどに城内に響き渡る。それに鼓舞された兵士たちが唸り声を荒げる。
兵士たちは恐怖を闘志で塗り潰し、門扉を開き、続々と敵の元へ出陣する。
ルードラ城の防衛戦が始まった。




