第39話 オーバーキル
誰も処刑せずに夕会議は幕を閉じ、夜時間となった。
会議の後、珍しく誰も部屋から出ていかずに全員が会議室の中で同じ時を過ごしていた。みんな各々の席に着き、妙に落ち着いている。読書する者や絵を描く者、部屋に置いてあったパズルで遊ぶものなど、お互いが干渉しすぎることなく適度な距離感を保って各々が自由な過ごし方をしている。
ここに気味の悪い清白の少女、レイカさえいなければリラックスできる心地いい空間になっていたはずだ。
俺はループ解明とレイカのいる空間から離れるため、重い腰を上げて席を立った。その時――――
「――イズミ!! 上ッ!!」
咄嗟に切羽詰まった声でリーナが叫ぶ。俺は声に従って見上げた。
俺の頭上には煌びやかで豪華なシャンデリアがあった。俺の視界にそれが入ったのと同時にシャンデリアと天井を繋ぐ鎖が切れる――――豪奢な鉄の塊が俺を目掛けて落下してきた。
驚いて、立ち上がりかけていた俺の腰が落ちる。その行動がタイムロスとなり、上からの落下物を避ける時間を奪った。
――しまった、避けられないッ!
体の力が抜けた俺は迫る脅威をただ見上げることしかできない。脳裏に死がちらつく。
「――危ないッ!!」
ケルドが叫ぶ。叫ぶのと同時にケルドの大きい握り拳が俺の眼前に迫り――――顔面を撃ち抜いた。
鼻が粘土みたいに潰れ、俺の体は椅子ごと後ろに仰け反った。
勢いは衰えず、体が宙を舞う――――――直後、後頭部に激痛を覚えた。背後の壁に頭をぶつけたからだ。後頭部から背中にかけて激痛が走る。
目の前にはさっきまで俺が座っていた位置に重厚なシャンデリアが落ちてきて盛大な音を荒らげた。
間一髪でシャンデリアとの衝突は避けられたが、俺は後頭部と顔面の激痛に悶え苦しむことになった。
「――――ッ…………………………」
「これは、人狼が使えるトラップというやつか?」
「人狼に狙われたってことはイズミは人狼ではなさそうだな」
「そう思わせる人狼の自作自演という可能性もありますけどね」
ゲッカ、ケルド、レイ、他3人も、痛みに苦しむ俺をよそにたった今起きた事故の考察を始める。
「シャンデリアの鎖が切れたタイミングがちょうどイズミさんが立ち上がろうとしたタイミングだったことから、ただの経年劣化で鎖が切れたとは考えにくいですね。人狼のトラップで間違いなさそうです」
「何にせよ。あたしたちに落ちてこなくてよかったわ」
レルフェとリーナは落ちてきたシャンデリアの残骸を眺めて言葉を交わす。
「もうちょっと俺のことも心配してくれよ…………」
「今の人狼のトラップに襲われたという事実から現状、皆様から見てあなたが一番白に近い。つまり今後も人狼に狙われる可能性が高いでしょうから、気を付けてくださいね」
気味の悪い笑みを浮かべて俺に慰めとは真逆の声を掛けるレイカ。
…………全身真っ白の奴に言われたくねぇよ。
§
俺がシャンデリアに襲われ頭にたんこぶを作った後、俺たちは各々別行動をとることになった。夜時間なので最低4時間の仮眠が必要だ。
俺は曲がった鼻と、未だにズキズキと痛む後頭部を押さえた。
ケルドに殴り飛ばされたお陰でシャンデリアに潰されずに済んだが、さすがに強く殴り過ぎだ。あの後、そのことでケルドに異議申し立てをしたが「わりぃわりぃ」と軽い謝罪で流された。
俺は痛みに耐えながら安全に仮眠をとれる部屋を探した。そうして辿り着いたのは3階東側の一室、豪華な装飾と広いベッドのある部屋だった。ここは以前にリーナと仮眠をとった部屋でもある。
俺は安全快適な仮眠をとるために一人用としては広すぎるベッドの上、ではなくベッドの下の隙間に潜り込んだ。ここなら人狼にバレないはず。もしこの部屋に人狼が来ても、「村人がこの部屋で仮眠をとるなら広いベッドを使うはずだ。そのベッドに誰も寝ていないならこの部屋には誰もいない」と判断されるはずだ。それほどまでにこのベッドは、一生に一度はこんな広いベッドで寝てみたいと思わせるくらいに広い。
俺は広いベッドの下、硬いカーペットの上で横になる。埃っぽくて窮屈な暗闇の中で静かに目を閉じた。
§
…………近くの物音で俺は目を覚ました。
体中を覆う膜のような倦怠感で自分が長い間眠りについていたことを自覚した。
近くで聞こえたドアを閉める音と静かな足音。誰かが入室してきたようだ。ベッドの下の隙間から音がした方に目を向けると、そこに今一番見たくないものを見てしまった。
「――――ッ!! ………………」
思わず悲鳴を上げそうになるのを耐える。そこには靴も靴下も履いていない真っ白の素足が歩いていた。奴だ。レイカだ。日に当たっていない不健康そうな肌の色だけで認識できてしまう。
二人きりの状態では絶対に会いたくない存在。最悪の寝覚めになってしまった。というか何で靴を履いてないんだアイツは。
肌でカーペットを擦る足音が左から右へと移動していく。俺は息を殺してその様子をじっと見続けた。身動きが取れない状態で心拍数だけが上がっていく。彼女が人狼とは限らないが絶対にバレてはいけない、そんな気がした。
白い足は右の壁際まで到達したところで動きを止めた。また、何かを開けるような物音がする。
音がした直後、白い足は上の方に消えていった。なにかの上に登ったのか………………。
それからしばらくして、なんの物音も聞こえなくなった。それどころか彼女の気配すら完全に消えてなくなった。
俺は周囲の警戒を怠らずに、恐る恐るベッドの下から這い出る。
ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。レイカの姿は見当たらない。
消えた…………どこに消えたんだ?
レイカは部屋から姿を消していた。出入口が扉ひとつしかないこの部屋からどうやって姿を消したのかはわからない。だが、彼女が消えて一安心だ。俺は安堵のため息を吐いて部屋の扉に手を掛けた。
部屋を出ると、ちょうど階段を上がってきたレイと目が合った。
「あ、イズミさん…………ちょっと……話があります……」
レイは戸惑いを含んだ口調でそう言うと俺の方に歩を進めた。
「レイ、どうしたんだ?」
「……………………」
俺の近くに来たレイは気難しそうな顔で言葉を出し渋った。脳内で慎重に言葉を選んでいるようだった。
一瞬だけ俯いていたレイが顔を上げる。
「イズミさん、ちょっとついてきてもらえますか? 話すより見せた方が早い」
「…………?」
俺は頭上に疑問符を浮かべた。レイの話が見えてこない。
「大丈夫ですよ、安心してください。今日はもう誰かが死ぬことはないはずですから」
レイはそう言うと未だに状況を呑み込めない俺を置いて歩きだす。有無を言わせずついて行くしかない空気になる。
俺はレイに従って少年の後を追った。
階段を降り、廊下を進み、とある一室に入る。
その部屋は簡素な寝具と安っぽい家具が置かれた小さい寝室だった。おそらく城の使用人辺りが寝泊まりする部屋だろう。貴族の住まう厳かな装飾は微塵もない。
その部屋で俺が見せつけられたのは――――
「――ぅわッ…………」
――既に息をしていない、レルフェの無残な遺体だった。
全身は太い槍で何度も貫かれたように赤黒い穴が開いていて、穴からは未だに赤い鮮血が溢れ続けている。板張りの床には血だまりが広がっていた。
俺に良くしてくれたレルフェ。その変わり果てた姿に耐えられず、俺は目を逸らした。
「そうか…………レイが言ってた『今日はもう誰かが死ぬことはない』ってそういうことだったのか。既にレルフェが死んでるから…………」
「いや、これだけじゃないんです」
「――ッ!? まだ何かあるのか……?」
「はい。ついて来てください」
そう言うとレイはまたさっきと同じように俺の返答を待たずに歩み出した。まるでレルフェのことを気に掛ける様子のないレイ。そんな些細なことに構っていられないとでも言いたげに早々と部屋を立ち去る。レルフェの死を悼む暇すら与えられない。
言われたとおりについて行くと、今度は広い談話室に案内される。高級感のある一人掛けのソファが並び、壁には古風な暖炉が構えられている。
次に、この談話室で目にしたものは――――
――折り重なるように倒れるゲッカとリーナの姿。
茶色いカーペットの上に倒れるゲッカと、ゲッカの上に覆い被さるように倒れるリーナ。二人とも無造作に捨てられた人形のような不自然な格好で倒れていて全く動く様子はない。ゲッカの首に空いた穴から血だまりが広がっている。
「二人とも亡くなっています。息もしていないし、鼓動が止まっているのも確認済みです…………」
既に亡くなっている二人の顔が死の絶望に押し潰された表情のまま固まっている。見開かれたままの瞳は命を奪いに来た死神を見ているようだった。
「こ、これは………………」
俺は言葉を失った。レイの額から頬に汗粒が伝う。
「はい…………今日一日だけで三人の死者が出た、ということです…………」




