第36話 軽い命
「レルフェさん。やっぱりあなたがエルハさんを殺した人狼ですね」
レイが鋭く言い放った。
リーナの出した決定的な証拠により、本日の処刑者は自ずと決定した。
「そ、そんな…………私はほんとに……」
それでもレルフェは受け入れられない、といった感じだった。彼女の虚ろな瞳には現実が映っていない。
レルフェの消え入るような呟きの後、重く長い沈黙が続く。ほとんど議論に入ってこなかったゲッカが指先で己の右頬を2、3度掻いた。
暫しの沈黙の後、レルフェが口を開いた。
「………………いいわ。この先どうなろうと、私は投票の結果を受け入れます」
この状況で処刑投票の結果を受け入れると宣言したのは、自分の死を受け入れたという意味に他ならない。自分の命だというのにレルフェはやけにあっさりと、悟ったかのように自分の運命を静かに受け入れた。
「自分が人狼だと認めたんですね」
レイが何の感情も含まない口調でレルフェに問いかけた。
「違うわ。私は村人。だけど今の私には自分にかけられた疑いを覆すような力はない。だから私は、わずかな希望にかけて最後にもう一度だけ訴える」
淡々と言葉を紡ぐレルフェ。「わずかな希望」という情熱的なワードとは裏腹に、事務的に淡々と、他人の遺書でも読み上げるような硬い表情で。それでいてここにいる全員の心にはっきりと届くような執念のようなものも感じられた。
「いい? よく聞いて…………人狼に殺されたエルハは村人。私も村人。もしここで私が死ぬと村人と人狼の比率は3人と2人になる。次、また村人が殺されると比率は2対2。村人と人狼の数が同数になる。そうなると『レイドパーティ』が始まってしまう」
「レイドパーティ?」
俺は聞き覚えはあるが聞き馴染みのないその言葉について聞き返した。
「覚えてないの? 最初のルール説明にあったでしょ? 生存者の半数以上が人狼になると発生する人狼の勝利確定イベントよ。ルールにそれ以上の明記はなかったからどんなイベントなのかはわからないけど人狼の勝ちになることは間違いない………………私が言えることはただ一つ。ここで私を殺したら朝一番にまた生存者が殺される。そしたらレイドパーティが発動して人狼の勝利が確定する………………私は、私は絶対に勝ちたい。エルハの死を無駄にしたくないの」
レルフェは一つ一つ慎重に言葉を紡ぎ出して、強い意志のこもった瞳で俺たちに訴えかけた。諦観しつつも希望を完全には捨てきれない様子だった。
その後、レルフェの最後の弁論が終わった後、投票の時間となった。
みんな素早く投票を済ませ、食事の時間に移る。処刑される者の料理には処刑用の睡眠薬が導入される。
全員が食事を終えると、生存者の中にフラフラと体を揺らして視線が定まらなくなる者が現れた――――――レルフェだ。彼女は自力で体を支えられなくなり、椅子から転げ落ちた。それ以降、彼女は全く動かなくなった。
黒板に投票結果が表示される。
レルフェ:5票 レイ:1票
レルフェの最後の訴えは空しく、誰もレルフェを信じる者はいなかった。
§
朝の会議は終わり、昼時間となった。
食事を済ませた俺とリーナは二人で会議室を後にした。お互いに相手が人狼ではないと信じあっていたから、言葉を交わさずとも自ずと一緒にいることになった。
窓から朝日の光が射す廊下を二人で歩く。
「ねぇ、ほんとにレルフェが人狼だったのかな…………」
リーナが細い声で俺の方に呟いた。
「そんなこと今更考えてもしょうがないだろ? 会議中のレルフェの話だと、レルフェが村人だったらレイドパーティが発動して俺たちは負ける。レルフェを処刑してしまった以上、レルフェは人狼と考えるしかないよ」
「うーん…………」
どうにも納得がいかない様子で自身の頬に手を触れるリーナ。
俺はリーナが顔に手を触れる姿を見て、不意にゲッカが会議中に右頬を掻いていたシーンが脳裏によぎった。会議中はほとんど会話に入ってこなかったゲッカ。
「……みぎ、頬…………」
…………そういえば、俺とエルハを襲った黒い人狼がエルハによる強烈な蹴りをくらったのも右頬だ。
「まさか……な」
俺の思い違いか。ゲッカが右頬を掻いたのは偶然か……………………。レルフェが人狼だとしたら、昨晩俺が見たレルフェとゲッカの接触は……。互いが疑心暗鬼の状態になる村人が二人きりの状況で他人にあれほどの接近を許すとは考えづらい。それこそ人狼同士でもない限り。俺とリーナみたいにお互いに村人だと信頼し合ったのなら、ゲッカが朝会議でレルフェの潔白を主張しないのはおかしい。ゲッカが会議中に静かだったのは、人狼同士のみがやり取りできる特殊な脳波とかいうやつでレルフェに指示を送っていたから?
妙に点と点が線で繋がっていく感じがする。俺はリーナの方に向き直った。
「リーナ、もしかしたらもう一人の人狼はゲッ――――」
――ア゛アアアァァァア゛アァ゛ァァァ!!!!!
俺が喋るのとほぼ同時にがなるような男の叫びが城内に響いた――――――おそらくケルドの声だ。
「な、何よこの声…………」
不安を誘う悪魔めいた叫び声に身を震わすリーナ。
今の生存者は5人。もしこの中に人狼が2人いたら…………
『ここで私を殺したら朝一番にまた生存者が殺される。そしたらレイドパーティが発動して人狼の勝利が確定する』
処刑前のレルフェの言葉がよみがえる。嫌な予感がする。もしかしてレルフェは村人――――
思考を巡らせていると突然、廊下の照明が真っ赤に変色する。天井の蛍光灯も、壁に掛けられたランタンも明かりが紅色になり、辺りは血のような赤に染め上がった。同時に城中に耳をつんざくサイレンが鳴り響いた。今すぐにここから離れないといけないと思わせる焦燥感が掻き立てられる情景。
この物々しい雰囲気だけでわかる――――――人狼の勝利確定イベント『レイドパーティ』が発動した、と。
「キャアアアァァァ!!!!」
唐突にリーナが悲鳴を張り上げて走り出す。城内の異様な状況にパニックを起こしたのか。その声はサイレンの音と共鳴した。
「――ッ! どこ行くんだよリーナ!?」
俺ははぐれないようにリーナの後を追った。
ひらひらしたスカートのくせに意外と走るのが速い。全速力で追いかけても、見失わないように一定の距離を保つので精一杯だ。
「待てよリーナ!」
この状況で一人になるのはよくない気がする。
俺の声も届かずリーナは無我夢中で真っ赤に染まった廊下を駆け抜け、角を右に曲がった。一度視界から消えたらそのまま見失う可能性が高い。俺は全速力のまま角まで走った。
速度をやや落として角を右折する。
「――ッ! リー…………ナ……?」
顔を上げ、再び彼女の名を呼びかけた俺はその場に静止した。状況が理解できずに脳がフリーズする。
――リーナの頭が、鋭い針に貫かれていた
目の前には両腕のみを人狼の姿に変えたレイがいた。人狼の鋭い爪がリーナの額を貫いている。その状態で宙に持ち上げられたリーナ。手足はだらしなく垂れ下がり、体はまだわずかに痙攣している。まるで残りの生命力を全て絞り出そうとしているように。
レイはいつもは付けているピンクのマスクを外していた。初めて見るレイの唇には石で削ったような痛々しい傷跡が縦に走っている。これを隠すためにマスクをしていたのかもしれない。
レイが口を大きく歪めた笑みを浮かべた。その表情を崩さぬまま、もう片方の人狼の腕でリーナの体を突き刺した――――何度も、何度も。腹も胸も容赦なく。
元から赤く照らされていた廊下に、より赤黒い液体が絶え間なく飛び散る。床に赤い血だまりが広がっていく。レイは目の前の少女に夢中になって俺の存在に気づいていない。
俺は胃の中の物が出てきそうになるのを抑え込んでその場から離れた。目の前の惨状から目を背けるように逃げた。
音量が大きくなったり小さくなったりを繰り返すサイレンが耳に響き、鼓動を速める。
レイドパーティ――そのイベントの内容がわかった。このゲームは勝敗が決したからといって残りの生存者はそのまま生きて帰れるなんて生易しいものではない。負けた者は生きて帰れない。これは人狼サイドに限らず、村人サイドも同じだ。このイベントは、人狼の手によって敗北した村人の生き残りを一人残らず皆殺しにするイベントだ。
走り続けた俺は会議室に辿り着いた。このゲームの始まりの部屋。いつもループして戻ってくる部屋だ。
何故か、会議室は廃れて半壊していた。円卓や椅子は何年も使われていないかのように黒くくすんで古びている。壁面も同じような状態で、一部崩壊した壁の外には城内と似通った焼けるような真っ赤な空が見えた。
「なんでこんなに廃れて…………」
誰かが部屋を荒らしたのだとしてもこれほどにはならない。部屋の状態には時の流れによる風化の色も含まれていた。
俺は変わり果てた会議室で立ち尽くしていると、何か重いものズルズルと引きずるような音が会議室の外の廊下から近づいてきた。俺は廊下の方へ振り返った。
赤く染まる廊下。その奥から姿を現したのはゲッカだった。後ろ手にケルドの体を引きずっている――――――ケルドの体は手足が根元から切り落とされた姿になっていた。どう見ても既に死んでいる。
会議室に入ってきたゲッカは胴体だけになったケルドを部屋の隅に投げ捨てた。ゲッカの歩いてきた道のりにはケルドから溢れ出た液体が墨汁のように一本の線を引いていた。
「………………ゲッカ、お前とレイが人狼だったか」
「ああ、気づいてなかったのか?」
気分が悪くなりその場にへたり込んだ俺を、ゲッカは嘲笑うような笑みで見下ろした。
「でも……何でレルフェのピアスが犯行現場に落ちていたんだ…………。それに、レイが堂々と占い師だと宣言したことも今思えば引っ掛かる。まるでエルハが占い師であることを知ってたような。知っていて、占い師に対抗が出てこないことをわかっていた上での行動のような」
「ああ、その通りだ。レイは、エルハが占い師だと知っていた」
「――ッ どういうことだ…………?」
ゲッカは黒いパーカーの袖をまくり上げた。
「簡単なことだ。レイは偶然見ていたんだ。エルハが作業室に入り、しばらくしたら部屋から出てきたところを。昨日の夜の時点で作業室に野暮用がある者は占い師くらいしかいない。それでエルハが占い師だと確信した。俺たちはその日の犠牲者を占い師のエルハに決めた。さらにエルハを追跡すると、エルハはレルフェに声を掛け、それから行動を共にするようになった。そのことからエルハの占い結果は『レルフェが白』だと推察した」
「ストーカーが」
「何とでも言え………………俺たちは確実に獲物を狩る側のハンターだ」
ゲッカの袖をまくった腕が、醜い人狼の腕に変形した。黒い体毛と鋭い爪が露わになる。
「エルハが占い師で、占いの結果がレルフェが村人だとわかった時点で俺たちのプランは完成した。エルハを殺して、レルフェに人狼の罪を押し付ける。方法は単純だ。エルハを殺害し、レルフェからピアスを普通に盗み取って、それを犯行現場に置いておくだけだ」
普通に盗み取る……。俺が昨夜見たゲッカとレルフェの接近がまさにその瞬間だったのかもしれない。俺がもう少し注意深く観察していればその行動の真意に気づけたかもしれない。この結末は変わったかもしれない。
「何でレルフェに――」
「――もういいだろ。そろそろ終わりにしよう」
また質問しようとした俺の声は強引に遮られた。ゲッカが肥大化した人狼の腕を振り上げる――――俺は目の前の死から逃げられないことを悟った。
「そういえばエルハを殺した時、エルハは誰かを探していたみたいだったな。それでレルフェを置いて一人行動をしていたようだ。俺たちはエルハが夢中になって誰かを探していたのを利用して、あいつを3階から突き落としたんだ……!」
突き落とした瞬間のことを思い出したのか、ゲッカの口角が不気味につり上がる。
――そうか。多分エルハは、俺を探していた最中に殺されたんだ。
自分のせいでエルハが死んだ。そんな後味の悪いことを茫然と考えていると、人狼の腕が俺の首元に振り落とされた。




