第30話 あいつの仇
クローゼットの中に差し込む陽の光と漂う血の匂いで俺は目を覚ました。
あれから、レイがケルドに殺されたのを目の当たりにしてからとても外に出る気にはなれず、狭いクローゼットの中で一夜を明かすことになった。夜時間に必要な4時間以上の睡眠をとり、無事に朝を迎える。
目覚めは最悪だ。俺は重い腰を上げてクローゼットから這い出た。レイの元に近寄る。レイの胸に空いた赤黒い穴からは血が溢れ出し、それがベッドに染み渡って寝具の下にまで滲んでいた。
あの時はおぞましい光景をクローゼットの中から震えて見ていることしかできなかった。
城内に鐘の音が響いた。朝会議の始まりを告げる鐘だ。
――ケルドを処刑台へ送る
俺は覚悟を決めて1階の会議室へ向かった。
会議室に着くとエルハ、リーナ、レルフェが既に集まっていた。
「おはようイズミ。まだ生きてたんだね」
「まだってなんだよエルハ」
いつもの無表情で悪態をつくエルハ。
会議室を分断した巨大な壁は跡形もなく消えていた。天井まで到達した壁にへし折られた円卓も綺麗に元の姿に戻っている。
折れて亀裂が走っていたはずの円卓の中心を指でなぞってみるも、そこに接合修理されたような形跡はなく、新品同様のものになっていた。境い目がわからないほど丁寧に接合したのか、もしくは新しいものに取り換えたのか。どちらにせよ誰がやったのかは不明だ。
少し遅れてケルドとゲッカも会議室に入ってきた。とにかく今は会議に集中することにした。
レイを除く6人で円卓につく。キリキリと黒板がひとりでに異音を立て始め、死んだ者の名前とその場所の情報が明示された。
死亡者:レイ 場所:1階寝室
処刑者を決める会議が始まった。
「昨晩殺されたのはレイ、ね……」
まず初めにリーナが口を開いた。
「レイが殺された時間帯までわかるといいんだがなあ」
「誰かレイの殺害について心当たりがある人はいないの?」
ケルドとレルフェが口を開いた。
「…………ちょっといいか」
俺は一言いい添えて席を立った。
「ん? どうしたイズミ」
ゲッカが、全員が俺の方に目を向けた。
言うタイミングを見計らおうとも考えたが、そんなことをしていても埒が明かない。すべて話してしまおう。俺の目の前で起きたことを。
「聞いてくれ。昨日レイを殺した人狼は………………ケルドだ」
「――ッ! な、何を根拠に――」
ケルドが語気を荒げた。他のみんなも目を見開いた。
「根拠は……俺が実際にこの目で見たからだ。レイがケルドに殺されるその瞬間を」
「…………てきとうなことを言うな」
「イズミ、詳しく話せ」
ケルドは少し冷静を装って俺の主張を否定した。俺は詳細を求めたゲッカに応じて何が起きたか、実際にこの目で見たことをそのまま話した。
人狼に追われ、ゲッカとはぐれたこと。ある寝室のクローゼットに身を潜めたこと。寝室にレイとケルドが入ってきたこと。そしてその後に起きたことを。
俺は喋り続けて乾いた喉に唾を飲み込んだ。脇に嫌な汗が流れる。人狼を、レイを惨殺した人狼を自ら追い詰めるというのは異様な緊張感がある。今でもレイが殺された瞬間を思い出しただけで血の気が引く。
「でたらめな作り話だ」
すべて話し終えた上で、ケルドは改めて俺の話を根本から否定した。
俺は自分の話が真実だと認めてもらうために反論した。
「この会議室で人狼が壁を出現させた時、人狼は誰かと二人きりの状況になりたいと考えたはずだ。二人きりなら誰にも見られずに目の前の奴を殺せる。そして実際、壁によって二人きりの状況になったのはケルドとレイだ。この時点で既にケルドかレイのどちらかが怪しいと踏んでいた。そしてその片方のレイは殺された…………つまりケルドが村人のレイと二人になれるようタイミングを見計らって壁のトラップを作動させ、レイを殺した人狼だ!」
ケルドは円卓に拳を叩きつけた。
「違う! 話が出来過ぎている! 君が言うとおり、大勢の前で壁で二人きりの状況を作るのは絶対に疑われる。俺が人狼なら自ら疑われに行くような真似はしない! きっと、人狼は俺かレイを黒に仕立て上げるために俺たちを狙って二人にしたんだ。俺かレイのどちらかを殺して、残ったもう一方を人狼だと思わせるために――イズミ、お前が人狼だろう!!」
ケルドは声を上げて勢いよく席を立った。
緊迫した一瞬の沈黙の後、レルフェがケルドに問いかけた。
「ケルドさん。あなたは会議室の壁の出現でレイと二人になった後、一緒に行動したの?」
「……いや、レイとはその場ですぐに別れた」
「なんで別行動をとったの? 一緒にいた方が安全じゃない?」
「……それは……………………」
言葉に詰まったケルド。それをじっと見ていたゲッカが口を開いた。
「それっぽい理由は思いつかなかったか? そこですぐに『レイが人狼の可能性があるから怖かった』と、村人の思考なら直感で答えそうだけどな。人狼には無理か」
「……ぐッ…………」
ケルドは小さくうめき声を漏らした。それ以降、ケルドが反論することはなかった。
……時間経過で会議時間が終わり、投票タイムへ移った。皆、迷いなく投票を終えた。
食事の時間になる。ネコ型配膳ロボットが厨房からかぼちゃコロッケとハンバーグ定食を運んでくる。湯気が立ち上がり、ハンバーグにかかった和風ソースの香りが漂っている。
「冷める前にさっさと食えニャ!」
配膳ロボットが少年の声帯を模したような人工的な声で鳴いた。
ゲームのルールによれば投票により選ばれた処刑者の食事にのみ、処刑用の睡眠薬が含まれている。
その場にいた全員は各々、自分の料理を配膳ロボットの棚から取り出して食事を始めた。おそらく自分が処刑されると自覚していたであろう彼も抵抗することなく、同じように食事をとった。
皆が食事を終えてしばらく経った頃。その内の一人が突然、力を失った人形のように円卓に突っ伏した。金髪のつむじを俺の方に向け、全く動かなくなった。呼吸までも止まっている。
彼は自分が死ぬことを悟っていたはずなのに、最後は取り乱すことなく静かに現実を受け入れた。
黒板に先程の投票結果が浮かび上がる。
ケルド:5票 イズミ:1票
ケルドは静かに息を引き取った。
§
朝の会議と食事、処刑までが終わり、昼時間になった。
昼の間は当初のレルフェが出した提案に改良を加え、「生存者のうち一人だけは自由に出歩けるが、そのほかの生存者は全員会議室に留まる」という規則に従うことになった。唯一出歩ける一人は交替で入れ替わる。
今まで処刑された人が人狼か否かを知れる役職『霊媒師』である俺は、一人になれた時間を使って霊視を行った。城内にあり、霊視や占いをするのに必要な水晶が置いてある『作業室』へ向かった。
作業室にて、ケルドの顔を脳裏に浮かべながら水晶に手をかざす。水晶は黒くくすんだ。
――やはり、ケルドは間違いなく人狼だった
俺は自分がケルドを死に追いやったのは正しかったと確信して作業室を後にした。




