第29話 はぐれ地獄
青髪の青年、ゲッカは不審者でも見るような目で俺たちを見つめていた。
エルハに城の窓を割れるか試させていたところ、ちょうどゲッカが現れた。
俺は会議室で起きたこと、突如出現した壁のせいで一緒にいたレイとケルドと別れてしまったことをゲッカに話した。あまりにも突拍子もない出来事だったが、起きたことを理解してもらえるようになるべく丁寧にゲッカに説明した。
ゲッカは物分かりがよく、すぐに現状を受け入れた。
「なるほどな。じゃあその壁は人狼固有のトラップってところか?」
「ああ、多分そうだと思う」
現場におらず、話を聞いただけで例の壁が人狼のトラップだと勘づいたゲッカ。
「現状、生存者がバラバラになってるのはあまりよくないな…………。イズミ、ここにいる全員で一度、会議室に戻って他の生存者と合流した方がいいと思うんだが、それでいいか?」
「えぇ……あそこに戻るの……?」
リーナが「嫌です」という感情を全く隠さない声色で呟いた。俺も正直戻りたくはない。人狼が俺たちを混沌に貶めたあの場所には。
ゲッカが再び口を開く。
「今、ここにいない生存者は3人。その中の1人が殺されたら残る2人のどちらかが人狼となるわけだが、そこで誤って投票で村人を処刑してしまうと人数差的に村はかなり不利になる。このゲーム、参加人数が中途半端で村人か人狼のどちらかに軍配が片寄りやすいんだ。だからなるべく誰が人狼か確実にわかる状況を作っていた方が好ましく、そのためには5人が一緒にいる状態の時に残り2人の一方がもう一方に殺されてくれた方がいいんだ」
「……?……???」
ハテナマークを頭上にたくさん浮かべるリーナ。
とにかく、人狼を暴き出すには5人で纏まっていた方がいいということだ。今ここにいるのは4人。もう1人と合流したい。そして誰かと合流するならこの城の中心である会議室に戻った方が確実だ。
「よし、わかった。会議室へ向かおう」
「えぇ……あそこ戻るの怖いし」
俺はゲッカの提案に同意した。リーナは不満を漏らす。
「じゃあアンタはここで待ってるか?」
ゲッカが血も涙もない冷酷な表情でリーナに問う。
「うッ……………………行きます!! 行けばいいんでしょ!?」
吹っ切れたように声を荒げたリーナ。ここに一人で残るよりみんなで行動した方が良い、リーナに限らず大半の人はそう判断するだろう。
目的が定まった俺たち4人は会議室へと足を進め始めた。
頼りない蛍光灯に照らされた薄暗い廊下を進み、突き当りの扉を開く。扉の先には今の廊下の垂直方向に伸びる廊下があった。
まずはゲッカが扉の奥へ進み、その後に俺も続いた。次に、エルハが扉を潜り抜ける。そのはずだったが――――
――バタンッ!
突然閉まる扉。俺はその音で振り返った。
「エルハ……?」
何故閉まった?
俺は違和感を覚えてドアノブに手を掛けた――――だが、動かない。
「――ッ! どうしたイズミ!?」
先へ進んでいたゲッカが事の異変に気付いて振り返った。
俺は全体重を乗せてドアノブに力を掛ける。それでもドアノブは全く動く気配を見せない。まるで初めから動かなくて当然であるものだったかのように。
…………これはさすがに何かおかしい
「エルハ! リーナ! 大丈夫かッ!?」
俺は扉を叩いて二人の名前を叫んだ。
「イズミ! 急に扉が、勝手に閉まって――」
「ちょっと! アンタ達なんかしたの!?」
二人の声が返ってきた。リーナは機嫌の悪そうな声で俺とゲッカの仕業かと疑っている。とりあえず二人は無事らしい。
「また分断されたか……これも人狼の仕業か……?」
戻ってきたゲッカが俺の隣で言葉を漏らした。
人狼の仕業なら何故このタイミングで、ちょうど二人ずつに分かれたタイミングで……………………まさか、この4人の中に人狼がいるのか!?
もしこの中に人狼がいたとして、一番人狼の可能性が高そうなのは…………
冷汗が首を伝う。俺は隣にいるゲッカに目を移した。
「――ッ! ……ぇ…………」
……ゲッカも俺を見ていた。綺麗な桜色の瞳で。
だが、ゲッカの瞳は震えていた。瞳孔は大きく拡大している。その瞳はおそらく、今の俺の瞳と同じ系統のものだった。微かな恐怖と疑心が宿った目だ。どう見ても捕食者の目には見えなかった。
きっと、ゲッカは俺と同じことを考えている。もし隣にいる奴が人狼だったら、と。
俺は確信した。ゲッカは絶対に村人陣営、仲間だ。
「ゲッカ……お前は……――ッ!」
――何かいる。ゲッカの後ろ、廊下の奥の暗がりに。
照明の消えた暗い廊下。そこにいた何かは窓から射す月明かりに薄らと照らされていた。
人の形をしているが、人より一回り大きい体躯。全身を覆う灰色の体毛。月に照らされた乳白色の長い爪と牙。
静まり返った廊下にエンジンを吹かしたような唸り声が響く。漂う獣臭が鼻の奥を突いた。
月に照らされた獣というシチュエーションからそれが何か、すぐに察しがついた。
「「人狼だ…………」」
俺とゲッカはほとんど同時に声を漏らした。
その声を皮切りに、獣が動き出した。最初はゆっくりと。徐々にスピードを速める灰色の獣。
――あれはヤバい、コロされる
俺とゲッカは反射的に獣に背を向けて走った。
ここにきて、自分が出せる最高速度のスピードで足を動かした。動悸が酷く肺が軋る。背後から荒い吐息と足音が近づいてくるのを肌で感じた。このままではすぐに追いつかれてしまう。
「ッ! どうするゲッカ!?」
俺は隣を走るゲッカの方に首を振った。それと同時にゲッカは近くにあった一枚の扉を蹴破った。
扉の先の一室に飛び込んだゲッカ。ゲッカの咄嗟の行動に俺は足を止めることも出来ず、その部屋を通り過ぎた。瞬間、ゲッカと目が合う。
ゲッカは俺が通り過ぎたのを確認して、静かに扉を閉めた。未だ走り続けている俺は後ろを振り返った。
人狼の瞳が俺、ただ一人を睨みつけている。人狼はゲッカの入った部屋を通り過ぎても俺にご執心だった。
――あいつ、俺をおとりにしやがった
信じられる仲間だと思ったのに………………と、感傷に浸っている場合でもない。着実に距離を縮めてくる血に飢えた目の獣。このままでは追いつかれると判断し、俺もすぐ近くにあった一室に逃げ込んだ。
扉を蹴破り、すぐに閉めた。
俺が入った部屋は、全く手入れがされてない薄汚れた寝室だった。汚い部屋お馴染みの蜘蛛の巣と埃が部屋を占領していた。
俺は目に留まった木のクローゼットに飛び込んだ。中から両開きの扉を閉めると、真ん中縦一直線に空いたわずかな隙間から外の様子を覗くことができた。
――ここに隠れてやり過ごそう
狭いクローゼットの中で俺の鼓動が早鐘のように音を立てた。自身を落ち着かせるため、俺は今の出来事を冷静に思い返した。
――あれは、あの獣は人狼なのか? もしそうなら生存者のうちの誰かがあの姿に変身しているということか…………
俺の認識にズレがあった。人狼は人の姿のまま村人を殺すものと思っていたが、実際には獣の姿になることも出来るらしい。そうなると、もし人狼の殺人現場を目の当たりにしても、人狼が獣化していたら個人の特定までは出来な――――
ガチャ
右の方で扉の開く音がした。続いて、小さな足音が部屋に入ってきた。
全身に悪寒が走った。
俺はクローゼットの中でゆっくりと前のめりになり、隙間から外の様子をうかがった。
部屋の中央に進む足音。その正体は――――黒髪の少年、レイだった。俺がこの部屋に入ってきた正面の扉とは別の扉から入ってきたレイ。
入ってきたのが人狼じゃないことで少しホッとしたが、レイの様子がおかしい。息を切らして怯えているようだった。俺の直感が、今はクローゼットから出るべきではないと警報を鳴らした。
もう一つ、右の方から足音が聞こえてきた。その音はレイのものより少し大きく響く。先程の足音と同じテンポで室内に入ってきた。
「――くッ、来るなぁ!」
声を荒げたレイ。
もう一つの足音はレイを追い詰めるように部屋の中央に迫る。俺はその足音の主をこの目で捉えた。
――ケルド
それはケルドだった。短い金髪と筋肉質な体つきがわかる白いシャツ。この位置から、顔の左側に走ったケルドのタトゥーがよく見える。
レイは後退り、後ろにあったベッドに躓き倒れた。
着実にレイとの距離を縮めるケルドは左腕を振り上げる。直後、腕が禍々しい黒い体毛に包まれた。一瞬のうちに左腕が獣の腕に豹変した。腕の先には荒々しく鋭い爪がギラついている。
「や、やめろ…………」
震えるレイの声。
レイの目の前に迫ったケルド。ベッドに倒れ込んだレイに左腕を――振り下ろした。
レイがか細い呻きを漏らす。鋭い爪がレイの胸を貫いた。レイの胸元に、ベッドのシーツに赤い染みが広がっていく。
ケルドは静かに左腕を引き抜き、腕を天井へ掲げた。爪から毛深い腕へと、ついさっきまでレイの体に流れていた赤い液体が滴っていく。
返り血に濡れたケルドの顔が、大きく口角を吊り上げた。




