第21話 弱肉強食
イヌヌに言われて初めてエルハがいなくなっていることに気づいた。あいつは存在感が薄いから、いつの間にかはぐれてしまったんだろう。
このことをルルード長官に相談して、俺たちはエルハを探すチームとクラガリを追うチームの二手に分かれることになった。並外れた怪力を持つエルハとて、夜の街に一人で長居するのは危険だ。一人の女の子であることには変わりない。
ルルード長官とイヌヌはエルハを探し、俺とテリヤは唾吐き老人から得た情報を頼りに犯罪グループクラガリを追うことになった。
長官と別れた際に、俺は連絡用の小型無線機を受け取った。
俺とテリヤは老人が指し示していた暗く細い路地の手前まで進み、足を止める。
「というか、今更だけど普通ルルード長官がクラガリの捜査の方をやるべきだろ」
「今更だ。行くぞ」
俺の意見はテリヤに軽くあしらわれる。
先に薄暗い路地に足を踏み入れるテリヤ。俺もその後に続いて路地に入った。
ゴミが散乱した陰気な路地。生ゴミの悪臭が仄かに漂っている。
何度か角を曲がって路地を進むと、奥から話し声が聞こえてきた。一人じゃない。複数の男性の声だ。
「イズミ、聞こえたか? クラガリかもしれない」
「ああ、先を急ぐぞ」
俺たちは足を速めて路地を進む。
すぐに路地を抜け、車6台が停められるくらいの空間に出た。周りを高い建物に囲まれて、鬱屈とした圧迫感のある空間。街の明かりは建物に遮断され、二つの壁掛けランプのみがその空間を照らしている。
その空間にいたのは一人の少年と、少年を取り囲む五人の男。その男たちは――――迷惑ユーチューバー、ダークネス・フライギアだ。
「なんであいつらがここに……」
あいつらは先程、ルルード長官の運転するパトカーに盛大にはね飛ばされた。普通なら重症の大怪我を負うはずだが、あいつらはピンピンしている。
奴らが何をしているのか知らないが俺たちの存在には気づいていない。ここはしばらく様子を見て――――
「おい貴様ら! 何をしている!?」
テリヤが声を上げた。振り返るダクフラ五人と少年。
見つかった…………
「あぁ!? 誰だテメェらは?」
五人のリーダー格っぽい、五人の中で一番お洒落で顔が整ってる男が語気を強めて口を開く。
「俺たちは警察代行だ! 貴様らは何をしている!? 質問に答えろ!」
「けいさつぅ? 別に俺たち悪いことはしてないぜ。この少年を俺たちダークネス・フライギアに勧誘していただけだ。」
奴らの中心にいる少年に目を向けると恐喝されているのかと思いきや、少年はお菓子やゲームなどを手渡されて手厚い接待を受けていた。
「俺たちダクフラメンバーに入隊すればお菓子もゲームも好きなだけ買ってやるぜ!?」
「女だって好きなだけ抱かせてやるよ。俺たちのファンは知名度と影響力のあるインフルエンサーに飛びついてすぐに股開くバカな女ばっかだからなぁ」
甘い言葉で少年を勧誘するダクフラの男たち。当の少年の顔は引きつっている。どう見ても怯えて嫌がっている。
「……新メンバーを増やすにしてもどうして少年なんだ?」
俺は疑問を率直にぶつける。
「俺たちの今後の方針として、グループに純粋無垢な若さを追加したいからだ。俺たちはグループに新鮮さを取り入れられ、少年は俺たちの仲間になれる。これってお互いに利があるwin-winの関係だろ?」
歪んだ笑みを浮かべるリーダー格の男。涙を浮かべた瞳で俺たちに助けを懇願する少年。
「お前らの仲間になりたがる奴なんてそうそういねぇよ」
「ああ、イズミの言うとおりだ。少年も嫌がってるだろ。彼を解放しろ」
テリヤが強い口調で少年の開放を求める。
「それはできねぇな。俺たちは絶対にこいつをダクフラに引き入れる」
リーダーのその言葉を皮切りにテリヤが腰に下げた白い刀に手をかける。
「ならば俺たちの取る選択はただ一つ。――貴様ら悪を断罪する!」
テリヤが鞘から刀を引き抜く。研ぎ澄まされた刀身が光を反射する。
俺もテリヤに続いてズボンのポケットからハンマー、ガルム=パンクを取り出して肥大化させる。テリヤの隣に並んでガルムを構えた。
「はぁ…………俺たちとヤル気?」
臨戦態勢に入った俺とテリヤを前にリーダーは小首を傾げてほくそ笑んだ――――
――こ、こんなはずじゃなかっ…………
「か、勘弁してくださ……い……」
俺は情けなく地を這って弱音をこぼした。隣には気絶しかけたテリヤが倒れている。
地を這う俺の頭を容赦なく踏みつけるリーダー格の男。唇が地面に押し潰されて擦り剝ける。唇から生温い液体が溢れた。
「なんだ、雑魚過ぎて話になんねー」
ダクフラのメンバーの一人がそう吐き捨てる。
俺とテリヤは迷惑ユーチューバーのダクフラ相手に、見るも無残に大敗した。2対5という人数不利ではあったが俺たちはハンマーと刀、武器を使って戦った。それに対してダクフラは武器も持たず素手で俺たちに対抗した。結果がこのザマだ。殴り蹴られた全身が焼けるように痛む。
魔王を倒した経歴もあるのに…………ただのユーチューバーにすら勝てないなんて。俺は自身の無力さを痛感した。…………いや、奴らの強さが異常なのかもしれない。
「雑魚のくせに粋がって! 正義感掲げて人助けなんてしようとするからそうなるんだよォ!」
リーダーが俺を見下して吠える。何度も何度も俺の腹を蹴り上げる。
俺は嘔吐くことしかできない。内臓が押し潰されて痙攣する。
別に正義感でこんなことしているわけじゃない。ゲームクリアのためにやっているだけだ。結局、情報を頼りにここへ来たが、いたのはクラガリではなくただのユーチューバーだった。
「よっしゃ! 本物のサツが来る前にそろそろ場所移そうぜ」
ダクフラ5人は撤収の準備を始めた。グループの中でガタイのいい男が少年を抑えつけて、他の男が縄で縛りつけようとする。
抵抗しようともがく少年。声を上げかけるも口を塞がれる。
隣で倒れているテリヤはガタイのいい男に締め技をくらって、しばらく起き上がりそうにない。
「もう……どーでもいいや」
少年が連れ去られたって、俺には、俺の目的には関係ない。
縛り付けられる少年を横目に俺は体を捻じって仰向けになる。
「……………………ッ! あれは……?」
鬱屈としたこの空間を取り囲む高い建物のうちの一つ。3階建て程の建物の屋上からこちらの様子をうかがう人影の姿があった。月明かりの逆光で曖昧なシルエットしか捉えられない。
人影は一歩、足を踏み出す。
「……え?」
重力に従って落下し始める人影――――飛び降り自殺、というわけでもなさそうだ。人影は落下と同時に建物の壁面を踏みしめて、壁を駆け降りるように走って急降下してくる。常人の為せる技じゃない。
「――ッ! なんだあれはッ!?」
ダクフラメンバーの一人が人影の存在に気付く。他の四人も上を見上げる。
眼前まで迫っていた人影は、最初に人影を見つけたダクフラの男の下に飛び降り、落下の勢いで男を踏み潰す。
人体が潰れる鈍い衝撃音と共に現れた人影の姿が露わになる。青いラインの入ったガスマスクを被り、体中にベルトを巻いた軍人のような装いの人間だった。全身黒の装いは夜の暗闇に身を潜めるのに適したものだ。
ダクフラの一人がガスマスク姿に殴りかかる。ガスマスクは迫り来る男の腕を器用に絡め取り、男を背負い投げて地面に叩きつけた。
男は力なく地面に伸びた。
「ッ! このやろォ!!」
ガタイのいい男がガスマスクに迫る。ガスマスクは機敏な動きで一瞬にして男と距離を詰める。男の懐に入り、掌打で顎を突き上げる。よろめく男。今度は首元に手刀をくらわせた。
でかい体が地に崩れた。
ガスマスクは残りの二人、リーダーともう一人もまとめて華麗な近接格闘で蹴散らした。
ガスマスクはダクフラの相手が終わるとすぐに縛られていた少年に近づく。懐から取り出したナイフで少年を縛る縄を容易く引き裂いた。
少年を解放すると俺とテリヤを一瞥し、何も口を開かずに暗い路地へと足早に歩み去っていった。
「……何だったんだ、今のは」
思わぬ大逆転劇を、俺はただ見ていることしかできなかった。
ダクフラに粘着されていた少年は俺にぼそっとお礼の言葉を述べると、ガスマスクが去った路地の方に走っていった。
静まり返った薄暗い空間の中、俺だけが取り残される。
「はぁ……結局クラガリ捜査の進展は得られなかったな……」
俺はため息混じりに独り言をこぼす。こんなボロボロになったのに見返りはゼロ。
「……………………クラガリの居場所なら知ってるぜ」
「――――ッ!」
周りにいる者は全員気を失っていると思っていたが、誰かが口を開いた。声の方を向くとダクフラのリーダーが薄目を開いていた。
「知ってる、のか?」
「ああ、ナイトクラブ『ネオンリーク』に、クラガリの人間がいるのをよく見かける」
「まじかよ……」
予期せぬタイミングでクラガリに近づける重大な情報を入手できた。振り出しに戻ったと思っていたが、これで次の目的地が決まった。
……それにしてもなぜ、
「なんであんたがクラガリのこと知ってるんだよ?」
刹那の沈黙の後、リーダーが口を開く。
「ちょっとだけ、縁があるんだよ………………それよりお前、何する気か知らねえがクラガリはマジでやべぇ。お前らみたいな雑魚が敵う相手じゃない。せいぜい気をつけろよ」
「…………うるせぇ。余計なお世話だ」
俺はルルード長官と別れた時に渡された携帯型の無線機で、長官と連絡を取る。無線のチャンネルを合わせて送信ボタンを押す。
「こちらイズミ、ルルード長官。聞こえますか」
「おぉ、どうしたイズミ君」
雑音交じりの長官の声が返ってくる。
「クラガリの新たな情報を入手しました。一度合流したいです」
「そうか、よくやった。どこで合流する?」
「場所は、ナイトクラブ『ネオンリーク』前に集合で」
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