第20話 寝起きに口の中に溜まっているもの、それは子供の遊び道具
俺たちを乗せたパトカーは警察署に到着した。ルルード長官に俺たちの任務内容を聞いてから数分後のことだった。
警察署は打ちっぱなしのコンクリートの建物。ここがこの街の治安と秩序を保つための本拠地だ。
パトカーを降りて警察署に入り、ルルード長官に二階まで誘導される。その間ずっと、ルルード長官は監視するように俺たちの後ろについていた。
「ここだ」
ある一室の前でルルード長官が立ち止まった。
「まず、夜のパトロールの前に、最初に君たちにやってもらう仕事がある。先刻、警察は路上で奇声を発していた不審者を拘束して身柄を確保した。君たちにはその人物へ事情聴取をしてもらう」
「えぇ、初っ端から変人の相手はきついなぁ……」
警察未経験の俺たちには、これもまた荷が重い任務だ。思わずため息をついた俺を、「3号室」と書き示された扉に入るように促すルルード長官。
俺は意を決してドアノブに手を掛けた。
扉の先は狭く薄暗い空間だった。入って右側の壁面にガラス面が設けられていて、その奥にもう一つ明るい部屋があるのが確認できる。奥の部屋の明かりがガラスを透過して薄暗い空間を仄かに照らす。
この部屋の構造、刑事ドラマかなんかで見たことがある。これは「取調室」だ。壁面のガラスは明るい部屋からは鏡に見えるが、暗い部屋から見ると向こう側を透視できる「マジックミラー」になっている。明るい部屋で取り調べを行い、暗い部屋からそれを監視するという使い用途だ。
俺は暗い部屋に足を踏み入れ、ガラスの奥の明るい部屋を覗く。
「――ッ! あれは…………」
そこには黒髪で黒いコート、右腕に包帯を巻いた男が椅子に座り、対面する警察官に何かを熱く訴えかけていた。
「テリヤだ……」
そこにいたのはテリヤだった。ガラス面越しに「俺は勇猛果敢に魔王を打ち倒した男だ!」「俺より強い奴に会わせろ!」などと宣っているのが聞こえてくる。
「なんだ、知り合いか?」
俺の隣に来て、一緒にテリヤを眺めるルルード長官。
「はい、あの人は大丈夫です。厨二病という不治の病にかかった可哀想な人間です。自分より弱い人に攻撃するような人ではありません。と言ってもあの人より弱い人間はいないと思います。彼は刑務所より精神科に連れて行った方がいいです」
「ほう、それなら大丈夫そうだ。彼を解放してあげよう」
ルルード長官の判断の下、テリヤは解放されることになった。
§
俺、イヌヌ、エルハ、ルルード長官、そしてテリヤも同行することになり、俺たち5人は街の中心地へ足を運んだ。警察署から街の中心地まではそれほど離れていなかったので徒歩で移動した。このエリアは夜中でも人通りが多く、交通量も多い。大通りには飲食店から風俗店まで、あらゆる店が軒を連ねていた。
ルルード長官が立ち止まり、俺たちの方へ振り返る。
「ようこそ諸君。この街の名はクライムトレスシティ。暴力と犯罪が蔓延る街だ」
「警察がそれ認めちゃっていいのかよ」
それから俺たちは夜のクライムトレスシティでのパトロールを開始した。見回りをしながら犯罪グループ「クラガリ」について聞き込み調査をして情報を集める。
「お、あれは」
ルルード長官がさっそく大通りの道端に停めてある車に目をつけた。鮮やかな赤の軽自動車だ。
「あの車がどうかしたんですか?」
「あれは違反駐車車両だ。あの場所は駐車禁止なんだ」
ルルード長官はそう言い捨てると懐から黒い警棒を取り出して車に近づく。
車の前で警棒を握る手に力を込めて振り上げると――――それを振り下ろして車を殴りつけ始めた。警棒が車にぶつかる度に、けたたましい音が周囲に響く。窓ガラスは割れ、表面は凹み、車は凸凹の鉄の塊に変貌していく。
俺の隣にいるテリヤがなぜか目を輝かせてその光景を眺めている。羨望の眼差しだ。
違反駐車と言えどこの処罰は…………
「おいなにやってんだよ! やりすぎだ!」
俺は声を上げた。振り返るルルード長官。
「これがこの街のスタイルだ」
澄まし顔のルルード長官。
「警察ってかっこいいな! なあイズミ」
俺に同意を求めるテリヤ。
「いや……こんなことしてたら市民からの警察への信用が――――」
「ヒャッハぁーーーーーッ!!!!」
突如、高く張り上げた男の発狂が俺の声を遮る。その直後に色彩豊かな発光と爆発音が大通りを占領する。
見渡すと、携帯型の打ち上げ花火を周囲の建物や車に乱発する集団の姿があった。赤や緑の火花と爆発が街中に飛散する。
「なんだあれ……?」
「あれは最近若者に人気の迷惑ユーチューバー。ダークネス・フライギアだ」
「迷惑超えて犯罪だろ」
爆発と火花を撒き散らす集団は鬼気狂気の形相で暴れまわっている。
「ダークネス・フライギア……いい名前だッ……」
テリヤが何かに感銘を受けたような表情で、胸の前で拳を握り締める。
「彼ら、ダークネス・フライギアは男性5人組のユーチューバーだ。体を張った企画や過激な動画で人気を博し、最近チャンネル登録者数が200万人を突破した。既存の大物ユーチューバーとのコラボも増えて、現在最も注目されている期待の新人ユーチューバーだ。過激な動画は男性への需要が大きいが女性のファンも多く、ファンとの交流も頻繁に行っている。彼ら5人が結成したきっかけはこの街、クライムトレスシティが地元で――」
「なんでおじさんのくせにそんなユーチューバーに詳しいんだよ」
普段気怠そうな口調と雰囲気の割によく喋る中年おじさん警官。
暴れまわっているダクフラは奇怪な雄叫びを上げている。彼らは女性ファンとの交流も欠かさず行っているらしい。
「ちょっとここで待っててくれ」
そう言い残すとルルード長官はどこかへ歩いて行ってしまった。
「この世界ではああいうのが人気なのか……………………俺もやってみようかな」
俺もこの世界でユーチューバーになることがもしかしたらあるかもしれない。その時のために人気ユーチューバーの彼らを観察して、人気の理由を分析してみよう。
彼らを眺めていると一つ気づいた。街を歩いている人たちは彼らや花火を一切気にする様子もなく平然としている。ダクフラに話しかけられても、花火の爆炎が体に直撃しても、全く動じることなく冷静を貫いている。まるで、花火を乱射している集団がその目に映っていないかのように。
「あいつら体も精神も強すぎんだろ。感情無いのか……?」
これが都会の人のスルースキルというやつか。
「お前ら―ッ! 離れてろーッ!」
遠くからルルード長官の声が飛ぶ。声のした方を見るとパトカーに乗ったルルード長官の姿が。
何をするのか知らないが、俺は指示通りその場から距離を置く。
パトカーがアクセル全開で走り出す。エンジン音が轟く。
パトカーは猛スピードでユーチューバーの元に、一直線に突っ込む。ドリフトをきかせ、車体を横向きにして――――車の側面で彼らをはね上げた。
宙を舞う5人のユーチューバー。飲食店2階の窓ガラスを突き破り、店内に放り込まれた。
ルルード長官が車の窓から顔を出す。
「よしっ、任務完了だ」
「やりすぎだろ!!」
「わぁ、これが警察のお仕事かぁ」
目を輝かせるイヌヌ。
「こんなのに憧れんな。俺の世界の警察はこんな暴力的じゃないから」
ルルード長官はパトカーを車道の脇に停めて俺たちのところに戻って来た。
迷惑ユーチューバーを撃退した後、俺たちはパトロールを再開した。街を練り歩き、不審人物がいないか目を光らせる。
「お、あれは」
ルルード長官が何かを見つける。長官の視線の先を見ると、そこには薄汚いお爺さんが歩いていた。
黄ばんだ白いシャツ。ボロボロの青い短パン。濁った瞳。10歩程進むたびに地面に唾を吐く。こんな老人には絶対なりたくない、と思わせる醜いお爺さんだ。
「じゃあ、テリヤ君。あれ、道に唾を吐くの注意してきてくれないか」
ルルード長官がテリヤに指示を出す。
「やれやれ、俺の出番……か」
気怠そうに呟くも、まんざらでもない表情のテリヤ。
テリヤが老人に歩み寄る。俺たちは後に続いた。
「おい、ご老人。唾を吐くのはやめてくれ。道が穢れてしまう」
テリヤが声を掛ける。老人がテリヤの方に振り返る。が、虚ろな瞳で目の焦点があっていない。
老人は一歩前に出ると、テリヤの顔に唾を吐きかけた。
「――うわっ!…………なにしやがるクソジジイ!!」
声を荒げて老人の胸ぐらをつかむテリヤ。怒りを露わにするテリヤと、それとは対照的に無邪気な笑顔を浮かべる老人。両者の間にルルード長官が割って入る。
「おいおい、仮にも警官見習いが、一般市民に暴力は駄目だろ?」
「あんたが言うな」
さっきユーチューバーをパトカーではねた警官が言えることではない。いや、もしかしたら長官は、ユーチューバーは一般市民に含まれないという価値観なのかもしれない。
ルルード長官がテリヤをなだめるも、テリヤの怒りは冷めそうにない。未だに老人の服を掴んで離さない。
「テリヤ。なろう主人公はそんなことではキレないぞ。冷静になれよ」
なろう主人公という言葉という言葉を耳にすると我に返って老人の服から手を放し、身を引くテリヤ。
テリヤの行動に応じて唾吐き老人が口を開く。
「ごめんねぇ。ぼく、むかしっからアリとかちっちゃい虫をみつけるとつばをかけちゃうくせがあるの。おぼれさせちゃうんだぁ」
男性にしてはやや高めな声の老人。テリヤが眉を顰める。咄嗟にルルード長官が二人の間に入る。
「いえいえお気になさらず。ところでご老人。ひとつお尋ねしたいことがあります。この周辺で怪しい人物を見ませんでしたか? 例えば何か不審な取り引きをしている者とか」
ルルード長官が老人に不審者を目撃していないかを尋ねる。おそらく犯罪グループクラガリの調査のための聞き込みだろう。よりによってこんな変な人に聞かなくてもいいのに。不審者に不審者の情報を聞いたって…………
「んん……見てないけど。あやしい男にむりやり引っ張られる男の子を見たよぉ。たしかあっちのほう」
遠くの裏路地を指差す老人。
「――ッ! そうですか。調査のご協力ありがとうございます」
何か察知したような反応を見せる長官。長官の警察の勘が反応したあたり、この情報はクラガリへの手がかりかも――――
――ふと、イヌヌが俺の袖を引く。
「ん? どうしたイヌヌ?」
振り返ると不安げな表情のイヌヌと目が合った。
「ねぇイズミ、エルハがいなくなっちゃった…………」