第19話 スノウ=モノポリー
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『レストラン・タシマ』にて、俺たち三人はパフェを完食した。パフェの効能通り、体中から疲労が消え去っていた。長居するわけにもいかないので早々に席を立ち、店の出入り口へ向かう。
出入り口の前まで見送りに来てくれたナルミさんと田島さんにお礼をして、俺たち三人は店を後にし、暗く冷たい夜の街に繰り出した。
少ない街灯と月明かりにのみ照らされた薄暗い街。広い道路の両脇には、重苦しい鉄骨のシャッターが下りた店が軒を連ねる。昼間はショッピング街、商店街として機能しているようだが、今は人っ子一人いない閑散とした夜道が続いている。静寂に包まれたこの街を歩くと、俺たち三人だけこの世界に取り残されてしまったような感覚になった。
夜の冷気が俺の肌を掠める。気が付けばしんしんと雪が降り始めていた。
「うう……寒いな……」
「こんな寒いのにイズミ半袖だもんね…………あっ! あそこにっ!」
イヌヌが何か見つけたのか、路地裏の方に走っていく。
「おーい、あんま離れんなよ」
「――見て! サッカーボール落ちてた!」
振り返ったイヌヌが両手に抱えていたのは、表面が白と黒で覆われた球体。サッカーボールだった。
サッカーボールを地面に置くイヌヌ。
「これでサッカーしようよ!」
「やだよ、めんどくさい」
「そっか、イズミは運動音痴だから、小さい女の子の僕からボールを奪うことも出来ないんだ!」
ボールに片足をついたイヌヌが俺を見下すように不敵な笑みを浮かべる。完全に俺を煽っていた。
「ふっ……試してみるか?」
いつもだったらイヌヌのお遊びに付き合ったりしないが、今回だけはその遊びに乗ってやった。今はナルミさんに出してもらったパフェの効果で体の疲労が消え去り、体力が完全回復していたからだ。
ボールを足先で突き転がして逃げるイヌヌ。俺はイヌヌを追った。
俺が追いつくとイヌヌは真後ろに切り返して俺の襲撃を回避した。
俺は負けじと食らいつく。エルハはその場から動くことなく、表情一つ変えずに俺たちを傍観していた。
再びイヌヌに追いつく。
「エルハ! パス!」
俺がイヌヌのすぐ背後まで迫った瞬間、イヌヌはエルハのいる方にボールを転がした。
「……キャッ――――」
驚きの声を上げつつもボールを足で受け止めるエルハ。
「エルハ、お前からボールを盗れたら俺の勝ちだ!」
強制的に俺たちの遊びに参加させられるエルハ。俺は超簡単なルールを告げると、エルハの方へ走り寄った。
俺の足がエルハの足元のボールにかかる寸前――――少しボールがずれた。
エルハは俺が迫る直前、ボールを微かに触って襲撃を回避した。
俺は二撃目を仕掛けるも、同じように容易く避けられてしまう。何度ボールに盗ろうとしてもエルハはその場から動くことなく、巧みな足捌き、身のこなしで躱し続けた。
「エルハサッカーうま!!」
驚き、声を上げるイヌヌ。
エルハのサッカーの腕前はプロのサッカー選手と肩を並べそうな程だった。どこでこんなプレイスキルを身につけたのか…………
――――それからイヌヌも加わり、「エルハ対イヌヌと俺」という形でサッカーを続けた。相変わらず白い粉雪が疎らに振り続けていたが、もう寒さは感じなくなっていた。
静寂の街に俺たちの声だけが響く。今だけは、真夜中のショッピング街は俺たちだけのものになっていた。
――ッ!?
遠く、どこからか車の走る音が近づいてくる。その音に気付いて俺は夜道の先に目を凝らす。
道の奥から二つの白い光源がこちらを照りつける。猛スピードでこちらに近づいてくる。その光源は車のライトだった。
車は白と黒のボディで上部に赤青のランプを光らせる――パトカーだ。
パトカーが俺の目の前で急停止する。ブレーキ音が鼓膜をつんざく。
パトカーはライトを消し、中から褐色の肌で茶髪の中年男性が出てきた。限りなく黒に近い紺色の服を身に纏っている。おそらく警察の制服だ。
「お前ら―、こんな時間に何やってんだガキ共がぁ」
警察の男の覇気のない声。警察の割にはあまり緊張感のない気の抜けた表情で俺たちに声を掛けてきた。
「あっ、俺たちは――」
「イズミ―! パース!」
警察の存在に気づいてないイヌヌが俺の方にボールを蹴り飛ばす。宙を舞う白黒のサッカーボール。
「バカ! 飛ばし過ぎだ!!」
ボールは俺の頭上を通り抜け、警察の気の抜けた顔面にクリーンヒットした。
§
俺、イヌヌ、エルハの俺たち三人は、市街地を駆けるパトカーの後部座席に座っていた。
結論から言うと俺たちは警察の男に確保され、警察署に連行されることになった。夜道でたむろする怪しい若者たちの身柄を拘束して詳しい事情を聴く、とのことだ。
俺たちは三人とも後部座席に座らされ、イヌヌ、俺、エルハの順でパトカーに乗り込んだ。そのせいで俺だけ後部座席の中央の狭くて少しだけ盛り上がっている一番座りずらい位置に座る羽目になった。体格的にはイヌヌが真ん中の位置に座るのが適任なのに。
窓の外を眺めるイヌヌ。
「相変わらず全然人いないね」
イヌヌの呟きに、警察の男が答えた。
「ああ、この辺りは治安悪いからな。こんな時間に出歩いてるヤツにまともな人間はいないさ」
バックミラー越しに感情の映らない薄い瞳で俺を見る警察の男。
「別に俺たち、悪い人間じゃないですよ」
「……だろうな。その平和ボケした顔からわかる」
さりげなくディスられる。気の抜けたあなたの顔の方が平和ボケっぽいです、という反論はいったん胸にしまっておく。
「じゃあ解放してくださいよ。危険な町でもエルハがいれば安心だ」
「他力本願だね……」
エルハの怪力に絶対的信頼を置く俺に、呆れ気味に声を漏らすイヌヌ。
エルハは俺の隣で爆睡している。車内の程よい振動に睡魔を誘われるのはよくわかる。
「いや、解放は出来ない。君たちには深夜徘徊の罰として夜の街のパトロールをしてもらう」
「――はぁ? なんだよそれ? 夜の街のパトロールとか実質深夜徘徊と変わらないだろ? というか俺たちを確保した理由は警察署に連行して事情聴取するためってさっき言ってただろうが」
「もちろんまずは署に連行するが、さっき言ったことは署に連行するための建前でしかない。何かしら警察らしい理由をあてがわないとならないからなぁ」
「……この警官、大丈夫か……?」
俺たちを連行したのはパトロールをさせるためだったらしい。事情聴取云々は夜の見回りをさせるための口実でしかなかった。
そもそもこの男、本当に警察官なのだろうか。仮にも一般市民の俺たちに、警察の仕事であるパトロールの仕事を押し付けるなんてありえない。第一、夜のパトロールなんて……
「めんどくさ……なんで俺たちがそんなこと……」
てきとうに隙をついて逃げることにしよう。
「イズミ、聞いて」
隣でイヌヌが小声で耳打ちする。イヌヌの膝の上に例の古めかしい白い本が開いていた。
「これ、4つ目の警察の仕事を体験するゲーム、『サタデーポリスマン』が始まってるよ」
「……え!? いつの間に? そんな無自覚に始まるもんなのか?」
イヌヌの報告によると、気づかぬうちに俺のやるべき次のゲームが開始していたらしい。警察になるゲーム、サタデーポリスマン。ゲームと言うからには……
「それならやるしかないか――――よし! 警察のおっさん。その罰、引き受けてやりますよ!」
「そもそも罰に拒否権はないんだがな。それにしても、急にやる気になったなぁ?」
「俺、ゲームテスターですから」
「――ッ! ゲームテスター………………」
突然、警察の男の声色が変わった。車内の空気が重くなる。
隣で熟睡していたエルハが異変を察知した傭兵の如く、薄目を開けて目を覚ます。
……まずい、ゲームテスターって名乗らない方がよかったのか……?
刹那の沈黙の後、警察の男が口を開く。
「ゲームテスターの少年。君がこの世界に来た目的は何だ?」
先程までと打って変わって重く、鋭さを備えた声で尋ねる。運転しながら目線は前を向いていても、意識は後ろにいる俺に集中していた。
そういえば、この世界の人々はゲームテスターの存在や、世界がゲーム化されたことについてどれだけ知っているんだ。ゲーム化された世界の人々に、そもそも自意識は存在するのか。そういったこの世界の基本的な情報を知らないまま過ごしていたことにたった今気が付いた。
それに俺がゲームテスターだと周りの人が知ったら、隣にいるエルハが知ったらどう思うのか。
とにかくここで下手にはぐらかしたり噓を並べても事を悪くするだけな気がする。
「俺の目的は、この世界で33種類のゲームをクリアすることです。それを達成すれば一応、元の世界に返してもらえることになっています……そもそも俺は、自分の意志でこの世界に来たわけではないので」
俺は自分のことを包み隠さず正直に話した。
少し間をおいて警察の男が口を開く。
「そうか。実は最近、この近辺でゲームテスターと名乗る人物が悪事を働いているという噂が後を絶たない………………具体的に言えば、その人物が警察の人間を殺しまわっている。俺の同僚も何人かやられた」
俺には人を殺しまわった記憶はない。この世界に俺以外のゲームテスターがいるのか。はたまた、ゲームテスターを名乗っているだけの、全く別の存在か。
「俺たち警察はそいつの情報を掻き集めて大体の人物像まで突き止めた…………そいつが捕まるのは、時間の問題だと思わないか?」
男はバックミラー越しに俺と目を合わせ、俺に意見を求める。
「はぁ、あとはそいつの居場所、潜伏拠点さえ特定できれば捕らえられそうですけど……」
再び沈黙が流れる。その後すぐに、警察の男は元の緊張感のない気怠そうな声色に戻った。
「そうかぁ、まあ実際はそのゲームテスターの情報は何一つ集まってないんだがな」
「は? なんだそれ……?」
警察の男は先程までの気の抜けた雰囲気に戻る。車内の張り詰められた空気は解きほぐされた。
「さて! それじゃあ君たちにやってもらうパトロールの話をしよう。君たちには夜の街を巡回してもらい、とある犯罪グループを見つけてほしい」
少し声のトーンを上げて話し始める警察の男。
「犯罪グループ?」
「そうだ。その犯罪グループの名前はクラガリ。違法薬物売買や児童誘拐を組織的に行っている犯罪集団だ。そのクラガリのメンバーを見つけて捕まえるまでが君たちの任務だ」
「――ッ! 捕まえるって、俺たちド素人にやらせるには荷が重くないですか?」
「警察も人手不足なんだ。まあ、頑張れ」
「頑張れって…………」
警察のくせに無責任なことを…………
「お前今、警察のくせに無責任なって顔したな? あ、そういえば自己紹介がまだだったな――――俺の名前はルルード。警察長官をやっている。警察の最高位だ。よろしくな」
ルルードと名乗った男は後ろに振り返り、初めて俺たちに微笑みを見せた。
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