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自堕落ゲームテスターは33種のゲームをプレイする  作者: バンデシエラ
第三章 レストラン・タシマ ~一日お仕事体験~
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第16話 ぼっち・ざ・メシ 



 田島さんが扉の奥を見せた理由もわからぬまま、俺は足早にその場から立ち去った。


 厨房に戻る。


「どうしたの? 顔色悪いけど」


 保管庫の外にいたエルハが俺の顔を見て声を掛けた。


「エルハ…………そういえばお前の存在忘れてたわ」

「………………」


 無言でこめかみに青筋を立てるエルハ。金色の双眸が俺を睨みつける。普段は物静かなエルハが冷たい怒気を放つ。


「す、すみませんでした」


 意外と怒らせると怖いんだな。以後、気を付けよう。


 俺は厨房の壁掛け時計に目を移す。時刻は12時、昼食時だ。客席フロアから「いらっしゃいませ!」とナルミさんの声が聞こえる。どうやら最初の客が来たらしい。先程の保管庫奥で見た異様な空間のことは一旦忘れて仕事に集中しよう。


 ナルミさんの元に向かうと、カウンター席に茶髪の小柄な女性が一人座っていた。メニュー表を見ていた彼女が口を開く。


「えっと……このシーフードグラタンを一つ、お願いします」

「ご注文承りました!」


 ナルミさんが受け答えをして、俺と二人で厨房に戻った。


 イヌヌ、エルハ、ナルミさんでさっそく料理を始める。田島さんは部屋の隅で俺たちを見守っていてくれた。なにか問題が発生した時には田島さんが対応してくれる。


 俺は、料理は全くできないので黙って見ていることにした。


 イヌヌは飲みかけの牛乳を鍋に入れ、エルハは人の指くらいの大きさの生エビをそのまま鍋にぶち込み、ナルミさんは幸せそうにパン粉を振り撒いた。


 やがて、シーフードグラタンは完成した。深めの皿に盛られた黒いドロドロした液体。無残な死骸となって浮かぶエビや魚などの海鮮類。これが芸術作品なら題名は「死の沼」だ。


「どうやったら食材が有害物質になるんだよ」

「味は悪くないわ。味見したから」


 黒い液の滲んだ小皿とお玉を手にしているエルハ。


「よくこんなもの味見したな。それに味が良かろうとイヌヌの飲みかけの牛乳が入ってる時点で売り物にはッ…………いや、もういいや」


 料理ができない俺がどうこう指図できる立場でもないし、目的はここで一日だけ働くこと。どんな粗末な品を出しても店の評判が下がるだけで俺には関係ない。田島さんとナルミさんが止めないのならいいのだろう。


 俺は耐熱性のミトンをはめて、熱々のグラタンの皿を手に取る。落とさないよう慎重に移動して女性客の元に差し出した。


「お待たせしました。シーフードグラタンです」

「ッ! ありがとうございます!」


 女性は目を輝かせてスプーンとフォークを手に取った。程なくして、彼女はきれいに死の沼を平らげた。


「美味しかったです! ごちそうさまでした!」


 満面の笑みを浮かべる女性。いつの間にかレジに立っていたエルハが女性の会計を担当した。


 晴れやかな笑顔で店を後にした女性。その表情を引き出したのは、あの飲みかけの牛乳で作られたグラタンだ………………少し心が軋んだ。


 ナルミさんが、食べ終えたグラタンの皿を銀のトレーに乗せる。


「食器洗いは私がやっておきますね。今の『料理』、『提供』、『片付け』の一連の流れがこのレストランでの仕事になります。どうですかイズミさん?」

「いろいろ心配です」



 ナルミさんが食器洗いをして、しばらくして次の客が入店した。


 店の自動ドアが開く。入ってきた男は黒いコートに身を包み、右腕に包帯を巻いている。その風貌は俺の記憶に焼き付いてまだ間もないものだった。奴は――――テリヤだ。


「テリヤ!?」

「あ、テリヤ君。いらっしゃい」


 ナルミさんが厨房から現れる。


「よお、ナルミ。相変わらず顔にパンカスついてんぞ」

「えっ! ウソ!? またついてるの!?」


 慌てて口元に手を当てて確認するナルミさん。口元にはさっきまではなかった白い粉がまばらに付着している。いつの間にまたつまみ食いしたんだ。


「またつまみ食いしたのかナルミ?」

「うぅ…………」


 親しげに話す二人。そういえば、この二人と初めて会ったのはどちらも砂漠の村だったな。


「もしかして、二人は知り合いなのか?」

「そうなんですよ! 私たち子供の頃からの付き合いで。テリヤ君、昔から特訓とか修行とか言って危ないことばっかやってホント困ってるんですよ!」

「お前には関係ないだろ? いつもパンカス振り撒いてる方がよっぽど困りもんだぜ」


 修行。ナルミさんの会話に出てきた修行という言葉で思い出した。魔王を倒した後、テリヤは村に帰って修行すると言っていたはずだ。なんで村とは別方角のこの町にいるんだ?


「テリヤ、お前、村に帰って修行するとか言ってなかったか?」

「あぁ、それはやっぱやめた。なろう主人公は泥臭い修業はしないからな! とりあえず今はこの街で強そうな奴を見つけたら片っ端から勝負を挑んでるぜ」

「やってることただのチンピラじゃねえか」


 こいつの今の修業は街の人にケンカを吹っ掛けることらしい。


 ふと、突然神妙な面持ちになってカウンター席に腰を下ろすテリヤ。頬杖をつき、ため息をつく。テリヤが口を開く。


「…………とりあえず、この店でひと休みしよう………………お兄さん、俺は料理には特に興味がない。食べられるものなら何でもいい…………この店で一番安いものを一つ頼むよ」


 クールキャラ気取りの澄まし顔に俺は握り締めた渾身の右ストレートを提供する。


「――――んグッ! こ、これはなかなか刺激的な逸品だ……」


 潰れて鼻血の垂れた顔面で平静を装うテリヤ。


「ほら、なんか食ってけよ」


 俺はメニュー表を差し出す。


 鼻血を手で拭い、メニュー表を受け取ってぺらぺらとめくるテリヤ。


「んん……そうだなぁ。ハンバーガーとかがいいなぁ……」


――ハンバーガー!? テリヤがハンバーガー? テリヤ、ハンバーガー、テリヤ、バーガー……もしかして………………


「じゃあ、このエッグフィッシュバーガーを頼む」

「テリヤキバーガーじゃないんかいッ!!!!」


 広い店内に俺の声が響いた。そして――――静まり返る店内。


 テリヤ、エルハの冷たい視線が俺をひしひしと貫く。


「あれ!? 俺のツッコミそんなに的外れだったか!?」


 一拍置いて、テリヤがため息をこぼす。


「……テリヤキってお前、そんな卑猥な言葉、大声で叫ぶなよ……」

「は?」


 やんちゃな少年の非行を諭すような呆れ交じりの口振りのテリヤ。


「卑猥な言葉って…………?」

「イズミ……見損なった」


 言葉の意味通り、軽蔑の眼差しで俺を見るエルハ。


 隣にいたナルミさんは赤らめた顔を両手で覆っている。厨房からは冷やかしの笑みでこちらを眺める田島さんの視線が送られてくる。


 どうやらこの世界では「テリヤキ」は禁句ワードだったらしい。


「だとしたらテリヤ……お前の名前はかなり際どいな……」

「イズミー! ナルミー! そんなことより早く作ろうよー!」


 厨房からイヌヌの声が飛ぶ。いつの間にかイヌヌは子豚姿から人型にチェンジしていた。


 おそらくセクハラ発言をしてしまった俺はその場から逃げるように厨房へ戻った。



 厨房にて、パンカス姉さんことナルミさんとイヌヌと共に料理に取り掛かった。


 レシピ本に目を通すイヌヌ。


「んーと、必要なのは、パン、卵、あとはフライドフィッシュだけだよ!」

「よかった。これならさっきの暗黒料理みたいにならねえな」


 ナルミさんが満面の笑みでパンを用意する。イヌヌは生卵をフライパンで焼いていた。


 フライパンの上、ジュクジュクと熱されていく卵を凝視しているイヌヌ。


「どうしたイヌヌ?」

「なんか嫌なにおいがする。なんか…………イカみたいな」

「ああ、たしかに…………なんか臭いな」

「これ……………………イカ臭いッ!!」

「――――ッ! イカ臭いはやめろッ!!」

「でもほんとにイカく――」

「やめろ!!」


 さすがに二度目の低俗な問題発言はまずい。レストランの店員という立場でありながらこれ以上品のない発言を重ねたら俺の首が飛びかねない。そうなれば俺の目的、ゲームクリアも達成できなくなる。


 俺はイヌヌの口腔に小麦粉を詰めて口を完封した。モゴモゴと息を求めるモグラのように必死な形相になったイヌヌ。首を掻きむしって顔が青白くなっていく彼女を厨房の奥に追い払った。


 そうしてなんとか、「エッグフィッシュバーガー」を完成させるに至った。ごく普通の、ちょっとおいしそうなハンバーガーだ。


 完成したバーガーをテリヤに出す。テリヤはそれを受け取ると一言も口を開かずに黙々とかぶりつき、すぐに食べ終えた。


 完食するとまたしても無言で席を立ち、エルハの元にて会計を済ました。最後に店の壁に寄り掛かり、「フッ、俺の旅はいつも孤独だな……」と厨二病的戯言を吐き捨てると、テリヤは俺たちに背を向けて店を出ていった。


「孤独なのはその恥晒しな人格のせいだと思うけど」


 店を出るテリヤの後ろ姿を眺めて呟くエルハ。


 テリヤが出ていって、店は再び一人の客もいない閑散とした状態に戻った。


 というか、昼時だというのにこんなに寂しい店内で大丈夫なのだろうか…………もしかしたらこのレストランはレビューサイトで悪質なネガキャンで評価を落とされまくっているのだろうか。星1.3とかなのか。それとも地元の人だけが訪れる一見さんお断りの小さい居酒屋的なレストランなのか………………まあ、何でもいい。


「お前結構酷いこと言うな…………あ、これでテーブル拭いといて」


 俺はテリヤに辛辣な一言を添えたエルハに布巾を差し出した。テリヤがバーガーを食い散らかして汚れていたからそれを拭いてもらうために。


「うん」


 エルハが布巾を手に取る。――――と、気が付けば俺は床に頭をぶつけていた。


「――――――ッ!!」


 何が起こったのか。頭に鈍い衝撃が走ってからようやく理解した。――――エルハに投げ飛ばされたと。


「な、なにするんだエルハ…………」

「ご、ごめんなさい……!」


 普段は冷淡なエルハが柄にもなく取り乱している。


「わ、私、人に触れると勝手に『怪力』が発動してしまうの……それを思い出して咄嗟に手を引こうとしても間に合わず、あなたの手に触れてしまって……そのまま投げ飛ばしてしまったわ…………」

「なんだそれ…………怪力の特性はわかったけど、俺が投げ飛ばされたのは理解できねえよ……」


 そういえばエルハが魔王に攫われた理由は、エルハが人並外れた怪力の特性を持っているからだった気がする。


 潤んだ瞳で申し訳なさそうに見つめるエルハ。そんな目で見られたらさすがにこれ以上は責められない。


「しょうがねえな。それにしても厄介な特性を持って――――」

「俺と勝負しろおぉぉぉぉ!!!!」


 突然、俺の言葉を遮るようにレストランの外から吠える声が聞こえた。テリヤの声だ。


 窓の奥にテリヤの姿が見えた。誰に話しかけているのか。相手の姿は見えない。


「そういえばあいつ、強そうな奴にケンカ売るって言ってたな」


 ここからは視認できない誰かと話しているテリヤ。――――数秒後、道路の向こう側まで吹き飛ばされるテリヤの姿が視界に入った。遠くのビルに叩きつけられるテリヤ。


 外から通行人の悲鳴が何層にも重なって響き渡る。逃げ惑う群衆が窓の外に映る。


「もうめちゃくちゃだなこの世界……」


 俺は逃げていく人々を呆然と眺めていた。


 しばらくして、店の前から人がいなくなった頃、一人の男が入店してきた。



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