第15話 ペロリストも歓迎
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地面に敷かれたコンクリート。行き交う車。建ち並ぶビル群。俺の目の前には現代の都会の街並みが広がっていた。
「急に世界観変わったな……コンクリートジャングルだ……」
俺、イヌヌ、エルハ。俺たち三人は魔王の城を後にして西方面に進んだ。その後、野営を繰り返して三日ほど歩くと、この大都市と対面した。イヌヌによると俺たちの目指す次のゲームはこの都市の中にあるらしい。
「ゲームのジャンルはたくさんあるからね。こういうマップもあるよ」
舗装されたコンクリートの歩道を子豚姿のイヌヌがトコトコ歩いて口を開く。
辺りを見渡す。都市と言えど街を歩く人の数はまばらで、国の首都レベルの街と比べると活気は少ない。地方都市程度の雰囲気だ。
子豚のイヌヌを先頭に俺とエルハが後に続く。イヌヌに従ってしばらく歩くと、ある地点でふと、イヌヌが足を止める。
「着いた! ここが目的地、レストラン・タシマだよ!」
「れ、レストラン……?」
イヌヌが「ここだ!」と鼻先で指し示す建物。何本もの巨大な石柱に支えられた平らな屋根の、乳白色の石造りの建物。その両脇には屋根よりも高くそびえ立つ、筋肉質な半裸男性の石像が構えている。
古代ローマの建築物を彷彿とさせる。ちょっとレストランには見えない見た目だ。
太い二本の石柱の間を抜け、その先の自動ドアが開く。
中に入る。店内はテーブル席とカウンター席のある、ごく普通のレストランだ。内装は全体的に明るい白で統一されている。カウンターの奥にはガラス越しに厨房が見え、カウンターと厨房の間には接客用の通路が設けられている。
その通路空間にどこか見覚えのある女性、隣に背の低いお爺さんが立っていた。お爺さんは背が低すぎて目元より上しか見えていない。
「いらっしゃいませ!」
柔らかくも活気に満ちた声を俺たちに向ける女性。
白いバンダナとエプロン。後ろに束ねられた長い黒髪に緑の瞳。そして、口元にパンの食べカス。やはり見覚えがある。この女性は――――
「砂漠の村にいたパン屋の店員!!」
「あれ? 以前にもお会いしたことがありましたか?」
間違いなく彼女は前のゲーム、「ラストファンタジー」の序盤で訪れた村、テリヤと初めて会った村にいたパン屋の店員だ。
「砂漠の村のパン屋で会ったんですけど…………なんでここに?」
「あ、そうだったんですね! 私の本職はあの村のパン屋で、副業としてこの店でも店員として働いています。名前はナルミです。よろしくお願いします!」
俺の問いかけに優しく丁寧な口調で返すナルミさん。
「あぁ、そうだったんですね。…………ところで、なんでいつも口元にパンの食べカスが付いてるんですか?」
「えっ……、あっ! ま、またやってしまいました………………。これは、先程余っていたパンをつまんでいた時に付いたものだと思われます…………」
食べカスの所以を白状して赤面するナルミさん。両手で顔を隠して縮こまってしまう。「またやってしまいました」と言ったところから察するに、おそらくパンつまみ食いの常習犯なのだろう。
「もう、私のことはパンカス姉さんと呼んでください……」
「それでいいのか……」
そんなパンカス姉さん、その隣にいる小さいお爺さんに俺は目を移す。俺よりも背が低い。パンカス姉さんの正体は分かったけど、このお爺さんは何者なんだ。どこにでもいそうな、特筆すべき要素もない平凡で面白くもない、ただ優しく微笑んでいるだけのお爺さんだ。
イヌヌが声を上げる。
「ねえ、海沿いの田舎町で平日の昼間からだらだら釣りでもしてそうなこのお爺ちゃんは誰?」
「失礼だろイヌヌ」
イヌヌの失礼発言を聞いても変わらずに、お腹に優しい乳酸菌のような笑みを浮かべている。いや、本当に聞こえてるのか?
「この方はこの店の店長です。田島さんと言います。田島さんの料理の腕は達人級で、私は田島さんの料理技術を勉強させていただく修行の目的も兼ねてこの店で副業しているんです」
パンカス姉さんナルミの説明が入る。
このお爺さん。見かけによらず、どうやらすごい人らしい。
それから俺たちは簡単に自己紹介をして、それからこの店に来た理由を話した。
この店に来た理由。それはゲームクリアのためだ。この店では「レストランの店員になるゲーム」というサービスを展開していて、一日ここで働けばゲームクリアということでトロフィーを獲得できるらしい。ゲームのタイトルは「レストラン・タシマ」だ。
さっそくパンカス姉さんナルミさんの指導の下、レストラン店員としての業務が始まる。
「それでは、あなた達3人には今日一日ここでお仕事を体験してもらいます!」
「そんな中学生の職業体験みたいなノリでやるのかよ」
仕事、と言われるとなんだか急にやる気が削がれる気がする。
「お昼頃から夜の10時までが勤務時間です」
「あ、家の門限が6時なんで途中で帰ります」
「こら! サボろうとするな!」
俺のすねを鼻先で小突くイヌヌ。意外と硬い鼻先がすねに響く。
「イテッ……。さすがにサボりたくもなるわ。10時間勤務だぞ?」
「最後まで働かないとゲームクリアにならないので、頑張りましょう」
ナルミさんは俺を諭して説明を続ける。
「業務内容は簡単に3つに分けると『調理』『提供』『片付け』です。まずは調理に必要な食材のある保管室を案内します。…………あ、それと、こちらがこの店のエプロンとバンダナになります」
そう言って手渡されたのは真っ白のエプロンとバンダナ。俺とエルハの分と、小動物専用のミニエプロン及びバンダナが支給される。イヌヌの分だ。こんな限定的な用途でしか使わない物もあるとは用意がいい。
支給された白い布を身につけた俺たちは、厨房の中、その奥にある倉庫に案内された。
両開きの扉の先、そこには野菜や肉類、ソースや粉末状の多種多様な調味料が壁面の棚に並んでいた。名の知れた食材は一通り揃っている。ここが保管室だ。室内の温度は外とほとんど変わらない。
「ここから必要な食材を取り出して、厨房で調理していただきます」
「肉とか野菜って常温保管でいいのか……?」
食材の保存状態が心配になる。これを客に提供しているというのか?
「うん! これいいね!」
イヌヌが声を上げた。声の方に目をやると、
「な、なにやってんだよイヌヌ!?」
イヌヌが保管庫内の冷蔵庫を開けて、中の瓶牛乳を飲み漁っていた。いくつかの瓶は倒れて冷蔵庫内に白い水溜まりを広げている。
「いやぁ、牛乳があったから、つい」
「あったら勝手に飲んでいいのかよ!?」
全く反省の色がないイヌヌ。
「厨房でなら飲んでも構いませんよ?」
柔和な微笑みをイヌヌに向けるナルミさん。
「ホント!? ありがとう! ナルミは優しいね!」
そう言うとイヌヌは牛乳瓶の口の部分を咥えて、スキップ交じりで厨房に戻っていった。ナルミさんも後に続いて保管庫を後にした。
「あれ、ほっといていいんですか?」
俺は隣にいた田島さんに尋ねる。気づけば田島さんと二人きりになっていた。依然として微笑みを絶やさない田島さん。そして――――ここまで一言も喋らない田島さん。
何故喋らないのか。相変わらずの笑顔が少し不気味に思えてくる。
「お、俺たちも戻りましょうか」
とりあえずここから離れたい思いから厨房に戻るように促す。すると――――
コンコン
田島さんが無言で、彼の背後にある鉄の扉を叩いた。
所々錆びついている年季の入った重々しい鉄の扉。
田島さんは扉にかかっていた鍵穴式の南京錠を外した。錆びついた金属の擦れる音を荒らげて扉を開く。
変わらぬ表情で手招きする田島さん。俺は好奇心に従って扉に近づく。
――――中を覗くと、その奥の光景に言葉を失った。
扉の奥には学校の体育館程の奥行きと高さのある空間が広がっていた。高い天井、照明はなく仄暗い。天井近くの小窓から微かに光が射し込んでいる。
その光の落ちる下に、白い作業服を着た無数の人たちの姿があった。彼らは目の前の作業台の上で、黙々と肉や野菜を切り分ける作業を続けている――――足首に鎖が繋がれた状態で。
「こ……これは……?」
振り返ると田島さんは先程までと何一つ変わらない柔らかい微笑みを浮かべていた。変わらないはずなのに今だけはその表情が、はかりごとを企てる悪代官のような酷く醜悪なものに見えた。
田島さんは再び扉に手をかけ、その重い扉を閉じた。
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