第14話 最高のパーティー
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――――なにが起こった?
気が付くと俺は石畳の上に倒れていた。視界の中、遠くにイヌヌとテリヤも俺と同様に倒れている。
あの後。進化した魔王が立ち上がった後。すべて逆転した。魔王の筋力、魔力、すべての力が跳ね上がり、猛威を振るう魔王に俺たちは抵抗の余地もなく地を這うことになった。
頭を強く打ったのか、記憶が途切れ途切れになっている。覚えているのは歩みだけで地面を砕き、天文爆発めいた爆撃を引き起こす魔王の姿。その姿はさながら理性の飛んだ猛獣だった。
こんなはずじゃなかったのに…………
漆黒のオーラを全身から滲み出し、こちらに歩を進める魔王。口が引き裂けそうなほど口角の上がった気味の悪い笑みを浮かべる。魔王が近づくだけで重圧が伸し掛かる。
逃げようにも全身を強打して体が動かない。このままでは、魔王に――――
「まだだッ! まだ俺は負けてないぞ魔王ッ!!!」
声のした方に視線を送る。刀を地について立ち上がるテリヤがいた。無言で振り返る魔王。
「俺は絶対に、ここで! お前を倒すッ! 倒して先に進む! 俺は最強になるまで、この命を絶やすことはない! 最強になることが俺の……俺の生きる理由だ!!!!」
ボロボロの体で魂の咆哮を上げる。
――――生きる理由。俺は今までそんなこと考えたこともなかった。平和な国に産まれ、平穏な日常を無為に過ごし、目的も苦悩もなく他人が決めた枠組みの中での選択をしていただけの人生の中で、生きる理由など考える必要さえなかった。
俺の中で、完全に冷えきっていたなにかに火が灯った。
おぼつかない足取りで魔王に近づいて斬りかかるテリヤ。それを一蹴する魔王。
俺は、精神や肉体をも超越する力を振り絞って体を起こす。立ち上がり、再びガルムを握り締める。
だが、理屈的に考えて今の俺たちでこの魔王に勝てるとは到底思えない。ならば、俺たちが取る選択はひとつ――――
立ち上がった俺を見つめるイヌヌと目が合う。俺は目配せで、エルハの捕らわれた檻を支える一本の柱を見つめて合図する。理解したとわずかに頷くイヌヌ。
そう、俺たちが取る選択はひとつ――――エルハを開放してここから撤退する。逃げて、腕を上げて、再びこの場所で魔王に挑む。エルハのお母さんと交わした約束。エルハを助ける。これだけは絶対に守る。
「おい魔王!! 覚醒したというのにその程度の力しかないのか!?」
俺はわざとらしいくらいに声を張り上げて魔王の注意を引く。その間にイヌヌにエルハを開放させる。
「俺はまだ本来の力を開放していないのにな!」
はったりだ。だが魔王の興味が俺に向く。
――イヌヌ、今のうちに
「ブレイキングアロー!!」
イヌヌは勇ましい叫びと共に、先端が赤く発光する矢を射る。
矢の行く先は檻を支える一本の太い柱。その柱の根本に直撃した瞬間、矢尻が爆撃を引き起こす。火花を上げて直撃部を粉砕する。
飛び散る瓦礫片。傾く柱と檻。轟音が響き渡ってすべてが崩れる。広い城内の吹き抜けに砂塵が舞い上がった。
「イヌヌ! やるならもっと魔王にバレないように隠密にやってほしかったんだけど!? それにエルハが危ないだろ!?」
檻が落下した衝撃で怪我をしてないといいのだけど。周囲を支配するこの砂煙の中ではエルハの安否も魔王の動向もわからない。
時間と共に砂煙が少しずつ晴れてくる。魔王は変わらず同じ位置に立っているのが確認できた。崩れた檻の方を静かに見つめている。俺もそちらに目を移すと――――
そこには砂塵の奥から覗く、二つの鈍い金色の光があった。その正体はすぐにわかった――――眼光だ。
金髪をなびかせた少女が着実な足取りで歩む。その姿は助けを必要とする少女の風貌ではなかった。途中、落ちていたテリヤの刀を拾い上げる。
「面倒な者を起こしたな…………異例者よ……」
魔王が小さく呟く。その表情はわずかに強張っているように見えた。
「異例者? 異例者ってどういう意味だ?」
俺は魔王に問う。
「奴は人並外れた、類い稀なる怪力を有する者だ」
そう簡潔に答えた魔王に、凛々しく歩み近づくエルハが口を開く。
「あなたがテロチスの町を支配しているのは知ってる。正直私はあの町も、あの町の人たちもあまり好きじゃない……だけど、あの町にはお母さんがいる。私のお母さんを苦しめるようなことは……絶対に許さない!」
魔王のもとに駆け出すエルハ。テリヤの刀で斬りかかる。
魔王の放つ赤い斬撃とエルハの剣戟が拮抗する。掻き切られる赤い斬撃。エルハは魔王に急接近するとみぞおちに強力な蹴りを打ち込む。
立姿勢のまま、わずかに背後に突き飛ばされる魔王。魔王の足裏が地面を擦る。
すかさずエルハが槍投げのように刀を放る。魔王の顔中心を目掛けて飛ぶ刀。払い除ける魔王。
「す、すげぇな…………」
あの魔王がわずかに押されているように見える。エルハの心配など全く以って不要だった。
エルハの並外れた膂力が魔王を凌駕する。だが、それも最初だけで、次第に魔王が優勢になり始めた。魔王の拳がエルハを襲う。
「俺たちも……行くぞ……」
立ち上がろうとするテリヤ。だが、テリヤは体が震えてしまって、立ち上がることができない。事切れる寸前、もう限界だった。――それは俺も同じだ。
このままではエルハもじきに…………
「イナの心臓、発動!」
イヌヌが声を上げる。
――俺の中で何かが眼を開く。
突如、俺の全身の筋力、活力、生命力が膨れ上がっていく。自分の中に眠るエネルギーが呼び醒まされる感覚が全身をたぎる。
最大限まであらゆる力が高まる。――この瞬間、今までの人生のどんな時よりも生命力がみなぎっていた。
「こ、これは……」
ニヤリと笑うイヌヌ。
「これは僕がさっき仕掛けた魔法、『イナの心臓』だよ」
「あ、さっきのやつか!?」
「うん、イナの心臓は攻撃魔法じゃなくて状態魔法。瀕死状態の者の筋力や動体視力みたいな力の潜在能力を極限まで引き出す魔法だよ!」
テリヤが立ち上がる。
「イズミ! ここで奴を仕留めるぞ!!」
「――ッ! おう!」
振り返り、目を見開く魔王。
「貴様ら……まだ立ち上がるか……」
地面に包帯の右腕を突き立てるテリヤ。
「捕らえろ! アイスバーン=ネスト!!」
右腕から蒼黒に輝く氷が生じる。氷は一瞬で地面の石畳を駆け抜け、魔王の足を侵食する。逃げる間もなく蒼黒は下半身を封じ込めた。
驚きと焦燥の呻き声を漏らす魔王。
「エルハ! 行けるか!?」
俺の呼び掛けに頷くエルハ。
魔王から見て前方に俺、後方にエルハがいる。
俺は駆け出す。エルハも同様に駆け出す。俺たちは次第にその速度を速め、全速力で魔王に接近する。
魔王が、今日一番の焦りと絶望の表情を浮かべる。
「――――ヤメロオオォォォォオオ!!!!!!」
地響きのような悲鳴が上がる。
俺はガルムを構える。エルハは拳を構える。身動きの取れない魔王の目の前。俺は魔王の胸部にすべての力を振り絞ってガルムを打ち込む。エルハは助走の勢いに乗じて背中に拳を突き出す。
胸と背。前と後ろの両方から同時に襲い掛かった強烈な打撃に魔王の体は耐えられない。体に亀裂が走り、惨い音と共にその体は押し潰された。
砕けた氷の粒と魔王の血肉が飛び散る。赤い細氷。それらが気体に触れて、蒸発するように瞬く間に姿を消していく。
魔王が完全に霧散した。その場には、蒸発の際に生まれた淡い光の結晶が賞賛する、鋭い光沢のダイヤモンドトロフィーのみが残っていた。
俺はトロフィーを手に取る。トロフィーは体に溶けていってその姿を消した。
イヌヌの状態魔法「イナの心臓」の効果が切れる。一気に疲労感がよみがえり、俺は力なくその場に座り込んだ。
「旅人さ………………イズミ……どうしてここに?」
目の前に屈んだエルハが俺に尋ねる。
「どうしてって…………お前を助けに来たんだよ。おばさんに娘を助けてほしいって懇願されたからな。まあ、俺たちが来なくてもエルハなら自力で逃げ出せそうだったけどな」
俺は少々ぶっきらぼうに答える。
「私一人ではどうにも………………ありがとう……」
バツが悪そうにお礼するエルハ。俺が刺々しく返してしまったせいで後ろめたさを感じてしまったのかもしれない。
「いや、でも俺たちにはゲームをクリアするという目的もあったから――」
「やったねイズミ!!!!」
駆け寄ってきたイヌヌが俺の頭に飛びつく。
「イテッ! なんだよ離れろよイヌヌ!」
ケラケラと笑っているイヌヌ。今の死闘を切り抜けて、何でまだそんな元気なのか理解できない。疲労困憊の俺にその気力を分けてほしい…………
「じゃあ次のゲームのとこ行こっか!?」
「気が早えよ!」
「なんだ、もう行くのか?」
刀を地に突いて一歩一歩、重い足取りでこちらに歩むテリヤ。
「おう、テリヤ。お前が来てくれて助かったよ。魔王に勝てたのはお前のお陰だ」
「ああ…………だが、魔王を倒したのは俺だけの力ではないから、俺はまだ最強とは名乗れない。俺はもっと強く、一人でも魔王を倒せるくらい強くなりたい――――だから修行する。俺は村に帰って修行に励むぜ」
テリヤの村。俺たちが通った砂の村、「サウス・サラード」のことだろう。
「そっか。じゃあテリヤは南の方に行くのか――――イヌヌ。俺たちの次の目的地はどの方角にあるんだ?」
「西の方だよ!」
「俺たちは西か……。エルハは町に帰るのか?」
「私は…………私も西に用があるから……途中まで同行してもいいかな?」
小首を傾げるエルハ。
「ああ、決まりだな! 一緒に行こう!」
俺の返答に微笑むエルハ。
広間の大窓からオレンジの眩い朝日が射し込み、俺たち四人を照らし上げた。
俺は33種のゲームの内、二つ目のゲームをクリアした。
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