第1話 体ごと
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目覚まし時計の長針はとうの昔に折れてなくなってしまった。
ほこりくさいベッドから重たい体を起こす。目覚まし時計を見ると短針は11と12の間あたりを指している。淡い水色のカーテンの端からは目障りな日差しが漏れる。いつもと変わらない朝。
俺は痩せ細った足で立ち上がり窓際に近づき、カーテンの端をめくって外を覗く。
日差しに目が眩む。見慣れた住宅街、――――その上空を飛び交うのは夥しい数の飛行ドローン。ドローン下部から延びるアームがダンボール箱を掴んで飛行している。互いがぶつからないように一定の距離を保って規律正しく進む。規律正しくない人間様にはとても真似できない。
西暦2060年の現在、このAIが搭載された運送用飛行ドローンは人類が長い人類史の中で生み出した最も偉大な発明だと俺は思う。この飛行ドローンが俺のような平凡無才な人々のお家に生活必需品を届けてくれるお陰で、俺のような平凡無才な人々は半永久的にお家に引きこもっていられる。
飛行ドローンの普及で人々の生活は大きく変化した。すべての国民に生活で必要最低限の支援金を配る国の制度と相まって、長らく誰かと接することもなくひとり自宅に籠って生活する人が近年急激に増えている。俺もそんな自宅籠城民の一人だ。最後に家を出たのがいつだったかも覚えていない。
めくっていたカーテンから手を放し、振り向いて部屋を見渡す。簡素な机とベッド、その他諸々の家具と必要最低限のものだけ置かれた空間。この眺めにも見飽きたが、この家具配置が最も無駄を省いた生活ができるし、部屋の模様替えをするほどの気力もない。
机の上に配置された安物のパソコンとモニターの方に歩を進める。モニターの手前に置かれたダンボールに目が留まる。昨日配達されたものだ。すでに開封して中身は確認している。
乱雑に開かれたダンボール箱の中に骨張った両手を伸ばして中身を取り出す。出てきたものはおおよそ体重計くらいの大きさの機械と細かい文字が書き綴られたいくつかの書類。書類の一枚を手に取る。
紙の上部に『ブランチエデン社』の名がでかでかと刻まれている。
ブランチエデン社。ここ数年で、知らない人はいないほどに知名度と影響力を上げた大手ゲーム会社。今では世界で最も影響力のある3つの企業のうちの1つとされている。
これらの書類に綴られた長い長い文章を超短くまとめる。時代の流れとともに室内での娯楽に需要が高まり、そこをターゲットにブランチエデン社は『スノウポータル』という転送型ゲーム機を開発する。先ほどの体重計のような機械のことだ。このスノウポータルは人体を量子レベルに分解し、それをインターグラスというこの世界と並列する別世界に転送し、転送先で人体を再構成するという一連の作業を行う。
この世界と並列する世界、というのはにわかに信じがたいがどうやら実在するらしい。2049年、ブランチエデン社の研究により並列世界が発見される。この並列世界インターグラスの死の概念や物理法則を形成する世界構造はゲームの世界と酷似していた。そこに目を付けたブランチエデン社は、同年2049年にインターグラスのゲーム化に着手する。その10年後、2059年にゲームのアルファ版が完成、バグや未実装の要素もあるが、ゲームとして動作する状態になる。世界を丸ごとゲーム化して作られたこのゲーム、タイトルは『インターグラス2049』。
短くまとめようにも長くなってしまったが、ここまではネットで少し調べれば知れることだ。重要なのは複数あった書類の最後の一枚に記載された内容。
前半部分は、このインターグラス2049は精神のみならず肉体もゲーム世界に転送する、ゆえに既存のフルダイブ型のVRゲームより高尚だと自称するもの。その後に続く内容は、このスノウポータルを受け取った者にはインターグラス2049の世界に行ってゲームとして異常がないか調査してほしい、というものだった。ゲームのテストプレイをしろということだ。依頼を引き受けたものには報酬として10億円を支払うようだ。
普通の人なら次世代の新型ゲームをいち早くプレイできるうえに多額の報酬まで与えられるという話を持ち寄られて断ることはないだろう。俺は違う。どんな報酬を得られても疲れることは極力しない。理由は単純明快、めんどくさいからだ。
俺は書類をまとめてダンボールに投げ入れる。この新型ゲームとやらはいつかのゴミの日にでも捨ててやろう。そんなことより二度寝でもしよう。
俺はよれてぐちゃぐちゃになったベッドの方へ歩み寄る。
――ピッ
ん?
背後で空調の電源を入れた時のような音がする。
振り返るとスノウポータルの青いLEDライトが点灯している。ライトの光が強まっていくとともに弦楽器の音色のような安らかな旋律が流れ始める。
「電源が、勝手に入った………………ってなんだこれ!!!!」
下を見ると俺の足が細かい粒子状になって消滅し始めている。スノウポータルに吸い込まれてインターグラスに転送されているようだ。
――早く電源を……切らないと……。
スノウポータルに近づこうとするも、一歩踏み出すはずだった足がすでに消滅していて、鈍い音を立てて床に倒れる。顔から倒れて右頬を強打したが痛みは全く感じない。視界が暗く、狭くなっていく…………。
§
重い目蓋を開く。目を覚まして起き上がる。
辺りを見渡すとそこは今までいた自分の部屋ではないことは一瞬でわかった。黒い幕に覆われているかのような薄暗い空間。遠くまで広がる枯渇した大地。そこに枯れた花や小さい窪みが点在している。
「ここは…………」
――お目覚めですね。おはようございます。
「ッ! だ、誰だ!?」
淑やかな女性の声がこの広い空間全体に、脳内に響き渡る。
――インターグラスにようこそ。ここではご自身のアバターを作成していただきます。
「……やっぱりインターグラスに転送されちまったのか。元の世界に戻るにはどうしたらいいんだ」
――戻れません。
「…………は?」
――一度インターグラスに入ってしまったら任務を達成するまで元の世界に帰ることはできません。
「嘘……だろ……」
俺は膝から崩れ落ちる。視界が眩んで動機が止まらない。極寒の中に放り出されたかのような悪寒が全身を襲う。震えが止まらない。
――いや、そんなに絶望しないでください。あなたには任務としてインターグラス内にある33種類のゲームをクリアしてもらいます。それが達成できればこの世界から出るためのアイテムが手に入りますので。よろしくお願いします。
33……多すぎる……。俺のメンタルが耐えられるとは思えない。帰りたい。
――とりあえず、あなたにはまずアバター作成、キャラクリエイトをしていただきます。あなたがインターグラス内で生活する際の容姿になります。一度作成したら変更はできませんので慎重にお願いします。
目の前、空中に半透明の液晶画面が現れる。画面には顔や服などの選択項目が表示されている。これで自身の容姿を作成するらしい。試しに顔の項目を押してみる。
§
アバター作成を始めて10時間程経った。俺はいつの間にかキャラクリエイトにのめり込んでいた。時間や今置かれている現状なんか忘れてしまうほどに。そして、最高のキャラクターを創り上げた。
液晶画面のアバター登録ボタンを押す。「登録されました」と文字が表示されると、今度は画面が鏡になり自分の姿がそこに映し出される。
漆黒のコートに身に纏う長身の男がそこにいた。長めの黒髪に鋭い切れ長の目、深紅の瞳、通った鼻、一切のゆがみがない美しい輪郭。誰が見てもイケメンだというだろう。10時間かけて作成した最高傑作だ。
――アバター作成は終わったようですね。お疲れ様です。
再び女性の声が、天の声が聞こえる。
「ああ、待たせて悪かったな」
――これは眉目秀麗な出来栄えですね。ただ、凡庸で個性がありませんね。100点中40点といったとこでしょうか。
「採点しなくていいわ!しかも辛口だし」
――では、私なりのアレンジを加えますね。
「え?…………ッグ!!」
全身に、皮膚の内側で虫が這いずるような不快な違和感が走る。同時に液晶画面に映った自分の姿が波打つように歪みだす。
「ッ! なんなんだ……」
高熱にうなされる倦怠感とともに自分の体の形が変化していく。押し潰されるように身長は低くなり、黒髪はピンクに染まる。後頭部の一部の髪の毛が伸びてそれが編み込まれ、頭上に三つ編みの冠が出来上がる。顔の造形はぼんやりしたものになっていく。身に纏っていたコートは繊維状にほどけて別の姿に形を変える。サイズの大きいだぼだぼの黒いTシャツと、同じく大きめの赤いサルエルパンツに変化した。Tシャツには白字で大きく「無職」の二文字が刻まれる。
全身を襲っていた倦怠感が治まる。
――はい、こんなところでしょうか。
「ふざけんな! アレンジとかするなら最初からキャラ作成なんてさせんな!」
――喜んでいただけたようですね。よかったです。
「話聞いてんのか?」
――それではあなたの任務の説明をします。
「聞いてないな」
――先ほど申し上げたように、あなたにはこのインターグラス内にある33種類のゲームをクリアしていただきます。各ゲームをクリアすると『ダイヤモンドトロフィー』が手に入るので、そのトロフィーを33個集めていただきたいです。トロフィーがあなたのいた世界、『アース』に戻るためのカギとなります。
「全33種のゲームをクリアしなきゃいけない……か」
――はい。最後に、これを差し上げます。
空から小さい金属塊のようなものが落ちてくる。地に落ちたそれをつまんで拾う。それはボールペンサイズの小さいハンマーだった。プラモデルのパーツのような、釘を打つことも出来ないなんとも頼りない銀色のハンマーだ。
――そのハンマーの名は『ガルム=パンク』。バグやエラーを修正できるハンマーです。困ったことがあればたいていそれで解決できると思います。
俺はガルムと呼ばれたハンマーをズボンのポケットに押し込む。
――それでは……あ、最後にあなたに名前を授けます。あなたの名はイズミ。それでは、テストプレイをよろしくお願いします。イズミ。
天の声の話が終わると猛烈な睡魔に襲われる。ただでさえ暗かった周囲の景色がより暗くなっていく。俺は静かに意識を手放した。
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