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死んだ初恋の人に出会った話

作者: アオイスミレ

ある冬の日だった。

大学から家に帰る道中,街中を歩いていたら俺の方に向かって白いコートを着た一人の女が親し気に手を振っていた。

人違いだろうと思って無視していたのだが,女は段々と俺の方に近づくと共に「さっき目があった,無視しないでよ!」と拗ねたように言って,間違いなく俺の方に近づいてくる。


「すみません,俺じゃないと思いました」


流石に逃げきれないと思い言い訳をしつつ女の方を見てみると,女の正体は俺が中学の頃から高校を卒業するまで思いを寄せていた麻丘柚月あさおかゆづきだった。


「本当久しぶりね!高校卒業振りかしら?」


柚月は2年前と変わらない愛らしい微笑みを見せて俺との再会を喜ぶ。だけど,何かおかしい気がした。

柚月は初めて出会った中学の時から白人顔負けの肌の白さだったが,2年振りに見た柚月の肌はいつもの白色とは違う少し透明がかった白なのだ。


「ねえ,話聞いてる?」


戸惑う俺に見向きもしない,柚月は「どうかしたの?」と言わんばかりの表情を浮かべて俺の顔色を伺う。


「えっ,なんて?」

「だから,会うの高校卒業して以来だねって!!」

「高校卒業......以来?」

「そうじゃない?それともそれ以降も会ったことあるっけ?」


「あぁ,なかったかも。......ごめん,ちょっと思い出させてくれ」


そう言って俺は目の前に起きた出来事について考えた。


考え事って言うのはシンプルで,大学生になる前の記憶を蘇らせたのだ。間違いない,柚月は高校を卒業してすぐ家が火事になって亡くなっているはずだ。なのに何故,どうして柚月がここに.......


そう思うと俺は生まれて初めて『幽霊』というものの正体を信じざる得なかった。


「考え事か......久しぶりの再会なのに考え事をしてるのは少し傷つくなー」


柚月は少し頬を膨らませて俺の方をじっと見る


「そうだよな,せっかく柚月に会ったのにごめん」

「仕方ないなー,謝ってくれたなら許す!」


俺の謝罪に柚月は笑顔で答えた。

怒ったと思えばすぐに笑顔を取り戻す......こいつは相変わらず忙しいやつだ。


2月上旬の寒さが肌に堪えたのか,柚月の顔からいったん笑顔が消えた。そして白いブーツをくるりと右に回し,遠くでL時になって間もない時計台を見るや話を始める


「ねえ,これから用事ある?」

「いや特に無いけど......」


「じゃあさじゃあさ,今から何処か遊びに行かない?」

「どこかって例えば?」


「んーっ,久しぶりに遊園地とか?」

「流石に今からじゃ無理だろ......」


「それじゃあ動物園!!」

「いや,俺動物アレルギーだし......それに今から向かったってすぐに閉園になるぞ」


「それじゃあ映画館!!」

「ごめん,最近の映画殆ど観たわ」


「えーっ!!そんなー......このままだと何処にも遊びに行けないよ」


相当『どこか』に遊びにいきたいのだろう,柚月はオモチャをねだる子供のように悲しい顔をして俺を見つめる。



「そんな顔しないでくれよ」

「だって,何処にも遊びに行けないんだもん」

「そう言われてもだな......」


今にも泣きそうな柚月を前に焦った俺は必死に辺りを見回した。すると喫茶店の前に貼られている小さな紙が目に止まる


「なぁ柚月,今から水族館行かないか?」

「えっ水族館?」

「うん。この水族館なら夜の20時までやってるし,それに毛のある生き物も少ないから遊びに行けるぞ!」


「本当!水族館なんて久しぶり,行きましょ!!」


柚月の生き物好きは相変わらずのようだ。

嬉しそうに微笑みながら俺に手招きし「ほらっ早く!」と足早に駅へと走り出した。






「うわーっ,相変わらず変わってないね!!」


電車に揺られ最寄駅から少し歩いた先,見覚えのある大きな建物に着いた。 『港島水族館』 この辺りにある動物園や水族館の中でも最大の規模を誇る超大型の生物展示施設だ。



水族館に来て俺たちが最初に触れた話題は空についてだった。


「見て見て!!白い月が出てるよ!」


黒髪ボブの少女は白い指先を空へ向けた。

午後4時の空には昼間のような明るい雰囲気はすっかりなくなっており空色がだいぶ落ち着いていた。そして,そこに一つの白い満月が隣の雲に擬態するかのように浮かんでいる


「もう出てるのか。いつの間にか季節も変わったんだな」

「そうだねー,時が過ぎるのは早いもんだよね」


そんな話をしているとチケット売り場に到着した。

人1人が入るのがやっとであろう窓口を前に俺は一つ柚月に提案をする。


「今からチケット買ってくるから柚月はここで待っててくれ」

「いやよ,私も行く!」

「いやいいよ......」

「だって私の分まで買おうとしてるでしょ!電車で切符買う時と同じこと言ってる」


「でも......」「女の子に奢らない男は酷い扱いを受けるって?」「......」


柚月の一言に俺は黙り込んでしまった。どうやら彼女の必死の発言に言葉が出なくなったらしい


「あのね,私は君といつでも対等ない関係でいたいの。つまらないプライドとか情とかで左右されないそんな関係でいたい,だから私の分は私が払う。良いでしょ?」


「......うん,分かった」

「それじゃ行ってくるね!」


喉元まで出た言葉を出す事なく,反論できなかった俺を柚月は気にかける事はなかったようだ。

言葉を飲み込むと同時に柚月の方に意識を向ける。瞳の向こうには売り切れると言わんばかりに一人チケット売り場へと駆け込み店員に話しかける姿が映った。



「チケット買ったよ!」


「そうか。......なぁ柚月,チケット買う時に違和感なかったか?」


「違和感?」

「なんかその,対応が少し変だったとか?」

「いや,そんなことなかったけど......」


「そうか,そういえば柚月って今バイトしてるのか?」


「うんうん今はしてないよ。だけどバイトのお金はずっと貯めてたしここだけの話,結構残ってるんだ!!」

「そうなんだ」「さっきから変な質問ばかりしてるけど,どうしたの?」


勢い余って突っ込んだ質問を繰り返してしまった。自分でもどんな表情を浮かべているのか分からない中,柚月から当然ながらも答えづらい質問がとんできてしまう。


不思議に思ったんだ。

柚月は電車に乗るときの乗車券や水族館のチケットを買う時,確かに自分の財布からお金を出してそれらを買っている。それは機械相手でも人間相手でも変わらない


「いや,ちょっと気になっ」「あっ,分かった!!さては私に何か奢ってもらおうって策だな?」


もちろん俺の気持ちを察する事なんてできず,柚月は彼女らしい楽観的な推理を自慢げにお披露目する。全くの見当違いだ,不正解も甚だしい


「......バレたか」

「『お金残ってる』って言った途端に奢ってもらおうだなんて,相変わらず小学生みたい!」

「......なんで奢ってほしいことが分かったんだよ」


「もちろん分かるよ,だって君のことよく知ってるもん!!」


「よく知ってる......か」


「そんなことより,君も早くチケット買って水族館入りましょ?」

「うん,今から買ってくるから先に中に入っていて」

「分かった!!」


柚月はスキップをしながら水族館の中に入る。

柚月が何故ここにいるのかは分からないが,どうやら俺を含む他人からは普通の女の子に見えているみたいだ。

俺は柚月について悩む事を諦めた。ただ一つ『時が来たら答えを出そう』と自分に言い聞かせつつ柚月の元へ向かった。






水族館に入ってすぐトンネルが現れた。中に入るとそこには沢山の魚がトンネルの周りを悠々と泳いでいた


「うわーっ,凄い迫力!!」


開始早々,柚月は満足しているようだ。分厚いガラスに華奢な手をそっとつけ,子供のように目を輝かせながら水槽を眺める


「なんか私たちが飾られているみたいだね!!」

「そうだな,観てるっていうより観られてるって感じが強いというか」

「そうそう!私たちお金払ってお魚に観て貰ってるみたいだよね!」


トンネルを抜けた後も柚月の歩みは止まることを知らなかった。『深海生物コーナー』『ジャングルの魚コーナー』『南極生物コーナー』...... 様々な施設を駆け巡り水族館を満喫する。






水族館を一通り見回した俺たちは大水槽にたどり着いた。

キリがいいと思ったのか,柚月は力尽きたかのようにベンチに腰をかける


「歩き疲れちゃった,ちょっと座ろ」

「この歳になって無計画に動き回るのは柚月くらいだぞ」

「仕方ないじゃん。だって好きな生き物が沢山いるんだよ?」

「お前は子供か......」


「そんなこと言わないでよー!ほらっ君もここ座って話そ?」


呆れながらも笑う俺を見て楽しくなったのか柚月はベンチを優しく叩き,話をしようと言い出した


「それじゃ失礼しようかな」


座るつもりは無かったのだが,幸せそうに笑う柚月の顔に耐えられず,俺は柚月に言われるがままにベンチに座る


「座って見てみると更に迫力が増すもんだね。私,こっちの方が好きかも」


その言葉を最後に俺達はしばらくの間黙って水槽を眺めていた。

沈黙を言い訳に,俺は横にいる柚月の顔を見ようと顔を傾けた。すると小さな魚を纏った大水槽を前に瞳を輝かせる明るい少女の姿が,俺の視界には儚げに映った



「......どうしたの?私の顔に何か付いてた?」


俺の視線に気がついた柚月は,恥ずかしそうに俺の目を見て質問を投げる


「いや,別に......」

「そう?なら良かった!」


戸惑いながらの俺の答えに柚月は優しく微笑み再び水槽に目を向ける。顔も仕草も時々みせる照れた姿も,全てあの頃と変わらず綺麗なままだった。

そんな柚月を前にして,『どうしてここにいるのか』『お前は2年前に死んだはずだ』なんて悲しい言葉を言い出すことはできなかった。


悠々と泳ぐ魚たちを前に,俺たちの時間は静止画のように止まる。静かな空間に取り残された中,空気を壊すのを恐れているかのように柚月の言葉が館内に静かに響く


「奇跡だよね......会った時は堂々としてたけど本当はね,もう君と会えないって思ってたの。今君とここにいる事が不思議に思えるよ」


この言葉に心が締め付けられた。柚月の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ


「......少し大袈裟じゃないか?」


「そうか......そうだよね。 君と仲のいい子から聞いたんだけど,君は地元の大学に行ったんでしょ?私は地元から遠い大学に進学する事になってたから,卒業したらもう街中でばったり会うことなんてないって勝手に思ってたの」



柚月のこの言葉で昔の記憶がおぼろげに蘇ってきた。そう,あれは高校3年の夏休みに入る前の時の話だ。


帰りの道中に柚月から突然『私と一緒の大学に行かないか』という提案をされた事があった。

当時は遠くの大学だったという事,そして柚月の行く大学に進学するには相当な努力をしないといけなかった事から『行けたらいいな』と言って話をはぐらかした事があった。



「柚月の大学ってここから随分遠い所だっけ?」

「うん,だからこそあの時は相当焦ってたというか,『もう会えないかも』なんてネガティブなことばかり考えてたの」


「......柚月は会いたかったのか?高校卒業してからも」


俺は結論を急ぐかのように質問を投げてしまった。

もちろん,いきなり問われても困る変な質問をしているのは分かっている。しかし,彼女は今どう思っているのかが知りたくなってしまったのだ


「そりゃそうだよ,君とは中学の頃から一緒にいたんだから会えなくなるのは寂しいよ」

「......もしも俺が柚月と同じ大学に進学してたら,柚月は俺と何かしたい事でもあったのか?」

「うん,沢山あったよ」

「例えば?」

「......それは言わない!! っていうか今更言っても仕方ないよ......だって今となっては叶わない事なんだから」


「それはそうだけど......」「よし,もうこの話はおしまい!!」


言葉が詰まった俺に考えさせる隙を与えることなく,柚月は勢いよく立ち上がり話の幕を閉じた。


「ねぇ,閉館までの間にもう一回だけ館内周れるかな?多分,次がさいごの一周になるから」


「最後の一周か......」


時計を見ると時刻は18時30分ちょうどを示している。止まることなく館内を一周するのなら閉館する20時までにはギリギリ間に合うだろう


「......やっぱりやめとこっか!なんか周るの大変そうだし,帰るの遅れて職員さんに怒られるのいやだよね?」

「そんなことない。一周なんて言わずに閉まるまで周ろうよ」


「いいの?......周ってくれるの?」

「お互い2度と戻れない思い出になるんだ。その中でくらいせめて君と一緒にいたって良いだろ?」


咄嗟に出てきた言葉に嘘はなかった。形そのまま出してしまった言葉に恥じらいを覚えつつ,温かいベンチから勢いよく立ち上がるや俺は柚月に手を差し伸べる


「まだ少し疲れてるんだろ?今からは手を繋いで周らないか?」


「......なんでまだ疲れてることが分かったの?」

「もちろん分かるさ,だって柚月のことよく知ってるんだから」


「よく知ってる......ね」


自慢げに答える俺を見た柚月はくすりと笑ってくれた。そして小さい手で俺の手を固く握り答えを出す


「それじゃお言葉に甘えて,心ゆくまであなたの手握らせてもらおうかな!!」


俺は柚月の冷たい手を温めるように握り,最後の水族館デートを二人で存分に満喫するべく大水槽を後にした。






「いやだ!まだここにいたい!!」


19時58分の館内でアナウンスが流れる中,出口付近での出来事だった。

出口に差しかかった所で男の子が母親から手を離し駄々をこねていた。



「ダメよ,もう帰らなくちゃ」

「いやだいやだ!!」

「......分かった,じゃあまた来年もここに来ようね。だから今日はもう帰りましょ?」


「......うん」


母親の優しい説得が心を動かしたのか,子供は泣くのをやめて母親の手を握る。


「絶対だからね?」

「うん,絶対だよ」


母親も子供の気持ちに応えるかのように手を握り,二人は水族館を後にした。

親子たちが去った後,柚月は俺の手を強く握りだした。


「......ねぇ」

「どうした?」


「もしも......もしもの話だよ?私が『まだここにいたい』って泣いたら君はどうしてくれる?」


「どうするか......」


声を震わせながらの突然の問いかけに一瞬驚いた。しかし,涙を堪えている柚月が見えた時,俺は答えを出さずにはいられなかった。


「おれは......俺はきっと柚月にハンカチを渡す。そして柚月に言うと思う。『さいごぐらいは笑った顔を見て別れたい』って」


「......そうか」


柚月は俺の答えを聞いて少し嬉しそうな顔をしてみせた。だけど,心なしか沈痛な面持ちをしているようにもみえた。


「君らしい,良い答えだね」

「そうか,ありがとう」


そうして俺たちの水族館デートは静かに終わりを迎えた。



水族館をでてからも暫くはお互いに黙り込む時間が続いた。

過去を話すことも未来を語ることもなく,ただ黙々とくれまどう街を2人でゆっくりと歩いていた。

水族館を出て最初に現れる信号に引っかかった時だった。や柚月はふと何かを思い出したかのような顔で口を開いた


「私用事あるんだった,もういかなくちゃ」


「用事か......もう帰るのか?」

「うん!君と沢山の思い出を作れたし,すごく幸せだったよ!!」

「......そうか」

「それじゃまたいつか会おうね!!」


枝から離れる落葉のように柚月はゆっくり俺の手を離した。そして季節の鳥が北に羽ばたくように,駆け足で俺の側を離れていく。



「ばいばい!!」


信号機から随分離れ,駅に近づいた時だった。柚月は振り向いて右手を大きく振り嬉しそうに微笑んだ。


俺は柚月の笑顔を撮るように瞬きをした。しかし,開いた瞼の先に柚月の姿はどこにも見当たらなかった。まるで今までの出来事が全て夢だったように俺の心にはぽっかりと穴が空く


記憶越しに見た柚月の姿や2人で話した会話の内容,そして最後に見た柚月の美しくも儚い笑顔はこれから先,二度と消えてしまうことのない大切な思い出になるのだろう。



「じゃあな,柚月」


白く輝く綺麗な満月に見守られ,俺は初恋に別れを告げてこの場を後にした。




ご視聴ありがとうございました!

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