第6話 ブリーフィング
―3日目・セントラル基地
翌日から俺達は、敵がうろついているスポットを掃討したり、ジャッカルの連中から奴隷にように、こき使われている市民を助けたり…。
それでもレベルやドロップは大した成果はなかった。
ただ、レベル共有は、共に行動している仲間のみに表示されていることはわかった。
でも―
「メビウス隊員、ありがとう」
「あなた達、他には何人いるの?みんな感謝してるわ」
避難している市民達から礼を言われるようになった。
「サイバーテック社は無事、市民の居住区になったみたいね」
ソフィアが市民に手を振りながら話しかけてくる。
「ああ、屋上で菜園までつくるそうだ。この基地から近い
から俺達も護衛できるけど、敵はまたあそこを奪いに
来るんじゃないか?」
「聞いてないの?あの戦闘の後で、避難民の中から元警官
や退役軍人が名乗り出て、市民兵を設立するって話」
「知って…聞いたよ、でもろくな装備もないだろう?」
ゲームじゃこの市民兵、普通にTシャツにスラックスでハンドガンを撃つだけだった。
防具を装着してマシンガン持った無法者に何度も撃ち殺されてたが…。
「私達が倒した敵の防具や武器を提供するみたいよ。弾薬
ならここでつくれるし、少しずつ防衛力を高めてセーフ
エリアにしていくみたい」
なるほど、道理でPVSでドロップした防具を再確認しようとした時に出てこなかったわけだ。
治療を受けた後、地下の武器庫を確かめると、見覚えのある銃器に防具が補充されていた。
俺がいらないと選択した防具や武器は、自動的に保管庫に移動するということか。
「そろそろ上に行くわよ、オルセンからブリーフィングが
あるの。聞いてるでしょ?」
「ああ、次のミッションでもあるのか?」
「さあね、でもこのところイーストサイドばかり見回ってい
たから、何かあればわかるわよね」
最初のミッションではファストトラベルが使えたが、どうもこの世界はゲームと若干違うらしい。
地形や建物、地図の表記が違うし、自分でも巡回しているときに直に確認していた。
ブリーフィングルームに入ると、マイク、ニック、ジェシカの他に複数人の隊員が勢揃いしている。
中央の机上大型ディスプレイを睨みながらオルセンが待っていた。
正直、オルセンというキャラは好きじゃない。ゲームでは無線で指示を飛ばしてくるだけで戦闘には一切参加しない指揮官だ。
話し方は温和だが、もし戦闘になった時は絶対に役に立たないと思いながらプレイしていた。それよりも、俺はなぜかこの場にいる愛しのリナをチラ見していた。
「集まったな、先日はご苦労だった。我々も少しずつだが
体制が整いつつある。ここにいない隊員も、通信でこの話
を聞いている」
イヤホンにもオルセンの声が入ってくる。目の前にいるのにおっさんの声が二か所から聞こえるのはなんだか嫌なので切っておこう。
「まずはこの司令部だ。皆に紹介しておく、各セクション
のチーフだ。偵察ドローン操作班のジェーン、装備配給
班のハリー、メディック班のリナだ」
リナの名前が出ると、彼女はこっちに向かって小さく手を振る。トゥンクだ、またトゥンクがきた。
「サイバーテック社のあるイーストサイド、この辺りは先
の基地奪還後に伝えた通り、ジャッカルという組織が支配
している。まずはここを攻撃する」
「連中を残らず殲滅するってことか?」
いつも落ち着きのないマイクが尋ねる。
「ああ、この基地を起点にして、少しずつ街を避難民が安全
に暮らせるエリアを拡大していく」
「だが、そう簡単にいくのか?ジャッカルだけじゃない、
“ワイルドファイア”という組織の存在。その上この基地
だって、四方からいつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない」
真面目なイケメンニックも口を開く。『メビウス』と相違点はあるものの、大まかな流れは知ってる俺はジーっとリナを見ていたいところだが、ソフィアの視線も感じるので、スキンヘッドのおっさんの顔を見ていることにしよう。
「幸い、本土決戦後に散らばっていたメビウスの隊員も
こちらへ合流しつつある。とりあえずこの基地の防衛に
ついては問題ない。ワイルドファイアについてはまだ
拠点がはっきりしていないが、君達が持ち帰ってくれ
た情報に、ジャッカルの幹部の情報があった」
ピッ
机上ディスプレイに数人の顔写真が映される。
「奴等の幹部は不名誉除隊になった元軍人や特殊部隊にいた
者達だ」
「そいつらに下っ端の連中は銃器の使い方を教わっていたのね」
生真面目コンビのもう一人、ジェシカが納得したように言う。
「ああ、とにかく現状では今ある情報をもとに動くしかない。
ジャッカルは小規模で荒くれ者の集団だが、だからこそ
何をしでかすかわからない」
「オルセン、ここまで話すってことは、ジャッカルの本拠地
はわかったのか?」
「イーストサイド…北東にある科学技術センターだ。ジェーン
がこれから偵察ドローンで情報を集める。準備ができ次第、
潜入、殲滅を目的とした作戦を開始する。備えておいて
くれ」
科学技術センター…。
PVSで確認はできるが、俺の知らない場所だ。
名前からして嫌な予感がする。
「それから、ハリー達装備補給班から、物資の調達をして
もらった。装備のカスタマイズが増えたから、各々自分に
合った装備を準備してくれ」
武器MODのことか、それは楽しみだ。ブリーフィングを終えると、早速ハリーに支給されたパーツを確認する。相変わらず、俺の場合はPVSに選択項目とMOD変更による数値の変化が表示された。
アイテムボックスの前で、セミオートライフル“ゲイズ・ヘル”に合ったMODを選択するとスコープとバレル、拡張マガジンが追加されたことがわかる。
◆拡張マガジンの入手により保有弾数上限がUPしました
またか…“俺にしか見えないPVS”の表示は、作戦後のPVS記録を他のデバイスで再生しても表れなかった。この表示はPVSによるものではなく、他の何かなのだろうか。
「そのライフル、使うのか?」
イケメンのニックが声をかけてくる。
マイクもニックも話しているといい奴だ。
例えば、ゲームにはないプライベートな時間。トイレやシャワーの場所がわからずに、オロオロしている俺を見かけると、「一緒に行こうぜ」と案内してくれる。
ニックは地下の射撃場で訓練をしようと誘ってくる。設定上新兵ということだが、聞けばニックは正規軍に配属されていた経験もあり、何度も敵の奇襲に遭ったことから、準備は入念に行う癖がついているようだ。
「ああ、なんだか手に馴染むんだよ。」
「PVSの記録を見たが、ラウルのクイックショットは圧巻
だったな、どこで覚えた?」
クイックショット…戦闘中に、俺が銃の選択をすることで変化させていることか。どうやら、他の皆には、咄嗟に銃を持ち替えているように見えていたのだろう。
「あ、あれか…なりふり構わず銃を持ち換えてたつもりだった
んだけど、上手く見えたならよかった」
辻褄を合わせておこう。銃が変化したんだ、なんて言ったら頭がおかしくなったと思われて医療室行き。そこでリナに変な奴だなんて思われたら、この先どうやって生きていけばいいんだ。
「あんなに敵の武器を奪っても、体の動きは重くならないのか?」
「敵の数が多かったからな、念には念を入れた。でも、
今後はどうかな…結構反省してるよ」
ニックに話し返しながら、頭の中で振り替えってみると、戦闘中ドロップした後のダッシュは遅くなっていたし、身体の動きは重くなっていた。
ドロップした武器に変化させられるといっても、背中にマウントできるメインウェポンを変更できるだけで、なんでも全て回収してしまえば重さで動けなくなってしまう。
あくまでも最初のミッションは、
“敵がどこにいて”、
“増援が来て”、
“こんな反応をしてくる”、
ということばかりに頭がいって、考えが及ばなかった。
実戦が始まってからレベル表示や、仕様の違いに気づいたのは、リスクでもあったわけだ。
「なあラウル、メビウスに配属されたのはソフィアやマイク
と一緒だったよな、結成時の顔合わせも一緒だったって?」
「そうだけど?」
そう言われると、また都合よく結成時の記憶が入り込んでくる。これは偽物だ、俺の記憶じゃない。
それだけはわかっているが、こういう会話の時は都合がいい。
「そうか、どうやらメビウスっていうのはそれぞれ別の時期、
別の場所でかき集められたようだな。俺の知ってる隊員は
ジェシカ以外ここにはいない」
「そうなのか?」
「ああ、実際に俺と顔を合わせたのは、この基地奪還戦の時
にそれぞれ集まった時だっただろう?」
また記憶がなだれ込んでくる。薄暗い部屋で十数人が集まり、上官から説明を受ける光景だ。
「そうだった。でも、なんでそんな話を?」
「俺が顔合わせの時に、一人雰囲気が違う奴がいたんだ。
俺は正規軍に半年ほど所属していたが、戦場を知っている
ような顔つきだった。でも、話すとおどけているというか、
よく理解しているかはっきりしない感じで…今思うと
ラウル、お前によく似ていたよ」
「え?」
「彼は戦場も経験しているようだった、俺よりも腕は確実に
上だっていうのはわかる。訓練も一緒にしたからな。ただ、
動きが…俺の動きを事前に知っているようなあの動き…
間違いなく経験値が違う」
ニックが話していることは俺にとって重要なことだ。もし、その人物が俺のように『メビウス』に似た世界に迷い込んだプレイヤーだったとしたら?
『メビウス』にはそんな入隊時のエピソードはなかった。それでも、俺とは違う異世界の日本から来たプレイヤーかもしれない。そんなアニメは俺も見たことがある。
「その人の名前は?」
「あ?ああ、たしかコードネームはジェイコブ…。腕が上なの
は当然かもな、明らかに俺より年上って顔だったし」
「え、そういえばニックの歳って…?」
「記録にあるだろ?28だ」
「そ、そうか…」
なんて美形の28歳だろう。ニックパイセンと心の中で呼ばせてもらおう。
ニックは自分の作業を終えると、巡回のシフト交代へ向かった。武器のカスタマイズは面白い。組み合わせで変わるステータス、敵との相性や優位性を想像するとワクワクする。
「でも―」
俺、人を撃ち殺したんだよな…。
死体は消えなかったし、任意でできたミッションのリプレイはできない。
この世界はリアルタイムでやり直しがきかないということだ。
「人を撃てる奴は、撃たれる覚悟の―か…」
いつだったか、どこでだったかは思い出せないが、何かのアニメで聞いた言葉を思い出す。
「ねえ、ちょっといい?」
ソフィアが、ちょっとトイレに来いよって目つきで話しかけてくる。彼女は美人でスタイルもいい。
一般人なら俺がトゥンクしてるリナよりも、多くの人が彼女を選ぶくらい、文句なしの女性だ。少なくとも外見は…。
俺から見ても美人には間違いないが、彼女にはよく睨まれる上に、その目つきが恐ろしく怖い。
かといって、手下に「顔はやめてボディにしな」、なんて言うタイプではないだろう。
体育館裏に呼び出して、自らボディブローを仕掛けてくるタイプだと思う。
そして、絶対にそのボディブローは痛いだろう。
特に中年の俺―
―キィィィィィィン!―
また…金切り音。とっさに頭を押さえる。痛みはないが、この音はうざったい。
「ちょっと、どうしたの?まだ何もしてないのに!?」
え、“まだ”って言いました?姐さん…。
「カスタマイズにすっかり夢中になっちゃったよ、ごめん。
で…何の話?」
「こっちに来て」
ああ、やっぱトイレじゃなくて体育館裏の方か…何の呼び出しだろう。