カセットテープ
*1000文字以下の超短編小説。なろうラジオ大賞応募のために書きました。募集テーマの中から選んだお題は「カセットテープ」
「お母さん!これなに?」
家族総出で引っ越しの荷造りをしている時に娘の茉奈から尋ねられて、私は顔を上げた。
茉奈が握っているのは古いカセットテープだ。
「ああ、それはカセットテープって言ってね。お母さんが若い頃に使っていたのよ。それで音楽を聴いたり、録音したりしたんだよ」
「へぇ~、こんなのに録音できるの?何で録音するの?」
生まれた時には既にCDすら古臭い存在になっていた娘からするとカセットテープなんて旧時代の遺物のように思えるだろう。
「カセットデッキっていうのがあってね。それで録音できたんだよ。お父さんとお母さんは結婚する前に遠距離恋愛していてね。電話代が高かったから、それに声を録音してお互いに郵送していたんだ。交換日記の音声版みたいな感じかな」
「へぇ、交換日記ねえ。レトロだね」
娘の世代でも一応『交換日記』の意味は分かるらしい。
「ねえ、カセットテープに録音されているの、聴けないのかな?」
娘の言葉に私は首を傾げた。
「古いカセットデッキを捨てた記憶はないから、もしかしたら物置の奥にまだあるかもしれないけど・・・」
「探してくる!」
携帯でカセットデッキの形状をググりながら走り去る娘はもう大学生だ。
驚くことに娘は本当にカセットデッキを物置の奥深くからみつけてきた。
「ねぇ、聞いてみようよ!」
「はいはい」
笑いながらカセットデッキの電源を入れて、カセットテープを入れる。再生ボタンを押すとざざざざという雑音の後に、ガサガサする音がして、懐かしい夫の声が流れてきた。
「お父さんの声だ!」
茉奈の目がまん丸く見開かれた。
でも、古いせいか音がはっきり聞こえない。ところどころ聞きづらい箇所がある。
『・・月が明るく・・夜中に・・帰り道に・・』
「なに言ってるのかな?」
娘は怪訝そうにしているが、私はこのテープを昔何十回も繰り返し聴いたからよく覚えている。
「月が明るかったから、お父さんが夜中に散歩に出たんだよ。そうしたら・・・」
『・・どうしても会いたくて、月を見ながら泣いちゃったんだ。君も同じ月を見ているのかな?心が痛いほど恋しい気持ちを初めて覚えたよ』
その部分だけ明瞭に聞こえて思わず頬が熱くなる。
「お父さん、ロマンチックだったんだね」
「うん。これでも熱愛だったんだよ」
私が言うと茉奈は泣き笑いの表情を浮かべた。
(夫の位牌も包まないと)
気がつくと私の頬は濡れていた。