第157話 Aランク冒険者昇格とカッターからの逃避行
風宮のダンジョンから冒険者ギルドに着いたのは夜遅くになった。
僕たちが冒険者ギルドに入ると周囲は固唾を飲んでこちらを窺っている。
僕が右拳を上げると大歓声が起きた。
前人未到のAランク冒険者誕生を冒険者達も期待していたようだ。
ダンジョン制覇メダルとギルドカードを受付に渡して処理してもらう。
黄金製のカードから黒色のカードに変わった。材質はわからなかった。
これでAランク冒険者だ。
そう思うと感慨深い。
ギルドの中は盛り上がっている。そのまま祝勝会に変わっていった。
ヴィア主任もスカーフを頭から外して宴会の中心となって楽しんでいる。
僕は隅のほうでフルーツジュースを飲んでいた。隣りにカッター支部のハートさんが座ってきた。
「それにしても君達は凄いな。簡単に風宮のダンジョンを制覇してしまった。台風馬は強くなかったのか?」
「武器の相性でしょうね。金属性の武器なら簡単に倒せましたよ。それでも剣術のレベルが高くないと駄目でしょうけど」
「金属性の武器か……。君達はダンジョンの宝箱から出た武器を売るつもりは無いのかい? 結構な値段になると思うよ」
売るとミカがうるさそうだ。
「パーティメンバーの1人が売るのを反対しているんです。同じ装備を使われるのがファッション的に許せないみたいで。お金には困ってないので売るのはやめてますね」
「それは残念だな。それだけ強い武器なら魔石の回収も捗るんだが」
「落ち着いたら、クランを作ろうかって話もあるんですよ。その場合はダンジョン産の装備で揃えるそうですよ」
クランは冒険者が多数集まってチームを作るものだ。
「おぉそうなのか! もし君達がクランを作るような時があったらカッターでの活動もお願いするぞ」
カッターにエルフが入れないのは相当マイナスだよね。そう思い口を開く。
「個人的な感情ですが、カッターはエルフ排斥運動があるのであまり寄りたい街ではないんですよね」
「そっか……。エルフ排斥運動は今から30年ほど前から始まったからな。私の小さい時だった。エルフ排斥運動が始まる前は街中で結構エルフがいたもんだ。私も隣りに住んでいたエルフのお姉さんに懐いていたからな。今から時は戻せない。少しでも良い方向にしないとな」
そう言ってハートさんは僕の隣りから離れていく。
入れ替わりにミカが僕の隣りに座った。軽く酔っ払っているようだ。
「アキくん、学校卒業したらクラン作ろう! 皆んなで装備を同じにするの! 私、仲間がもっといっぱい欲しくなっちゃった!」
「そうだね。いっぱい仲間を作って楽しむ事ができれば良いね」
頬をほんのり赤くするミカに僕は静かに答えていた。
宴はまだまだ続きそうだ。ミカと先に帰るとしよう。
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【9月5日】
今日は1日休みにした。昨日の祝勝会が朝方まで続いたからだ。
ヴィア主任とサイドさんは最後まで楽しんでいたようで、まだ寝ている。
僕はリビングで古い【白狼伝説】を古い文法に難儀しながらも読んでいた。
大きな醜気溜まりから発生した黄龍。強さは圧倒的だった。
本に集中していると来客があった。
エアール公爵家の人で50歳くらいの緑髪の男性だ。
リビングに通して話を聞く事にする。
エアール公爵家の人が話を始める。
「貴方方にエアール公爵家宗主であるザンダル・エアール様のお言葉を伝えにきました」
何か凄く上から目線な印象を受ける。僕は無言で話の続きを聞く。
「Aランク冒険者に昇格した貴方方の面会を許可するとザンダル様がおっしゃっております。直ちに用意をして屋敷まで来てください」
面会の許可!? 直ちに!?
何を言ってるのこの人?
「誠に申し訳ございませんが、面会するつもりはありませんけど」
「貴方は何を言っているのですか! ザンダル様が面会の許可を与えているのですよ! それを断るなんてあり得ない事と思いなさい!」
そう言われてもなぁ。
エルフ排斥運動の中心がエアール公爵家だよな。やっぱり断ろう。
「ありがたい申し出ですが、今回はお断りさせていただきます」
エアール公爵家の使いの人は顔を赤くして怒り出す。
「何様だと思っているのですか! これだから水色髪の出来損ないは困るんです! それにカンダス帝国の奴隷にウォータール家の分家風情、最後は穢らわしいエルフと来ている! この無礼な態度はしっかりとザンダル様に伝えさせてもらう!」
そう言ってエアール公爵家の使いの人が帰っていった。
僕はあまりの勢いに呆気に取られていたが、念のため冒険者ギルドに連絡をする事にした。
冒険者ギルドのギルド室のハートさんは僕の報告を聞いて頭を抱える。
「君達には悪いが、早くカッターを離れたほうが良いと思う。エアール公爵家が何をするか分かったもんじゃないからな」
「それなら明日の午前中に出発します」
「いやできれば今から出発したほうが良い。エアール公爵家がカッターの騎士団を動かして君達を拘束してくる可能性がある」
そんなに危ない状況なのか!?
「わかりました。すぐにカッターの街をでます」
「そうしてくれると助かる。馬車はこちらで用意する。そちらの用意ができたら冒険者ギルドの受付に来てくれ」
僕は慌てて帰宅した。
寝ていたヴィア主任とサイドさんを叩き起こして、急いで出発の準備を終える。
冒険者ギルドの受付に行ったら、既に馬車が用意されていた。
用意された馬車に乗りカッターの東門を出る。
ヴィア主任がボサボサの頭で文句を言う。
「いったいなんだっていうんだ。叩き起こされて気がつけば馬車の中だ。何があった?」
僕は朝からの経緯をヴィア主任に説明する。
「そっか、それは英断だ。ギルド長のハートに感謝しないとな。エアール公爵家は何をするかわからないからな」
そう言ってヴィア主任は寝始める。
馬車の行き先は王都に決めた。
Aランク冒険者になったため、ボムズで封印のダンジョンについて聞こうかと思っていたが、今回の急な出発で変更になってしまった。
焦る事はないかと、馬車に揺られながら僕はそう考えていた。
カッターから王都までは6つの宿場町がある。
カッターを出発したのが遅かったため、カッターから1番最初の宿場町に着いたのは夜遅かった。宿を取り一息ついた。
ヴィア主任の指示に従い宿の食堂で食料を調達し、マジックバックに入れた。
念のため警戒をして休息を始める。
深夜に宿屋の外が騒がしくなっている。
ヴィア主任の決断は早かった。すぐに宿屋の裏口から外に出た。宿屋の表側を確認するとカッター所属の騎士が数名いた。髪色ですぐ分かる。
追手なの!? そこまでやるの?
疑問に思いながらもヴィア主任の指示に従う。
馬車を諦めて、徒歩にて王都を目指す事になった。
裏口から雑木林を抜けて街道に出る。少しでも追手との距離を離すため、暗い中を歩き出した。
次の宿場街まで100キロルほどの距離がある。夜中から歩いているため、無理すれば夕方には着く計算だ。
途中、追手の騎士団を、道を外れやり過ごした。
戦闘になって面倒事を増やしたくない。
淡々と歩きながら考える。
エアール公爵家は何を考えているのだろう?
面会を断っただけで逃げる必要があるのか?
理不尽に感じながらも諍いを避けるために僕は足を動かしていた。
夕方にカッターから2つ目の宿場街が見えてきたが、安全を期するため迂回する事にする。
カッターから王都までの6つの宿場街のうち3つまでがカッターの勢力圏だ。
途中休みながら夜通し歩き続けた。
さすがに睡眠無しで歩き続けるのは無理なため、途中街道を外れ、隠れながら交代で睡眠を取った。
カッターから3つ目の宿場街が見えてきた。ここも通り過ぎる予定だ。
遠目にカッター所属の騎士団の姿が見える。街を迂回して王都に向けて進む。
朦朧としながら歩く。ただ歩く。雨が降っていない事が救いだ。
季節も外で寝ても問題が無くて良かった。
何も考えられない状況でカッターから4つ目の宿場街が見えてきた。
ここの宿場街は王都圏だ。やっとこの逃避行が終わる。
そう思っていた。
宿場街にはカッター所属の騎士団がいた。
遠目からでも良く分かる。緑色の髪色だからだ。
この宿場街も迂回する事にした。
そこから次の宿場街への歩きが苦行だった。
終わるはずが終わらない。心が折れそうになる。
いや実際は折れていたのかもしれない。
ただ足を前に出すだけだ。
カッターから5つ目、王都からは2つ目の宿場街に着いた。この街には王都所属の騎士団が常駐している。
王都騎士団の詰所に行く。
詰所に着いた途端に4人は眠ってしまった。
1刻《2時間》ほど眠り、王都騎士団に事情を話す。
王都騎士団は馬車を手配してくれた。宿でゆっくり休みたいが、まだ安心できないためこのまま王都を目指す事にした。
さすがに馬車の中では4人とも熟睡する。王都手前の宿場街についた。
ここまで来ればカッターの騎士団も無茶はできない。
安心して宿で休む事になった。
一晩寝ると身体の疲れはほとんど取れていた。
このまま馬車で移動すれば、今日の昼過ぎには王都に着くだろう。