第144話 熱い心と冷静な頭【ヴィア主任の視点】
【第138話〜第143話のヴィア主任の視点】
ボムズで再開した私の冒険者活動。1ヶ月弱の滞在だったが、今は完全に身体と心が当時の冒険者時代に戻った。いや、それ以上になっている。
今やサラマンダーを斬り刻むと血が騒いでしまう。
冒険者は身体が資本だ。そのため王都魔法研究所で研究していた時のような睡眠不足は御法度となる。それに冒険者活動は体力を使う。
必然、食事を抜く事は無くなり、夜はしっかりと眠るようになった。汗もかくため、毎日シャワーを浴びている。
そしてダンジョン活動はしっかりとしたスケジュールを立てておこなう。定期的な休日を設けている。自ずと規則正しい生活を送るようになった。
はっきり言えば現在は健康的な生活を送っている。
最近は髪と肌のツヤが良くなった。おかげで有象無象の輩が寄ってくるのが鬱陶しくなったが……。
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あと一刻くらいで王都に向けてボムズを経つ。
真紅の細剣である【鳳凰の細剣】と黄金製のギルドカードが今回のボムズ遠征の収穫だ。
リビングで、この二つを見ていると顔がニヤけてしまう。冒険者への復帰に、少し不安があった。しかしこのボムズ遠征でそれを払拭できた。その証がこの二つだ。
【鳳凰の細剣】を磨いていると、後ろから声をかけられる。
「主任、嬉しそうですね」
「サイドか。まぁこれでコンゴのダンジョンでも役に立つ事ができそうだからな。王都に帰ったらオウガで試し斬りだからな」
「わかってますよ。付き合いますから。主任の暴走を止められるのは僕しかいないですからね」
暴走か……。最近の血の騒ぎぐあいから否定ができない。焦土の渦ダンジョンでの宝箱開封には心が踊ったからな。
「頼りにしているからな、サイド」
微笑を浮かべるサイドの顔が私の脳裏に刻まれた。
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王都までの道中、アキくんに勧められた【白狼伝説】を読むことにする。これまでは娯楽小説だと思い読んでいなかった。
読んでみると、なかなかどうして。臨場感が素晴らしい。これは創作なのか? 端々に現実にあった話のように感じられた。
そして【白狼伝説】には、冒険者の熱い想いが詰まっている。アキくんが宝箱の開け方にこだわるのも理解できた。私も同じ冒険者として負けるわけにはいかないな。
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王都に着いて翌日にはサイドを引き連れ、王都近郊の肉腕ダンジョンに向かう。
早速オウガで【鳳凰の細剣】の試し斬りだ。
「主任、あまり1人で突っ込まないでくださいよ」
「わかっているよ。今日は【鳳凰の細剣】の威力と、ダンジョンでのレベルアップについてのデータが欲しいからな」
疑わしそうな表情で私を見るサイド。なかなか失礼な奴だ。その時視線の端にオウガの巨体を捉える。気がつくと私はオウガに向けて疾走していた。
オウガに対して三連突きをお見舞いする。顔、喉、胸を簡単に貫く。倒れ込むオウガ。身体の内側から血が騒いで堪らない。
後ろからサイドが声をかけてくる。
「もう、言ったじゃないですか! 主任は現在、冷静じゃないですよ。心は熱く、頭は冷静にお願いします」
サイドの言葉に自分の現状を理解した。頭まで熱くなったら冒険者として早死にするな。
「そうだな、ここは忠告に従っておくよ」
私の言葉に優しく頷くサイドだった。
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毎日、肉腕ダンジョンでオウガを倒している。少しずつ頭が冷静になってきた。サイドの忠告がなかったら、破壊衝動に取り込まれていたかもな。
ボムズで以前の技術と身体が戻った。そして王都で、熱い心と冷静な頭になれた。
これでAランク冒険者になる準備は完璧だな。
冬の長期休暇に入るまで、肉腕ダンジョンでオウガを倒しまくり、レベルアップのデータをしっかり取れた。またソフィア・ウォレールが作った魔法の烈風と蒼炎を同時に使う実験も終了。どちらも納得のいく結果だった。
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最近は研究室に行く暇が無いほどダンジョンに出向いている。一度研究所を辞めるべきと思ったが所長に翻意させられた。好きにしてて良いとのこと。まぁ冒険者活動も研究の一環と思いそのままにしている。
私が研究所を辞めるとサイドがダンジョンに付いてくるかどうかもわからないしな。さすがにエリートコースの王都魔法研究所の所員を辞めて、冒険者になるとは考えにくい。
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【12月16日】になり、サイドと2人でボムズに向かう。
アキくんとミカくんはカッターに向かった。忌まわしきエルフ排斥運動の現状確認をしてくるそうだ。当時を思い出すとまだ胸がチクリと痛む。しかし、たったそれだけの痛みになったんだな。もう過去の話だ。
ボムズまでの道中、【白狼伝説】を再度読む。ウルフ・リンカイは冒険者パーティの団結力を上げるために、時たま馬鹿な事をパーティメンバーと一緒にやっている。
サイドにも意見を聞くか。
「サイド。アキくんの宝箱開封の儀式についてはどう思う?」
「どうなんでしょうね。あの時ばかりは、アキくんが自己主張が強いですから。開封の儀式の練習をしないと怒りますからね」
「しかしパーティで同じ事を息を揃えてやる事は仲間意識を強くする働きがあるとは思わないかい?」
「確かに心理学的には有効かもしれませんね」
「アキくんの宝箱開封の儀式は【白狼伝説】のウルフ・リンカイを模しているに違いない。私たちもアキくんに負けてられないな」
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ボムズでのダンジョン活動は順調に進んだ。私がBランク冒険者のため、冒険者ギルドは前回と同じ家を用意してくれる。また余裕を持って2日ダンジョン活動して1日休む事にした。
サイドは休みの前の日には外でお酒を飲みに行くのが習慣になっている。その日、サイドは、したたかに酔って帰宅してきた。
「主任!ただいま帰りました!」
「これは相当飲んだな。もう大人しく寝たほうがよいぞ」
「まだまだ飲めますよ!全然酔っ払っていないですから!」
「私はデータしっかり取らない学説と、酔っぱらいの酔っていないという言葉は信じない事にしているんだ」
「まぁそう言わず、少し付き合ってくださいよ」
私が水を持ってくる間にサイドはリビングのソファで寝てしまっていた。
「サイド、寝る前に水を飲んでからのほうが良い。取り敢えず、水を飲め」
「水ですか? それよりお酒を持ってきてくださいよ」
「もうお酒は今日は終わりだ」
「そうですか。おとなしく寝ますか。それでは主任、部屋に行きます。おやすみなさい。主任、愛していますよ」
「おやすみ。良い夢を見ろよ」
サイドが部屋に行き、私は1人でリビングに残った。サイドは酔いが回ると私に愛を囁くようになっている。一緒に冒険者活動をするようになってその頻度は上がっていた。次の日にはサイドは何事もない様子になるが……。
私は朴念仁ではない。サイドの私への好意はわかっている。しかし私はエルフでサイドは人間だ。悲恋が決まっている恋愛に意味があるのだろうか? サイドはモテる。家柄も悪くない。私では無い女性と結婚するべきだろう。
またカッターのエルフ排斥運動の後から私自身が人を信用しにくくなっている。心に棘が刺さっている感じだ。
どうにもならない感情。私は苦い想いをワインで流し込んだ。
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休みの日にボムズをぶらつくと有象無象の輩が寄ってくる。私はそういう輩には【鳳凰の細剣】で両掌と足の甲を貫く事にしている。実力行使が一番面倒で無くなるのを経験上知っているからだ。私の早業をサイドは横で涼しげに見ている。
気がつくとボムズの街で私は【閃光の女王】と言われていた。そしてサイドは【青の貴公子】と呼ばれている。解せぬ。