第125話 再スタート【ヴィア主任の視点】
私は彼との始めの出会いは一生忘れられないだろう。
魔法射撃場で直径にして50メトルの球体の蒼炎の魔法の前で誇らしげに立っていた。
回転して唸りを上げる蒼炎は死を予感させる。それを軽い笑みを浮かべて平然と見ている少年。
私の背筋にゾクリと寒気が走る。
その少年がアキ・ファイアールだった。
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次に会ったのは面接だった。受け答えがしっかりしている印象。私は魔法射撃場の時とのギャップに違和感を感じた。
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蒼炎の魔法を研究するにあたり、アキくんの生い立ちを確認した。それで分かった。アキくんは間違いなく歪に育っている。
歪に育ったものが、戦略級の魔法を使える。これは危険だ。アキくんの居場所を作ってやる必要がある。また導く者が必要だ。
もしかしたら、それが私に与えられた使命なのかもしれない。
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だいぶアキくんが私の研究室に慣れてきている。何とか居場所は作ってあげられたのか? 少しホッとしていたところに問題が発生した。
アキくん達に冒険者ギルドからの出頭要請だ。これをアキくんは自分達だけで解決しようとしていた。最悪王都から逃げる事まで考えていた。
私は久しぶりにブチ切れた。
私はアキくん達には何もしないように指示して、昔のコネを使って処理をする。
その後、アキくん達に説教をしたが、少しは変わってくれるのだろうか?
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ステータスカードを開けるために呼んだザルツ兄さんが何故か蒼炎の魔法に反応する。終いにはシニア姉さんまでエルフの里からやってきた。
蒼炎の魔法の秘密の鍵はエルフの里にある可能性が高い。私を一度連れ帰ると息巻いているシニア姉さんだが、それはこちらも望むところだ。
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エルフの里に着いてからアキくんは盛大に迎え入れられた。
まさかアキくんに【希望の舞】を捧げるとは……。
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エルフの里に着いた次の日、朝起きて外に出るとアキくんが素振りをしていた。
アキくんは私に気がつくと素振りを止めて挨拶をしてくる。
「おはようございます。ヴィア主任。今日は良い天気ですね」
「あぁ、おはよう。君は魔術が使えて、貴族なのに剣術をするんだな」
「剣術が使えないと敵わないモンスターが出てくるもんで。まだ制覇していないBランクダンジョンのためでもあります」
私の口から苦笑が漏れる。
「その言葉を世の貴族に聞かせてやりたいな」
「ヴィア主任は、何か貴族に思うところがあるんですか?」
「里では小さい時から、貴族とはダンジョン活動をしなくてはならないと教わった。貴族は血を残す仕事も重要とも教わった。ダンジョン活動と血を残していく行為は、どちらも大事な貴族の仕事だってな。だが実際の貴族はどうだ? 血を残す事ばかり考えている。ダンジョン活動は平民の冒険者ばかりだ」
私はカッターでの冒険者時代を思い出していた。
「その現実を見て、私は貴族に幻滅したよ。だから平民に混じって冒険者活動をしていたんだ」
私はアキくんから会話を終了させた。これ以上、カッターでの冒険者時代を思い出したくなかったからだ。
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その後、母さんから聞いた話はあまりにも壮大であった。
伝説の話ばかりだ。しかし辻褄は合う。信憑性が高いのか?
結局、この日はアキくんは冒険者仲間にエルフを加入させる事に首を縦にふらなかった。
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次の日の朝、私は早起きして剣術の鍛錬をしているアキくんに会いにいった。
アキくんは昨日と同じく挨拶をしてくる。
「おはようございます。今日も早いですね」
「おはよう、アキくん。ちょっと話をしても良いかい?」
アキくんは素振りを止めて私に身体を向けた。
「何ですか? あらたまって」
「アキくん、君は何で冒険者をやっているんだ? お金も貯まったし、あとは悠々自適に過ごしても良くないか?」
「ヴィア主任は【白狼伝説】を読んだ事がありますか?」
私は子供用の絵本が頭に浮かぶ。
「子供の絵本の【白狼伝説】かな? それなら一回は読んでいるよ」
「絵本が有名ですけど小説にもなっているんです。【白狼伝説】が僕の冒険者の原点になります。僕は15歳の誕生日まで、ファイアール公爵家の屋敷の離れで一人で過ごしてきました。いないものとして扱われていたので死んでも誰も悲しまなかったと思います。淡々と過ごす日々。死んでるような物です。そのような日々の中、【白狼伝説】に出会いました。その主人公のウルフに憧れました。ウルフはいつも生き生きしています。本当に楽しそうなんです。僕はそれを読んで冒険者になろうと心に決めました。僕もウルフのように冒険者になって楽しい日々を過ごしたい。未知の存在に心を弾ませたいんです。実際、未知のダンジョンを制覇してから開ける宝箱はワクワクが止まりません」
楽しむ者に勝てる者などいない。私はアキくんの心の強さが良くわかった。
「なるほど、私が冒険者をやっていた時とは随分と気持ちの持ち方が違うんだな。私はダンジョン活動をしなければいけないと、小さな時から教わってきた。ずっと義務感でモンスターを倒していたよ。どうしても安全を考えてダンジョンを選ぶから作業にもなってくるしね。ありがとう、参考になったよ」
私は一つ、気持ちの整理がついた。
空は抜けるような快晴だった。
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その後に行われたアキくんと母さんの話し合いは平行線に陥った。
どうしてもアキくんのパーティにエルフを入れたい母さん。
里の命令で義務感で仲間になられても邪魔になると主張するアキくん。
遂に業を煮やした母さんが叫んだ。
「ヴィア、もうお前で良いからアキ殿の冒険者パーティに入れてもらえ! お前は冒険者もやっていたから問題あるまい。これならどうだアキ殿」
これが最後の踏ん切りをつける言葉。私の背中を押してくれた一言だ。
「分かった、母さん。私もそうしようかと思っていた」
アキくんが驚いて振り向いた。私はアキくんに率直に話す事にする。
「アキくん、できれば私を君の冒険者パーティに加えて欲しい。ただ今は足を引っ張りそうだから私が力をつけるまでは我慢して欲しい」
「ヴィア主任、研究はどうするのですか? ヴィア主任が冒険者になりたいとは思えないのですが?」
「まずは研究についてだが、冒険者になって君のパーティに入ったほうが捗りそうだ。蒼炎の魔法の研究をしていると伝説の存在がすぐに出てくる。そこから逃げる事ができなそうだ。全ての謎を解明するためにはBランクダンジョンを全て制覇してAランク冒険者になるのが早い気がする。そこにも伝説の存在が感じられるからな」
「研究のために冒険者になるのですか?」
アキくんの言葉には少し棘が感じられた。
「まだ話は途中だ。今朝の君の話を聞いて心に決めたんだ。君はとてもキラキラした目で話していたよ。楽しい冒険ってものに興味が出てきてな。以前、冒険者をしていた時に味わえなかったドキドキを感じてみたくなった。私も未知の宝箱を開けたくなったよ。私はEクラスダンジョンまでしか宝箱を開けた事がないからな」
以前とは違う冒険者活動ができそうだ。自然と顔が綻んでくる。
アキくんがミカくんと目で確認をしている。頷くミカくん。
「ヴィア主任、わかりました。こちらからもお願いします。まずは【白狼伝説】の小説を読むことから始めてください」
そう言ってアキくんは微笑んだ。