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父親

 ビクトリウス家から出て数分の開けた場所。

 ファスカと1人の男が相対していた。


「ふふ、シンは一皮剥けたな」

「ぜぇっ……ぜぇっ……何者だよ、オレと打ち合って壊れねえ短剣も意味が分からねえ」

「ああ、すまないね。私の取り柄は防御だけなんだ、だからこれだけは誰にも負けられない」


 シンが姉妹との決着をつけるまでの間に数百を越える攻防があった。それは攻防と言うにはあまりにも一方的なものだったが、結果は今の通りである。


攻め続けたファスカは疲弊し、短剣二刀で守り続けた男は息一つ乱さない。


この男こそがシン達の父親、短剣一本で城壁に匹敵するとまで言われた男である。


「君とシンの約束を邪魔するつもりはないんだ。家族の問題が終わるまで待ってくれないだろうか」

「今まさに邪魔してるじゃねぇか」

「ははは」

「笑って誤魔化すんじゃねえ!!」


 ファスカの拳が壊滅的な威力を持っている事に変わりはない。だが、その威力が男に伝わる事はなかった。


 力の方向を、炸裂するタイミングを、男は完全に理解していた。だから当たらない、だから壊れない、指一本たりとも届かない。


「そういえば自己紹介をしていなかったね。私の名前はジフ、シンの父親さ」

「は? 親父? シンの?」

「そうだとも、ついでに言えばデーレとラァの父親でもあるよ」

「それがなんだって言うんだ? シンの親父だからってオレがひるむとでも」

「思ってないよファスカ・ルーザス、こちらだけ知っているのは不公平だろう?」

「知ってんのか、オレを」

「もちろん。君は知らないようだけど、今のビクトリウスとルーザスは家族みたいなものなんだよ」

「は?」

「知りたいかい」

「は、殴って聞き出してやるよ」

「いいや、その必要はない」


 ジフがファスカに背を向ける。ビクトリウス家内部では大きな力のぶつかりが終わり、静寂が戻ってきていた。これが意味するのは決着である。


「来なさい。きっと家内が話してくれるだろう」

「チッ……」


 苛立ちとともに戦意を収めるファスカ。


「でもまあ、折角の機会だ。こんなおじさんに一撃も当てられないで終わるのは嫌だろうし。もう少しだけ遊ぼうか」


 ファスカの意識の隙間、そこにぬるりと滑り込んだ一撃。これ見よがしに持っている短刀ではなく、今まで一度も使わなかった足技での奇襲。 


 ファスカの腹に深々とジフの蹴りが突き刺さる。


「っ……!?」

「効くだろう? どんなに肉体が頑強だろうと攻撃を通す術はあるんだ。少しだけ油断が多いよ」


 腹を押さえながらもジフを睨み付ける眼光に陰りはない。今すぐにでもぶちのめしてやるという意志に満ち満ちていた。


「やってくれたなあ」

「すまないね。こういう事でもしないと君に攻撃を通せないんだ」

「いや、良い。オレもまだ足りないと思ってた」


 少しずつ、少しずつ、身体を前に向かって飛ばす準備を整える。会話の中で準備を終えて。


 鬼が。


 放たれた。


「とんでもない姿勢から飛ぶなぁ!?」

「捕まえたぞ」


 ファスカの両足はジフの両肩に引っ掛けられている。これは相手の脳天を地面に向けて叩き落とす格闘技の体勢、あとはファスカが身体を後ろに向けてそらせば、ジフの身体は宙を舞って地面に激突するだろう。


「うぉらああああああああ!!!!!」

「うわああぁぁああああああ!?」


 足が浮いたジフは重力と筋力に導かれ、そして。


「なーんて、私も結構名優だろう?」

「な、なんだこりゃあ!?」


 ジフの身体は宙に浮かんでいた、背には白い翼。


「何って、舐めてみれば分かるよ」

「むぐっ!?」


 翼の一部がファスカの口に入り込む、口内に広がるのは塩気と複雑な旨味。


「塩か!!」

「そう、これが私の力。美味しいお塩(グレイト・ソルト)さ」

「ふざけてんのか!!」

「いいや、大真面目さ。これのおかげで今の私があるんだ。君だってそんな私に手も足も出ないだろう?」

「じゃあこれはどうだ」


 強靭な腹筋と背筋による、全力の頭突き。まともに当たれば大岩すら砕く攻撃だったが、ジフには届かなかった。塩の誘導によって力は横にずらされ、あらぬところに向けられてしまった。


「さあ次はどうする? まだできることはあるんじゃないかい?」

「いちいち癪に触るな……お望み通りにしてやるよ!!」


 頭突きを外したファスカが選んだのは両肩に引っ掛かっている足によって首を絞めるというものだった。無論ファスカの筋力で絞めようものなら意識を落とすより先に首の骨が砕け散る。


「悪くないよ。でも予想の範囲を出ないね」


 首に巻きつこうとする脚からするりと抜け出す、支えを失ったファスカは地面へと落ちた。あまりにもタイミングが良い行動は、ファスカにまたしても意識の隙間を作り、受身すら取れずに転がることとなった。


「さあ、次はどう攻めようか?」

「……クソ、分かったよ。オレの負けだ、今のオレはお前に勝てない。認めるよ」

「おや、思っていたより物分かりが良いね?」

「うるせー、なんか魂胆があるんだろ。早く言えよ」

「ああ、ありありだとも。でも待ってほしい、話が終わってからだ」

「分かった、分かった。家の中であるとか言ってた話だな?」

「そうだ、それが終わったら。私から君に提案をしよう」

「は、期待はしないで待っててやるよ」



【美味しいお塩】

あるところに美味い塩を生み出す男がいた。

彼は流れの料理人として、その名声を欲しいままにしていた。

だが、ある時訪れた戦場で彼は心を奪われる。

死線を歩く女神を見たのだ、その時から彼の腕は女神のために振るわれるようになった。

憧れとも執念とも言えぬ感情は彼の短刀を要塞へと変え、女神の太刀を3度防ぐまでに至る。

女神は彼の腕を認め、料理を絶賛した。

彼の姓がビクトリウスになるまでの物語である。

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