糖妃飛翔
「ん……ヤタ、で」
「カァ……?」
悪寒が走る、目を覚ました直後でよく分からないが、これ以上先を言うことは絶対にダメだと俺の勘が全力で警告を出している。
「ヤタ?」
「カァ」
何かを回避した、ような気がする。
「ヤタ、か」
そうか、こいつの名前はヤタだったのか。じゃあ、ヤタ・デシュのデシュってなんだったんだ? 朧気ながらに覚えている事があるような、ないような。
「起きたかィ?」
「ああ、悪い。逃げ場はできたか」
「もちろんサ、ここがそう」
「……?」
周りの景色が変わっている。カタハに運ばれたのか?
「俺を運んだのか? その身体で?」
「人形工房の中なら、いくらでも運びようがあるのサ」
「……そうか」
「まあそんなことはどうでも良いサ。そろそろ腹が減る頃だと思って作ったものがあるんだナァこれが」
「お前料理できるのか」
「できるといっても、人形工房の設備をぶん回して作ったもんだがネェ」
「人形工房すごいな……」
確かに目の前のテーブルには湯気の立つスープとパンがある。確かに言われてみれば空腹を感じている様な気が。
「もふもふ……」
「ど、どうだィ?」
「美味い……」
「はは、そうだろうヨォ」
何の変哲も無いパン、じゃねえなこれ。なんか、焼き加減とかそういう事じゃねえ、たぶんこれ、なにか入ってるぞ。
「なんか入れた?」
「ぎくっ!?」
「小麦以外の味がするような気がするんだけど」
「……ちょいと隠し味を」
「何入れた?」
「美味いと……感じる成分を……抽出した粉を……少し」
「まあ、美味いからいいや」
「い、良いんですかィ?」
「いいよ、美味いなら」
別に死んだりしないだろ。
「で、俺が寝てる間に何かなかったか」
「んー、妹御はもう起きているみたいですがネェ。まだ動いてないようだナァ」
「動いてない? ラァが?」
おかしいな、俺よりよほど即断即決なはずなのに。どうしてまだここに居るんだ。なにかあったのか?
ーシンoutー
ーラァinー
目が覚める、記憶を一息に遡る、自分に起こったこと、自分が置かれた状況の整理を完結させる。第一優先事項お兄様、第二優先事項は目の前だ。お兄様の気配はない、ならば目の前のこれが何かをはっきりとさせなくてはいけない。
「ドールハウス?」
「いえいえお嬢様、ナイチンゲールとお呼びください」
ドールハウスが喋った? 可能性は3つ。
①遠隔操作
②この何かが意思を持つ
③自分の錯覚
「あれあれ☆ こっちの方が良いかな☆」
識別完了、敵だ。
「ああっ!? 待って待って☆」
命乞いは聞かない。
「お兄様のことを聞きたくないの!?」
「聞かせなさい。もし嘘だったら塵にする」
「こわーい☆」
「次にそれをやっても塵にする」
「分かった分かった☆」
優先事項一位のお兄様の情報ならばこの怪しいドールハウスの事も少しだけ存在を許そう。
「じゃあ手短に話すよ☆」
「それで良い」
「かくかくしかじか」
「塵になりたいなら今すぐにでも」
「わぁ!? 冗談の通じないお嬢様☆」
聞いた話によると最愛のお兄様は、私を助けるために超高性能治療装置であるナイチンゲールを私に下さったという。
「な、なんてことを」
「あれ? 顔色悪いよ☆」
お兄様が手に入れるはずの栄光を、強さを、全て奪って産まれてしまったというのにそれでもなお、お兄様は与えようというの?
「なんという慈悲深さ」
これ以上与えられてしまったら溢れてしまいそうだったのに、こんなことをされたら、もう、我慢ができなくなってしまいます
「やはりお兄様は救世主の生まれ変わり、遍く光を与えるお方。一度死んだように見せかけたのはラァに試練を与えるためだったのですね」
こうして姿を隠したのも、見つけてみせろという事なのでしょう? 嗚呼、体に力が、不思議と笑みが溢れていきます
「良いでしょう、ナイチンゲール」
「アイドールちゃんだよ☆」
「ではアイドールちゃん。お兄様の行った方向は分かりますか?」
「たぶんあっちの方☆」
「分かりました。白盾の方向ですか」
お兄様からいただいたこのナイチンゲールは、肌身離さず持ち歩きましょう。それがお兄様の愛に報いることになりますから
「口を閉じなさい、飛びますよ」
「人形工房が攻略されたからと言っても壁をぶち抜いて飛ぶのは無理だと思うな☆」
「今のラァならできます」
収束、収束、収束。イメージは流れ星、真っ直ぐに飛ぶ一条の星。
「星に願いを」
「うわぁあああああああ!?」
気持ちよく壁を貫き、私は飛ぶ。待っていてくださいねお兄様
「今迎えに行きますから」
【星に願いを】
流れ星のように、たどり着くべき場所に一直線に向かう。それがどんなに困難でも、どんなに離れていても。




