あての夢
「……俺も名乗った方が良いか?」
「呼び名がないのは不便だと思わないかィ」
「それもそうか。俺のことはシンと呼んでくれ」
「それじゃあシンの旦那。ここでこんなことを頼むのもなんだけどヨォ、一生の願いを聞いてはくれないかい」
「嫌だけど」
何を言われるか分からないこの状況でうんと言う奴はいないと思う。言う奴がいたとしたらそれは英雄願望のある奴か慈善事業家だな。
「そこをなんとか、ナ?」
うわ、すりよって来やがった。言っとくけど、ウチの姉妹よりも美人とかいう女神でも無い限りは色仕掛けは無駄だ。
「あれ、おかしいナ。これくらいで鼻の下を伸ばすはず」
「もう良いか、借りがあるから何かしたりはしない。次はないと思え」
「旦那、もしかして不能じゃないかィ」
「じゃあな」
付き合ってられねえ、時間の無駄だ。まったく、ろくな奴に絡まれねえな。
「待て、いや、待ってください!!」
「足を止めるのはこれで最後だぞ。要件は?」
「あてを、人形工房の頂上まで連れて行ってくれ」
「何が目的だ」
「人間の完璧なパーツを作りたい」
「もう十分じゃないか? 俺だって一瞬は騙されたぞ」
「違う、違う違う違う!! あてのはあくまで模倣、贋作だ。本物を作りたいんだ、あては」
「……こう言っちゃなんだが、人が人を作るってのは無理な話じゃないか。子どもを産むなら話は別だと思うが」
「人形工房の頂上には、人と寸分違わぬ人形がいるという話サ。きっと、そのパーツを見ればあては作れるはずなんだ。本物を」
「あれはダンジョンだろ? あんなものに挑むのは命知らずのやることだぞ」
「命なんて、本物を作るのに比べたら安いもんサ」
覚悟は良い。それは確かに必要なものだ。だが、命を捨てる事と覚悟をキメることは似ているようで全然違う。これは命を捨てている。
「命は安くない、死んだら終わりだぞ」
「いや、あては夢のためなら死んでも良い」
「……あのな、今から言うことは与太話だから本気にするなよ?」
「?」
「俺は、前にダンジョンを攻略している」
「ダンジョン踏破者……!?」
踏破者、それはダンジョンを攻略した者に与えられる称号だ。名誉と、ダンジョンを攻略したという力を示している。
「この剣。アルカはその時に手に入れた」
「たまげた、たしかにダンジョン製ならその馬鹿げた剣も納得がいく」
「それを踏まえて言う。死んでも良いなんて思ったら、本当に死んでしまうのがダンジョンだ」
「……ぷっ」
「何がおかしい」
「シンの旦那、あんた本当にお人好しだネェ」
「帰る」
「ああっ!!? あての秘密を教えるからもう少しだけ付き合っておくれヨ!!」
「秘密ぅ? そんなものは知ってもどうしようも無い」
どうせ大した事じゃない、俺はさっさと密書を届けにいかないといけないんだよ。
「これを見てほしいのサ」
「だから色仕掛けはもう……」
「違う、ちゃんと見ておくれヨ」
「いや、女の裸なんて姉妹で見飽き……て……!?」
なんだ、これは。四肢に継ぎ目が、ある? それどころか関節には全て継ぎ目が。なんだ、この身体は、これじゃあまるで。人形じゃないか。
「お前……何者だ?」
「あては、ヒコ・カタハ。人形工房から逃げ出した人形サァ。あての夢は、本物のパーツを作って人間になる事」
「これは、とんでもない奴がいたもんだな」
人形遣いなら分かる、糸繰りで動かすような奴だ。だが、自我を持って自立する人形なんて。そんなものは物語の中か、能力の産物でしかありえない。しかし、しかしだ。コイツはダンジョン製の人形、何が起こってもおかしくはない。
「お前がそうだというのなら自分で勝手に登れば良いじゃないか。身内なら攻撃されることもないだろう」
「あすこは、あてを許さない。このまま登ってもすぐに解体されるだけサ」
「……なぜだ」
「あては不良品だから、処分の対象なんだとヨォ。失礼極まりないだろ?」
「万が一、俺がカタハを連れてあの人形工房を登ったとして。それで俺に何の得がある。俺はそれで強くなれるのか」
「へへ、初めて呼ばれたナァ……名前」
「聞いてるか?」
「えっと、得か、得ネェ。まず一つ目、あてはあの中を知ってるから値打ちのありそうなものの場所が分かる」
「続けて」
「次に、あの中は人形の巣窟だ。踏破するには相当の戦闘がある。武者修行にはちょうどいいだろうナァ」
「終わりか?」
「いや、最後にもう一つ。踏破した暁には絶対裏切らず、そして簡単には死なず、絶対的な忠誠を持った奴隷を手に入れる事になる」
「奴隷? そんなもん連れてたら一発でアウトだぞ。奴隷は表向き禁止だからな」
「奴隷ってのは言葉の綾、つまるところ頂上で本物になった後のあてが隷属するって事さネ」
「え? いらない」
隷属されても困るし。
【15式自律人形・マキナ】
それは一つの奇跡、それは一つのバグ、それは一つだけの欠陥品。人形工房は言う、人形たれと。人形は言う、本物になりたいと。ないはずの心は内側から暴れ。そして、運命を求めた。命なきものに運命が訪れるはずもないのだけれど。




