巨木の村6
朝起きても、森の中に広がった不穏な雰囲気は消えていなかった。胸騒ぎがする。昨日はフローラを家に帰し、見張りの子をつけておいた。もう湖には来ないだろう・・・。村の中にいれば安心だ。
家の中を片付けて、一応見回りに行こうと動き出すと、小さな羽音が聞こえた。
・・・!!しまった!フローラは湖に!もう来るなと言ったのに!しかも、思ったより早い。不覚をとった。
急がなければ!
小さな羽音に、礼を言うと走り出す。木々の間をすり抜けるように走っていく。岩があると、縮めた四肢を勢いよく伸ばして高く飛び上がる。きれいに着地すると、また走り出した。
初めて会ったときには驚いたものの、フローラの境遇が自分と重なり、親身になりたいと思っていた。昨日、森の不穏な動きに気づいたときから、危ないのはフローラだと気がついていたのに。
湖に到着すると誰もいなかった。
「フローラ?」
遅かった・・・!見張りの子が報告に来るまでの時間と、私が到着するまでの時間で連れ去られてしまった。
どこにいった?
全精神を研ぎ澄ませ、周りの子たちに探すように頼む。持てる力をすべて使い、周りの子たちに意識を集中する。森がざわめいた。
ざわめきが引き、木々の葉が刷れる音だけになったころ、小さな羽音が近づいてきた。
「ありがとう。」
走り出す。そう遠くへは行っていないようだ。
報告の場所に着くと、馬車に荷物を載せて走り出そうとしているところだった。
「待て、フローラをどうする気だ。」
男たちが声をかけられたことに驚いたのは一瞬だった。すぐにニタニタとした笑いを浮かべると、
「そんなことは、わかってるだろ。一番の上客のところに向かうのさ。いつもの二倍、いや三倍になるぞ。」
「旨いものがたらふく食えるな~。」
やはり人さらいか。見た目の美しい植物の精霊は運動能力も低く、人さらいの格好の標的となっていた。
荷台に載せられたフローラは動いていなかった。意識を失っているのか、動けないほどきつく縛られているのか。ただただ、動けないだけかもしれない。フローラは草花の精霊で力は弱いはず、それに加えて最近力を使えるようになったきたばかりである。攻撃に使えるような手はないのだから。
「なぁ、何の精霊かわからねぇが、服さえ替えれば売り物になるんじゃねぇか?」
シルクのことをジロジロと見ていた男が言う。
「これはこれで、好みの旦那がいるかもしれねぇぞ。ただ、何の精霊かわからねぇから、気をつけろよ。」
「俺たち、肉食獣ですぜ。負ける訳ねぇ。」
「ばか、手の内を明かすな。」
誰が見ても肉食獣なのは一目瞭然だ。それぞれ尻尾と牙と爪が隠せていない。
シルクは心の中でそう思いながらも、焦りと怒りゆえ自分も正体をさらしてしまっていると自覚していた。
「同時に行くぞ。」
男たちがサーベルを抜き、走り出した。
「死なない程度に痛め付けてやれ。」
「手加減してやるから、感謝するんだな。」
ニタニタ笑いながら、サーベルを振りかぶって走る姿は、醜悪であった。
シルクは十分に引き付けると、体を縮めてから跳躍した。きれいに荷台に着地するとフローラを抱えてもう一度跳ぶ。
「あわわわわ。」
腕の中でフローラが慌てている。
意識はある。良かった。
男たちから離れたところにフローラを降ろし、拘束を解く。
「フローラ。ここから離れないでくれ。」
すごい勢いでコクコクと頷くフローラに張りつめた緊張が溶け、笑いを堪えていると、
「大事な商品、かっさらってんじゃねーよ。」
逆上した男たちが、サーベルを振り回していた。爪や牙があるのにサーベルに頼っているところをみると、力を使いこなせないのだろうか。
リーダー格の牙が生えた男に狙いを定める。身を低くして走り出す。
「こいつ向かってきますぜ。」
「自棄にでもなったか。」
男はサーベルを構える。サーベルに真っ正面から突っ込んでいく。
「シルク!!」
フローラの声が聞こえた。