巨木の村1
立ち並んだ木々の間を、爽やかな風が吹き抜けていく。
西に傾いた太陽の光が湖の水面を輝かせている。
森が途切れて背の低い草が生い茂る中、小柄な少女がしゃがみ込んで地面を見つめていた。
「できた。」
小さな声がもれて、地面から何かを摘み取った。
色の変わり始めた空を見て、日が暮れてきていることに初めて気がついたのか、慌てた様子で立ち上がる。
乱れたスカートを整えて、早歩きで歩き出した。
湖のほとりを少し歩き、木々の間が空いた場所から森のなかに入っていく。盛り上がった根を跨ぎ、獣道を通り抜け、鬱蒼とした森を抜けていく。少し急いでいるのだろう。息が上がり、太陽が沈みかけた頃、山奥にひっそりと建っている家々と天にそびえるような大木が見えてきた。
掌の中を見ると、自然と笑みが浮かぶ。おばばに見せようと摘んできた小さな黄色い花。摘んでからずっと握りしめていたのに、萎れた様子もない。
村の少し奥まったところにおばばの家はある。
もうすっかり辺りは暗くなり、家の前には竹ホウキをもったおばばが心配そうな顔をしていた。赤みがかった髪が軽いウェーブを描き、柔らかそうに揺れている。この村で最長老の彼女をおばばと呼んではいるが、見た目にそこまでの歳は感じられない。精霊の暮らすこの世界では、歳による外見の差はほとんどない。おばばに駆け寄る少女は、生まれてそう長い時間はたっていないのだが、二人が姉妹や友人だと言われても違和感がないだろう。
「おばば!」
少し小走りに近づいていくと、おばばは少しほっとしたようで、急いで家のドアを開けて迎えてくれた。
小走りに家の中まで入ると、おばばはすぐに扉を閉めて、
「フローラ。心配するから、日が沈む前には帰ってきてってあれほど言っておいたのに。」
「ごめんなさい。でも見て!自分の力で咲かせたの。」
摘んでからも綺麗に咲いている黄色い花を二本の指でつまみ、おばばの目の前で見せる。
フローラは、精霊としての力を使いこなせていない。練習中なのだ。
「あらあら、かわいい小さな花ね。カタバミかしら。」
「カタバミ?他の花も咲かせられるかしら?」
「そうねー。あなたは数多の精霊だからできると思うわ。ただ、村の中で力を使ってはだめよ。」
おばばは、フローラが村で力を使うのを嫌がる。フローラ自身も村の人たちの冷たい目線を感じるので、村で力を使おうとは思わない。
一つの種の精霊は数多くいるが、複数種の力を使える精霊はかなり珍しいらしく、数多の精霊と呼ばれている。数多の精霊であるフローラは、それだけ様々なことができるはずなのだか、今のところこの小さな花を咲かせるだけで精一杯なのだ。
「早く一人前に力を使えるようになりたいわ。」
「そうね。力がうまく使えるようになったら、街に行くといいわ。」
「街ってどんなところなの?おばばは行ったことある?」
少し懐かしそうに、遠くを見ながら、
「まだ若かった頃に行ったわ~。街にはたくさん建物があって、人もたくさんいるのよ。この村ではあまり使われていないけど、貨幣もあって色々なものが買えるのよ。その代わり、お金が稼げないといけないから、商売になる力の使い方を見つけてから、街に向かったほうがいいわね。」
精霊である私たちは、食事をとらないと生きていけないわけではない。しかし、お金があれば、楽しみとして食事をとったり、日用品や装飾品を買うことができるようだ。
「お金になる力かぁ。まだ、自由に使いこなせないなぁ~。」
「フローラの場合は、身を守る力も必要ね。」
「身を守る力~?もっと無理よ。」
「少しずつ探さないとね。街は素敵なところよ。フローラが一人前になることを願っているわ。」
「そんなこと言ったって、私はおばばとずっと住んでいてもいいと思っているのよ。」
おばばは、真剣な顔をして、
「あなたには、この村は閉鎖的で狭すぎるわ。街で暮らすのがいいと思うのよ。」
「う~ん。わかったわ。練習する。」
フローラは少し納得していない様子だったが、おばばはそれ以上この話は続けなかった。