花咲く街道1
出発のとき、シルクは万じいの持ち物だった大きな袋を担ぎ、木の箱を抱えていた。村の外れでフローラに合流するとフローラの持ち物は小さな袋一つだった。
「おはよう。シルク。持ち物を考えたんだけど、私のものなんてほとんどなかったわ。」
「おはよう。フローラにはこれを準備してきたんだ。」
白い布を取り出して手渡す。
広げると絹のローブになっていた。
「これ、くれるの?ありがとう。」
嬉しそうにローブを羽織ると、特徴的なピンクと黄緑の服がすっぽり隠れ、フードまで被れば頭の花も見えなくなった。姿を変えるための特訓で、頭の花が小さくなったので、ほとんど何の精霊かわからなくなる。見た目が美しい植物の精霊はそれだけで犯罪に巻き込まれやすい。フローラの美しい金髪と色違いの瞳までは隠せていないが、少しは安心して街に向かえるだろう。
フローラはそれ以外にも、いくつか新しい植物を生み出すことができるようになり、近い距離に生えている草花とであれば会話ができるようになった。
自然の力が満ちていれば、食事の必要はないし、今の荷物で十分だろう。
出発の直前、あかねがフローラに小さな革袋を手渡した。
「昔のお金だから今も使えるかはわからないけど、わたしが持っていても仕方ないし、持っていってちょうだい。」
フローラにはもちろんシルクにもお金の価値がどれくらいなのかわからなかった。
「また落ち着いたら来てちょうだいね。」
「おばば、さみしくないの?」
フローラが心配している。
「村には昔馴染みもいるし、大丈夫よ。」
「おばば、やっぱり一緒にいきましょ。」
「私はあのこを残していけないから。」
家の横の巨木を見上げながら言った。
「見晴らしのいいところまで行けば、あのこが見えるはず。そうすれば私にもあなた達の様子がわかるのよ。」
「見えれば少しは寂しくないかしら。」
「日がくれる前にある程度歩かないとならないでしょ。ほら、行きなさい。気を付けるのよ。」
まだ、フローラは心残りがありそうな様子だったのだが、あかねが急かすので、村をあとにした。
フローラとシルクの旅は思ったより快適だった。
人さらいを警戒して、道を行くのは避けて森のなかを進んでいる。
フローラは新しく見つけた植物を観察し始めると動かないので、一日に進む距離はほんの少しだった。フローラが特訓と称した練習をしている間、シルクは絹の糸を紡いだり、木を拾ってきて入れ物を作ったりしていた。
夜は野宿だったが、草達はフカフカのベッドになり、地で暮らす虫には一晩場所を貸してもらった。
野生の動物に教われたとき、気がついたときにはもう目前に迫っていた。襲いかかる牙を、シルクが甲虫の鎧で身を呈して防いだ。その勢いで投げ飛ばすと、身の危険を察したのが、肉食獣は逃げていった。
その日から、少しでも早く気づいて身を守るために、絹の糸を張り巡らしてから寝るようになった。
1日の進む距離が短いので、ほとんど進まない。行けども行けども出てこない街道に少し不安になっていると、
「シルク~。街道ってどんなものかしら。もう通りすぎたりしてないかしら。」
「馬車が通れるような道らしいから、まだついていないと思うぞ。今までのは、獣道だろう。」
「確かに、馬車は通れないわね。方向が間違ってるってこともないわよね。」
「南に行くってことしか、わからないが、毎朝太陽の向きを確認してから進んでいるから、そんなに間違えているってことはないと思うのだが。」
「そうよね~。全然つかないわね~。」
「ふふふ。昨日寝たところがあそこだったから。」
来た道を振り替えると、昨日野宿した岩が見えていた。森の中で視界が悪いのに見えるのだ。まったく進んでいない。
はっと気づいたフローラが、少し申し訳なさそうな顔をして、
「シルクだけなら、もう着いているわよね。私のせいで…。」
「実はな、万じいに怖いことしか聞いていなくて、」
「怖いこと?」
「スリに気を付けろとか、綺麗な女性は狙われるとか、騙されるとか。」
「え!!」
「それでも街にいけと言っていたから良いことの方が多いのだろう。」
「万じいさん、心配だったのね。シルクはとっても綺麗だから。」
「私は綺麗か?こんなだぞ。」
服を指差しながら聞くと、
「力のある精霊って服装は変えられるのよね。服装なんて関係ないわ。私は綺麗だと思うけどなぁ~。」
「まぁ、その怖いことをたくさん聞いたから、心の準備が必要でな。ゆっくり行こうか。」
「ふふふ。いつかは着くわよね。」
フローラはもともと植物を観察したいので、ゆっくり進みたいことで一致しただろう。
雨が降るときだけは、テンションの上がったフローラが雨を浴びながら踊り出すので、シルクが必死に止めるのだった。