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Renion Bridge (再会橋、再び出会う場所)  作者: 池端 竜之介
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Constellation(満天の宙)

 秋生のポケベルの呼び出し音がなる。

 表示を見ると、"11014"と表示されている。

 秋生は、工事中の岸壁に止めた車から、降りて明るいネオンの方向に歩き出した。


 あの日から、偶然に出会ったあの日から、秋生は真理愛と時々あっていた。

 もちろん、薄給の秋生は店にいつも行けるわけでもないし、真理愛もそれを望んではいなかった。

 真理愛は店からの連絡用に、ポケベルを持たされていたので、秋生も会社からの呼び出して同じようにポケベルを持たされていたので、お互い公衆電話から打ち込んでいた。

 真理愛の仕事には、基本的に休みはない。

 身体的な場合のみ休みになるが、それでも、店に出る時がある。

 また、真理愛は商品だから、秋生のような不要なものがついてはならないようになっていた。

 だから、店の3階が真理愛たちの寮になっていた。

 店が終われば、帰って昼まで寝て、支度をして店の掃除なんかすれば営業時間が来る。

 日曜日も休み何てものはない。

 それが仕事だから。

 夜のお姫さんたちには、何らかの事情がある、多くはバンス(借金)がほとんどだが、それだけでもない。秋生は、されなりの事情を知っていた。

 秋生も、またこの街の灯の下で育ってきたからだ。

 弱くて、心優しい人たちが、生きている町だから。


 だれも、強くはない。


 泣きたい夜もある。


 独りでいたくない夜もある。


 街の灯は、昼間の歯を食いしばって耐えてきた顔をほんの少しだけ、優しく見せる。


 いつもの場所で、真理愛は待っていた。


 秋生の姿を見つけると走ってきた。


「お待たせ」


 と言って、秋生はマックの袋を真理愛に手渡した。


「ありがとう。すんごくお腹すいた。」


 といって、バーガーにかぶりついていた。

 相変わらず、夜店通りは、1時を過ぎてもにぎやかだった。

 手すりにもたれながら、秋生はバーガーを頬張る真理愛を見ていた。

 このバーガーを食べ終えれば、真理愛はアパートに帰ってしまう。

 それでも、その刹那な時間が秋生には愛おしかった。

 真理愛にコーラーのカップを渡して、秋生は煙草に火を付けた。


「明日、休みになったよ」


 と真理愛が恥ずかしそうに言った。


「何で」


「馬鹿じゃない。女の子に言わせないでよ」


「はいはい。」

 と秋生は手を振った。


「夜会えるよ、少しなら」


 欄干に腰掛けて、足をぶらぶらして、真理愛ははにかんだように言った。

 その時に、店の入り口から真理愛を呼ぶ声がした。


「また、ベル打つね」


 といって、マックの袋を秋生に押し付けて走っていた。


 真理愛の姿が、店の中に消えると秋生も車のある埠頭へと歩き出した。

 自衛隊の艦船が入っているのか、岸壁が明るかった。

 ふと、空を見上げるとオリオン座が、輝いていた。


 車に戻って、真理愛が飲みかけたコーラーに口を付けた。


「間接キスか、かっこわりい」


 と秋生は笑った。

 だが、真理愛といる時に、自分と同じ匂いを感覚を感じていた。

 捨てられることの恐怖を。

 いつも、誰かとつながっていたい。

 幼子が、親の近くに必ずいるように、世界で自分だけが独りだと感じる感覚。

 街の雑踏の中で、誰にも気づかれずに佇んでいるような感覚があった。


 秋生は、キイを捻ってエンジンをスタートさせた。

 ローにいれてゆっくりとクラッチを繋いだ。

 国道に出ると、車の数は少ないので、3速に入れてアクセルを踏むとGがかかった。


 基本的に長期の出張から帰ると、暫くはゆっくりできる。

 ローカルな仕事は、年長者がやっており、若手はもっぱら長期出張要員で、事務所待機か、近場の現場への機材輸送くらいだ。


 秋生は、佐世保工業の定時制の機械化を出でから、進路指導の先生の勧めもあってこの会社に入った。奨学金も借りてたから、早めに就職して返す必要もあった。

 奨学金の返済が終われば、どうとでもなると思っていたのだが、なかなか働き心地がよくて、3年以上も働いている。

 世間は、昭和天皇の崩御で、平成になり、なんとなく新してことが始まりそうでウキウキしていた。

 暮らしが豊かになって、貧乏という言葉が死語になりつつあった。

 真面目に働けば、結婚が出来て家を建てられるという約束が確約されていた。

 大学を出れば、いい会社に就職できた。

 スーツを着る仕事は、立派な仕事で、サラリーマンが一番であるという風潮があった。

 DCブランドや、海外の有名ブランドが街にあふれた。

 夜の街にも、東南アジアから女性たちが、ダンサーとしてあふれた。

 この街には、これらを受け入れるだけの土壌があった。

 秋生が、この街を離れられないのは、この優しさがこの街にはあるからだ。

 長崎市のような歴史的な重みはないけれども、なんとなくハイカラという言葉が似合う街なのだ。

 そんな街で、秋生は独りで生きてきた。

 本当にひとりだった。

 そんな秋生を、夜の街の灯だけが、優しかった。


「秋生、最近 あの店の真理愛って子に入れあげてるんだってな」


 と知る飯時に、出前のちゃんぽんを食べながら、班長が言った。


「そこまではないっす。金もないし。たまに行くだけですよ」


 と秋生は言葉を濁した。


「いや、真理愛って子は少し厄介でな。お前 情にほだされるなよ。」


 と班長はしんみりといった。

 内容は、おおよそ分かっている。バックに誰かがいるという意味だ。

 夜の姫には、大なり小なりそんな事情がつく。


「わかってますよ。でも何で班長知ってるんですか」


 と秋生は返した。もちろんあの店には班長の馴染みがいるわけだから、知れても仕方がない。


「蛇の道は蛇だよ、ただ、あの真理愛って子、ハーフだろ。」


 確かに、見た目にも真理愛はハーフとわかる。

 背は高く、しなやかに肢体で、肌はやや浅黒い。

 瞳は漆黒で大きい、髪は母親譲りか黒髪だ。


「そうでよ、ここでは珍しくないでしょう」

 秋生はそっけなく言った。


「ああ、そうだか。親がだめなやつらしいぞ」


 そういって、昼飯を食べ終えた班長は、秋生のことを心配してか、事務所の外の灰皿が置いてある場所の丸椅子に腰かけてて話してくれた。

 親が馬鹿だと、泣くのはいつも子供だ。

 選択肢がない分、子供が犠牲になる。

 班長の話は、だいたい予測はついていた。


「心配かけてすみません。班長、だだ、俺もあいつと同じだからわかるんですよ。捨てられることをひどく怖がる。親だけが最後まで信じられる存在だから。」


 秋生は、吸いさしの煙草を灰皿を押し付けて消した。

 その時に、腰のポケベルが鳴った。



 "724106" と表示されていた。


 助手では、ハンバーガーとコーラを飲んで落ち着いたのか、シートを倒して真理愛が眠っていた。でも、しっかりと秋生の手を握っていた。

 真理愛は、とにかく体に触れたがった。

 いつも、秋生の腕にしがみついていた。

 それでも、真理愛も秋生も抱きしめあったことはなかった。

 ただ、体のどこか一部でも触れていれば安心できた。


 秋生は、真理愛の頬をつついた。


「起きれる?」


 真理愛にゆっくりと目をあけた。


 目の前には、夜空が広がっていた。


「昔、青少年の天地で学校の合宿で、星座の勉強した。一番上が白鳥座のデネブ、その下がこと座のベガ一番下が、わし座のアルタイルでベガがこと姫星で、アルタイルが彦星なんだよね」


 フロントガラスいっぱいに広がる夜空を真理愛は指さしながら、ひときわ光る星を眺めた。


「私たち、きっとおり姫や彦星より幸せだよね。1年に一度しか会えないわけじゃないから、いつでも会えるよね」


 真理愛はしっかりと秋生の手を握った。


「大丈夫だ、何処にもいかないよ」


 と秋生はいった。


「うん、うん うん 絶対にいなくならないでね」


 と真理愛は初めて秋生の腕の中に飛び込んだ。

 秋生は、背中をポンポンと子供をあやすようにしていた。


 真理愛は泣いていた。


 でもその涙の意味は、秋生には分かっていた。

 だから、泣いてもいいと思った。


 夏の大三角形がひときわ大気の揺らぎで瞬いていた。










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