彼らの守るべき領分
「休まる暇も無い! アッシュはセクター内で留めてるんでしょうね⁉」
「それも結構苦戦しているみたい……。結局のところ、設備を強化しても人員の穴がね〜……」
「あかっちとエミっちは、そのまま現地に向かうって。合流するならあっちが速そう」
「二人してどこ行ってたんすかね? 身体検査もほっぽり出して……」
揺れる車内で、個々の装備の調整を行いながら、現地へと向かうチルドレン一行。
誠司の疑問に、佐奈は溜息を付いた。
「大方、あの人型アッシュのことじゃない? 二人して、かなり込み入った入用だったし……」
「やっぱり佐奈っちも、そう感じる? 私も、そう思う」
「え! そうだったの~……。もしかして、知り合い?」
「さあね。流石にそこを詮索する気にもなれないし」
「私はすんご~く気になるんですけど⁉」
「俺もっす!」
「どうせ濁される……。人型アッシュ……か。結局私は、分からずじまいだった」
共闘したことを思い返し、アリスはそう告げる。
あの戦場を共にし、少なからず人型アッシュの人間性に触れたからこそ、彼ら彼女らは認識を改める。
人型アッシュとはなんなのか? 同時にそんな向上心が芽生えてもいた。
「私だってそうよ。正直、あの二人の話を聴いた時は、頬をぶん殴られた気分だった。他人に対してそこまでするなんて……私には重すぎる」
「まあ誰だって……死にたくはないし~……」
「でも、そんな奴だからこそ、私たちは生き残れたんだと思う……。勘違いしないでよ? 今回は運が良かっただけだってのもあるし、奴が不安定な存在だっていうのを、払拭したわけじゃない。少しは認めてあげるわ。願わくば、生きてるうちに一発ぶん殴ってやりたかった」
「全然戦ってくれた誠意が感じられないっす」
「なんか言った誠司?」
メンチを切る相手が人型アッシュから誠司に切り替わり、一同に和やかなムードが流れた。
もうすぐ訪れるのは、また戦場。
しかし気負いはない。
自分たちを救うための道を切り開くためにも――。
『アッシュ、第2セクターの第一フロアに到達! 最終隔壁の封鎖に移行‼』
「総員、戦闘配置につけえ⁉ 手負いの私に世話を掻かせるなよ!」
「だったらこんな場所に怒鳴り散らしていないで、病院で寝てたらどうなんだ? おっさん」
機関銃、戦車、そして銃器をセッティングする兵士たち。
見慣れた光景に、辺りに響く怒声の主へ暁は近寄った。
部隊を指揮する鳳は、顔面半分を低周波治療ガーゼで覆いながらも、変わらぬ威勢を纏う。
彼らが立つのは、橋の先に創設された第二の砦。第2セクター。
「内部は新たに増設したっていうのに、この有様か。いろいろと立つ背がなくなってきたな」
「我々がここで食い止めれば、国民は知らなくて済む。やることは変わらん!」
「上はまだその姿勢かよ! もういい! エミ、気配はどんな感じだ?」
「遠くからでも、発散している因子の量が分かるってことは……結構な内包量を有してる‼︎」
「映像から割り出した。種目は動物型。だが、系数値は以前から対処してきたアッシュと比べてもかなり強い……。街でいきなり進化したワーウルフほどでは無いにしろ、な」
「っち! 手に余ることには変わりねえじゃねえか! これじゃあ、まるで」
今しがた会ってきた新城の助言が、警告の金を鳴らす。
「アッシュの進化が、俺たち人類の境界を一歩でも踏み越えれば、奴の言う『未来』が来る……。どこまでも面倒な枷をあてがってくれやがって……」
壁の向こうにそびえるブラックドームは、暁に大きな溝をもたらした。
これまでにどれだけ――あの広大な魔物に苦節してきたか……。
戦わない選択肢だってあっただろう。しかし……どうしても一人にさせたくない人が居た。
誰かが憧れていた遠い頃の自分の背に、戻るためにも。
「暁君……」
「心配するな。追いついてやるさ。こんなところで負けていられる暇なんて無いしな」
暁も気遅れはしない。
自分の枷はいつか必ず――そして人類を脅かす怪物にとて、もう屈しはしないと。
「そういうところが心配だって言ってるの!」
エミは、そんな暁の覚悟を一蹴した。半眼の睨みが、暁を曇らせる。
「はあ⁉ そ、そこは尊重する部分だろうよ? 俺がどこまで……」
「だ・か・ら! 暁君が率先して無茶することはないって言ってるの⁉ 私たちはどこまで行っても人の領分を守っていかなきゃ。一人の力は弱くとも、だからこそのチームでしょ?」
「…………」
ぐうの音も出ない。
しかし、返答は大いに暁の心を満たしてくれた。
『暁部隊長聞こえるか? 現場に到着した。今すぐに戦闘の準備を済ませてくれ』
「行こう暁君! 敵がいつ突破するか分からない!」
「そうだな」
少しだけ、昔に戻れたような気がした。
苦しみを分かち合う仲間がいる限り、自分だけで背負うなんて言葉は二度と口にしない。誰しもが戦うべき舞台があるのなら、尊重していこう。
その上で、いつか――共に道を交わるのならば。
(お前が戻って来るまで、俺は――変わらない。お前が、意思を曲げなかったように……)
彼らは今日も異界の武器を振るう。
それぞれの信念の元。
ドローンから送られてくる映像のノイズに連動して、会社のオフィスに振動が走り、ティーカップの水面に波紋が伝わる。
「え? 地震?」
菜沙は静かに立ち上がり、ファッション雑誌をソファに置いて廊下へと出た。
(なんだろう……この懐かしい感覚)
通路を足早に、直行でエレベーターを目指す。
行き先は研究棟――ドアが開き、目的の階層はフロア中が赤いライトと警報にまみれていた。
『第二研究棟でなんらかの衝撃を感知! 警備員は速やかに――』
菜沙は警告に構わず、目先の目的地にしか焦点を合わせていない。
キャシテライトの破片が眠る、あの部屋にだけ。
そして、ドアをくぐるや彼女は無意識にだが、口走った。
「先輩⁉」
外から照り付けてくる日光。
伴って風に漂流してくる塵の飛沫に、菜沙は腕で顔を覆った。
窓際の壁が盛大に破壊されていた。
中央に佇んでいたカプセルの祭壇はガラスが破砕し、キャシテライトの破片は更に細かく残骸をまき散らしていた。
明らかに“何か”が居たであろう空洞が、この状況の真意を語る。
菜沙の顔に、笑顔が浮かんだ。




