世界の目指すところ
キャシテライトへの空撃は、フローラチルドレンと一人の青年の奮闘によって免れた。
現場の人間は、残すところ後30秒足らずの空軍殲滅に巻き込まれずに済んだのだ。
通信が機能しなかったために、メンバーの誰しもがそんな実感など湧きやしない。
そして人類が勝利したという実感も、思いの外、気薄だった。
最後まで立ち会ったのは暁とエミの二人だけ。
他は意識を回復させた頃には病室であり、身体的損傷も比較的軽い範疇で治まりはしたが。
二人の心労は、未だ何かを拭えないでいた。
あの戦闘から、三週間が経過してなお。
「キャシテライトとの戦場地に、不法侵入者?」
「うん、誰だかは知らないけどね〜」
対策室本部のメディカルルーム。
身体検査を終えて暇を持て余すレイラが、ファッション誌を片手間に、佐奈へ話題を振った。
同じく検査を終え、佐奈は僅かに眉を吊る。
「それってただ不良や馬鹿が、立ち入り禁止を無視したってことじゃないの?」
「街の区画は張りぼて張って、路上も厳重に対策室の人間が警備している。それなのに~、相手は堂々と『入り口』を通過して、中の物を回収していったって話だよ~」
「それって不法侵入って言えるの?」
「かなり“グレー”に近いかな~。恐らく、内部に手回ししてないと無理な話よね? って~剛山さんと対策室のお偉いさんが話し合ってた」
「内部に協力者?」
ふ~ん……とに、鼻を鳴らす佐奈。
ちょうどそこへ、検査を終えたアリスが輪に入った。
「あ、ねえねえ。アリスちゃんも聞いた? 今、不法侵入の~」
「今朝、あかっちが剛おじを問い詰めてたのを見たよ……。んで聞いた」
「な~んだ」と残念そうにするレイラに、佐奈は視線で続きを催促した。
指をピンと立てて、レイラは言う。
「その回収したっていうのがね〜恐らくなんだけど……『氷漬けにされた奴』」
佐奈が途端に顔をしかめた。
「ちょっと待ってよ。氷漬けにされたのって、まさか……!」
「対策室側も作業を進めてて、キャシテライトの残骸は見つけてる。そんでもって持っていかれたってのが~そのキャシテライトの残骸の一部と思しきもの」
「キャシテライトの一部? でも奴は」
「うん。死んでいるのは確かなんだけど――回収されたっていうのも妙なんだって」
「サイズ的に、大きすぎる……。一部にしてはね」
少々焦りを募らせたが、大部分の死骸は回収されたと聴いて佐奈は一旦落ち着いた。
「でも、それを回収したって連中は、相当手際よくしてるわね? 内部にコネが有って、それで一目散にそれだけを回収してる――って」
「剛おじもあかっちも、すでに目星付けてんじゃない? こういう、物好きさん」
「アッシュに興味を抱いている人物って……それってまさか」
「ああ~……」
三人は同時に、同じ人物を思い浮かべる。
午前中のメディカル検査を早々にすっぽかし、暁とエミはバイクで目的地を向かう。
向かう先は、『アセビ製薬会社』の本社ビル。
館内フロアの受付へ向かうや、受付嬢が手際よく彼らを案内してくれた。
当然、これから対面するのはこの会社の社長さんであるのだが、向かった先は社長の居座る個室ではなかった。
エレベーターは中階層で停まり、長い通路の先に二人は研究施設に足を運んでいた。
「社長は奥の部屋でお待ちです。それでは」
案内が終わり、分厚い隔壁扉の前で取り残される二人。
ドアは自動的に開き、二人は入室。
「待っていたよ。まさか剛山くんやお父さんよりも、速く嗅ぎつけて来るとはね~」
「もう隠すつもりもないってか? アンタ自分で何をしたのか分かってるのか!」
「対策本部では手に余るよ。それに私はあくまで、研究サンプルとして鉱物型の破片を持ち出したにすぎん。まさかその一つが“生きた因子”を、内包している可能性があるとはね~」
「っち! 白々しさもここまでくれば嫌味だな」
何一つ動揺を見せない新城に、エミは「それよりも」と催促。
「見せて下さい。本当に“生きた因子”が内包されているなら、関知するには私が適任のはずです」
「良いだろう」
このフロアの中央を陣取る、カプセル装置の前に立つ。
新城が指紋認証で装置は起動。ゆっくりと強化ガラスから黒い塊が顔を出した。
一目見てそれは巨大な鉱物だ。
外表が腫れた皮膚でボロボロになり、冷却弾による弱点を露呈していた。
「スズペストの効力が出ているってことは、キャシテライトので間違いなさそうだな……」
「問題は中身」
エミは静かに手で触れた。
皮膚に浸透してくる冷たさの奥に、数個の気配が漂った。
小さくはあったが、確かに生きた因子の気配。
「どうだエミ?」
「ごめんなさい。確かに生きている因子はある。だけどそれもアッシュになりえるほどの量じゃ到底及ばない。とりあえず、キャシテライトが復活するようなことは無いと思う……」
「……そうか」
最悪のケースは回避できたが、二人の顔は浮かばない。
「随分と残念そうだ。むしろ喜ぶべきじゃないのかな? これで鉱物型には、再生能力に乏しいことが実証できた。それ以上に望むことと言ったら?」
「アンタには関係ない。行くぞエミ、もうここに用は無い」
足速に去ろうとする暁。
だが新城は、彼の内面を土足で上がり込もうと、指をパチリと鳴らす。
現れたホログラムに、映された映像。
『人型アッシュ』が冷却兵器に飲み込まれる光景を。
「お探しの者はコレではないのかね?」
「アンタ……“覗き見”してたのかよ……‼」
「ネクタル因子はあらゆる意味で、人が知りえなくてはならない存在だからね~。君たちも、鉱物型も。そして『ギエン』にしかり」
「『ギエン』?」
突如出たワードに、エミは怪訝になる。
「名前だよ。人型アッシュのね。私も此度の戦闘でそう呼ぶことにした。彼の武勇を語り継ぐには必用だろ? おっと……『彼』なのか『彼女』なのかは不明だから、そこは仮定だな」
「武勇だと……⁉ まだ死んだわけじゃない」
「ほ~う、そう言える根拠が?」
「数値や結果にしか目を向けないアンタらとは違う……。俺はただ」
「一か月前の君とはてんで見違えるよ。アッシュに対してあそこまで敵対心を抱いていたのに」
「新城さん、それ以上は怒りますよ?」
流石にエミが牽制に入り、新城は身を退く。
暁は数秒の沈黙に、ただ背中を向けたまま。
「奴には、助けられた。俺たちだけでは確かに倒せなかった敵を、奴は一人で立ち向かった。捨て身の方法でな……。アレだけしぶとい奴だ。このまま終わるわけがない」
「なるほどね……」
新城は一瞬だけ鋭く視察の眼光を見せ、次の瞬間にコロリと変えた。
「まあ、現地で戦った者の判断か……。野暮だと思われるだろうが、私も君とは同意見だよ」
「なぜ、そう言い切れる?」
「あれほど因子と調和の取れた生物は稀だ。生み出したであろうこの地球が、わざわざ手放すような真似はしない。少なくとも、彼にはまだ”役目“が残っている」
「”役目“だと?」
勝手な言い分と希望的観測。
子供じみたその根拠で、一企業の上に立つ者とは到底信じがたいとすら、暁は心中で吐き捨てそうになったが――ふとそこへ、間が刺した。
「アンタの言い分は癪に障るが、是非とも教えていただきたいね」
一歩一歩、不審な足取りで近づき。
「奴には、何かしらの『サポート役』が付いていた。戦うまでに至る経緯でも、誰かが手引きしたのは明白……じゃなけりゃあ、街中で因子の反応も無くいきなり現れることなんてない」
そして、新城に杭を刺しに行く。
「アレに勝手に役割が有ると感じてるのなら、『傍観』なんて真似をアンタが取るはずないよな? 奴に力を与えたのはアンタか?」
暁は眉間を鋭く、エミは唾を飲み込み新城の答えを待った。
二人の疑問に、新城は告げる。臆することも無いまま自然に――。
「残念ながら私は『傍観者』だよ。所詮人の端くれ。この先の未来に着いていくには、もうよぼよぼだ」
膝を上げて拳で小突き、新城は続けてこうも言った。
「だからこそ私は、生きているうちに見たいのさ。この地球の新たなる可能性と、彼らが生み出す未来にね。今この星は次のステージに上がろうとしている。その舞台のチケットを掴むために、人類もそしてアッシュも、こぞって奪い合いになるだろう……ギエンもまた、ね」
結局答えははぐらかされた。
暁はそれでも踏み込もうとしたが、無情にもそれを遮る電子音が間を支配する。
携帯から流れる緊急コール。




