終着
引き金に掛かる指が震えた。
「何言ってんだよ⁉」
援の発した一言に、暁は激昂。
しかし援に纏わりつく拘束の面積は、着々と広がっており……。
こうしている間にも、キャシテライトが振りまく死の粒子は高く舞い上がっていく。フローラチルドレンが扱う、『死に際の因子』ではなく生きた因子。
因子一つが及ぼす影響など、どれほどのものかは分からない。だが、援の地面を流れていくネクタルフォースが全て粒子となって還元していくとなれば、ただならぬ量になるはずだ。
「鉱物型の内包しているネクタル因子が、街中にばら撒かれる!」
手首を拘束するネクタルフォースが、熱を帯び援の皮膚を焦がす。
それでも援は続けた。
「そうなったら、僕や君のような人間を増やしてしまうかもしれない!」
「知ったことか‼ 俺は、お前たちと共に戦うって、そう誓ったからこそこの戦場に立ったんだ! それなのに……ここで、お前を失うようなことになれば俺は!」
「あっ君‼︎」
彼に人生で怒鳴られたことなど、これまで一度も無かった。
ましてや、彼の威勢に押されることなど――。
「これを逃せば、君は必ず後悔する! ここで根絶しなければ、巡り巡って、必ず君の大事な人間を脅かす‼ 君だって知ってるはずだ! 失われた人の痛みを‼ そんなことを――またもう一度味わいたいのか⁉ 他人にまで味合わせたいのか⁉」
「うるさい! 黙ってろ‼ 黙ってろ……」
反論する姿勢が砕かれて行く。
暁自身も気づいてはいた――この展開で一番肝心な方法を。
しかしそこに至るまで、彼に纏わりつく恐怖は、この8年で色を帯び、質を重ねていた。
肝心な部分で非常に徹しきれない。彼自身の、兵士と普通の青年である境界線であった。
「暁君」
銃器の震える持つ手が、優しい掌に包まれた。
「銃を貸して……。ここからは私が請け負う」
失意の視線を向ける暁に対し、エミは――瞳の奥で悲哀をひたすらに押し殺して。
「私たちは、市民のために戦っている。援さんもそのうちの一人、だった……」
「“だった”って、今だって俺は……⁉」
「私だってそうだよ? でも。援さんは、市民を守るために奮闘してきた。これまで私たちが取り逃してきた脅威に対して、一度も逃げることなく……あの人は、私たち以上の『戦士』だよ……」
そして、あの頃と何も変わらないままの友達で居てくれた――。
良くも悪くも、兄妹が戦う根元に援は居た。
そして援の中にだって、目指すべき人たちの背はあった。
「あっ君。僕は君に憧れていた。今ある僕は、君が居たからこそ」
「っ⁉」
「あの頃の君はどんなこともやってのけた。前向きで、明るくて。僕やエミちゃんを引っ張ってくれた。あの頃を思い出せ! そして恐怖に打ち勝て‼」
「暁君! 私は、あの人の期待に応えたい‼︎ もう二度と、あの人を遠ざけるような真似をしたくないの! だから‼」
エミは涙を流して訴えていた。
全く、滅茶苦茶な状況だなと、暁はつい客観視してしまう。
友を撃つことを恐れるな! など――。
そして理解した。彼らの信頼がどれだけ大きいのかを。
(俺は、そこまでお前に期待されていたのか……?)
一度は友人であるはずの距離を遠ざけて、エミや自分を守ることに精一杯とかまけて……。
暁は、銃口を構え直す。
「俺は、もう二度とお前を裏切らない……!」
震える手を怒りで抑えて。
「俺は、どんなに苦境に立たされたって、もう二度と放り出したりしない! 俺たちの前を走ってくれた、お前のためにも」
「……ああ」
もう一つの顔であるにも関わらず、援の笑顔の頷きがそこにはあり――。
暁は、終結に向けての引き金を押し込んだ。
迫ってくる弾道が、直前で弾け、中身の抗力が四散する。
一面、白い微粒子の靄に覆われた。
湿度の霧とは違う――ピキピキと触れた物質を氷点下へ誘い、白銀の世界へと塗り潰す。
ネクタル因子でさえも。
援さえも――。
(これで、良かったんだよね?)
微粒子に触れた身体が、感覚を奪って凍りついていく。
別に恐怖はなかった。
自分が選んだ結果だ。友が導き出した答えならば――恥じ入る要素は何一つありはしない。
氷の世界を傍目に、援はふともう一人の存在に意識を飛ばした。
(父さん……)
自身と同様に凍りついていくキャシテライト。青い因子も成す術なく。
もはや意識も無いであろう、エネルギー体だけの存在を援は物悲しく。
(父さんは結局、何がしたかったんだ?)
母には、別れを言う暇もなかった。今度も、結局……――。
コツンと、足元に小さな物体が当たった。
青い液状の因子の水面に、何かが浮かび上がる。
「小さい、ピアノ……」
子供用おもちゃのピアノ。
8歳児に持たせて遊ばせるぐらいの代物が、縁も所縁もないこの場所で落ちていた。
戦闘中とはいえ、こんな物を見逃すはずはない。
だとすればこれは――。
「鉱物型の、体内から……⁉」
更に浮かんでくるのは――漫画、バッチ、そして鉱物性因子に侵された花。
今更これらが、何を意味するかなど分からない。
しかしそれらを意味もなく、キャシテライトが求めない訳ではないだろう。
もしも……もしもこれが、父の意思だとしたら。
「どうして今更……」
記憶の片隅に落ちていった、家族との繋がり。
これらがもしも、父が援のために買ってきたものだとすれば――。
母に謝罪するために、厳選した花だとすれば――。
そして、ただの迷妄と切り捨てそうになったそれらの事象に、答えは現れた。
援の足元に、誰かの手が皮膚に当てられて……。
「父、さん⁉」
手を掴み引き上げる。
その先には、青い因子の結晶に包まれる父の身体。
もうすでに命の消えかけた彼に、何かを問いただす時間など無い。
しかし子の声に、その手はピクリと反応した。
まるで最後の意思を振り絞るように、父の手は援を強く握り、彼に纏わりついた結晶はエネルギー状に回帰して。
青い因子のエネルギーが、一斉に援を包み込んだ。
エミは、ただ膝を折り呆然と目前の光景を追う暁の隣に立つ。
氷に塗り潰された世界。
自分たちが立っている地点をちょうど折り目に、街を侵食した氷点下の範囲は半径200メートルにも及んでいた。
中心地にはただ一つそびえる、氷塊の柱。
キャシテライトも、援も、全てが分厚い氷の壁に埋もれて、一片も姿を覗かせてくれない。
終わったのだ、戦いは――。
暁は顔を上げることなく。
エミは静かに、涙を頬に伝わせた。




