覚醒
後一歩と言う距離が、心底程遠いと――戦場に居る誰しもが思った。
今や戦場に立っているのは、二体の怪物だけ。
人型の怪物には腰に焼けただれた跡。横腹部は、丸くかじられごっそりと体組織が焼失していた。
方や、無機質な怪物は頭部を大きく損傷し、中から青白く放たれるエネルギーの脈動を晒す。
どちらも満身創痍。
(やるしかない。使うよ、菜沙ちゃん)
そして援は危険な綱渡りに臨もうとしていた。
自信の因子を更なる高みへ引き出させること。
もし失敗すれば、今度は彼がキャシテライトに代わり、最悪の厄災に変貌してしまうだろう。
援は胸のギアに手を当てた。
「あっ君」
未だ倒れ伏し、意識が朦朧としている彼を最後に視界に留めて。
「後のことは……すまないけど頼んだよ」
胸のギアを勢いよく回した。
一回転――それが彼の因子解放の儀式。
全ての因子を効率よく、負担を掛けさせないようにと設計されていたギア。制御盤の装置は、ただの因子を通わせる通り道だけの機能を残し、全ての因子を分け隔てなく繋げ相関させた。
それの意味するところとは、リミッターを脱ぎ捨てることである。
ドクン!
心臓が一度、一気に跳ね上がり、二度、三度と――。
太鼓を打ち鳴らす振動と爆音が、胸中を支配し突き破るぐらいに衝撃を奮い起こす。
「僕が止めると誓った!」
急激な細胞の変質に、彼は四つん這いでも意識を必死に保つ。
「もうこれ以上、奪わせないためにも‼」
比喩ではなく、彼の周りの温度が急激に上昇していた。
やがて身体中から黒い突起物が抜け出て――ネクタルフォースの光が流出していく。
「僕は……‼」
身体からマグマのように噴き上げる――赫焉の因子たち。
仮物のフェイスに宿る結晶の眼が、炎に揺らめき新たな顔へとなり替わる。
現在進行形で生まれ変わった事象。
画面越しのはずなのに、新城には現場で立ち会ったように、力の流れを肌で感じていた。
「これが……⁉」
自然と椅子から腰を上げる。
現場の風に乗せられてくる因子の力に、菜沙も随分と顔色を変えて。
『凄いね。これが人間の成りえる可能性……。先輩の中にうずくまっていた』
「『本質』と『可能性』だよ。彼の因子は今、“次の段階”に辿り着いた。これからだよ」
人生に一体何度、これほどの感動が味わえるのだろうか。
新城は心の底から昂らせてくれる――“人類の進化”に対して、瞬きさえも忘れて。
エミじゃなくても感じ取れる、この因子の気配。
「これは……⁉」
意識が現実へ強制的に引き戻された。
人間としての本能か。それとも彼らの内にある因子が告げていたのか。
「どうなってやがる……⁉」
炎に飲まれ、燃え盛る援の姿を目にして――不安が募った。
「援‼」
暁は声を荒げるが、まだ立ち上がれるほどの力が無い。
直撃は避けられた。援が彼をかばってくれなければ、先ほどの攻撃で死んでいただろう。
それなのに、自身よりも傷ついているはずの彼が、今まさに力に飲まれようとしている。
「ちく……しょう⁉」
拳を握り込み、ただ苦汁だけが口内を鉄の味で広げていく。
しかし――吹き荒れる風の中で、暁は微かに鼓膜で受け取った。
援の声を。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーっ‼」
怪物じみた声量足らずの声ではない。
野性味あふれてはいたが、確かにそこに彼の聴きなれた性質は宿っていた。
再び顔を上げて暁は目にする――まとわりついていた炎を掌握していく彼の姿を。
ネクタル因子の不定形の粒子が、共に集い、決まった身体の一部へと集結していく。
腕、肩、足、目元。
それぞれの部位に、しかも更に変質した身体の一部へと光を灯す。
鎧でも纏うように、黒い外骨格が手足、胴体、肩の部分部分に性質を変え、見た目の本質が変わらないながらも、以前とは明確に違っていた。
何より、体内から常備吹き出ているネクタルフォースの炎だけは、余りにも浮き彫り立つ。
「これはまさか……ワーウルフの時と――」
「少し、違うのかもしれない」
ふと足元から、消え入りそうに声が掛けられた。
エミだ。彼女はゆっくり歩み寄る。
「エミ! どういうことだ? あの時と違う――って」
「ワーウルフの時は、自分の因子を制御できずに、因子に自分が食われている感じだった」
「だけど援さんは違う……」――肌に吸い付く、ネクタル因子の光たち。
それらはまるで、包み込むような暖かさを宿す。
「あの人の因子一つ一つが、本人の意識に呼応している。完璧に、『調和』している……!」
「因子と、調和だと……?」
考えたことも無かった。
自分たちを脅かすだけの、生物にとって害悪としか判断しえない力が……。
今、完璧な“共存”の元、自分たちを救うために振るわれる。




