友の手
エミ、並びに人型アッシュとの連携で、事態は急変していた。
その様を傍目に、アリスは一人銃に因子の弾倉を装填。
「アリス。アンタ行く気なの?」
「一体誰の相手するつもりっすか……?」
「私、あの空間に水を差すほど、空気読めない訳じゃない。仮部隊長を、助けたい。そのためなら、人型アッシュの力――認めてもいいかなって……」
「ア、アンタ本気なの⁉」
眠たそうに落ちた瞼の奥に宿る悲壮さを佐奈へ送り返し、アリスは言う。
「佐奈ちん……貴方が、力を怖がるのは分かるよ? 私だって、因子に蝕まれてから良いことなんてなかった。人間関係だって、面倒臭く距離を取ってる。私が戦う理由はたった一つ」
「認めてくれた家族の生活を、少しでも労いたい――」
佐奈の反論の余地は、一発で立ち消えた。
「下の兄弟たちを養うためにも、今はお金が要る。貧しい我が家だけど、誰一人私を、見捨てたりなんかしなかった」
「それは……アンタの両親が、できた大人だったから……」
「家庭の話じゃない。私は、このチームもそんな場所でありたいと、そう言ってるの」
告げたいことを終え、アリスは先行し走っていく。
小柄な背が、何故か今日だけは勇ましく見えたのは、佐奈だけでは無かった。
「家族か~。そこまで持ち上げられちゃあねえ~」
後方支援に徹していたレイラが合流し、彼女は現場に到着するや佐奈の前を歩く。
「レイラ。アンタ来て早々、状況分かってるの? アンタもアッシュに加勢を?」
「別に〜この現状を深くは考えなくていいんじゃない? 私は単純に、どっちに乗れば得するかって考えてるだけだよ〜。誠司君もそんな感じっぽいし」
「お、女の子だけを戦わせるわけには……お、俺だって!」
見れば誠司も槍を握り、生唾を飲んでいた。
レイラと誠司も、すでに参加する所存だった。
「どうしてそこまで」
「佐奈ちゃんはさ、難しく考えすぎだよ~。例え危険であっても、あやかる時にはあやかる」
「黒蝕病から抜け出す前に、自分たちが死んじゃったら元も子もないっすし」
「…………はあ~ったく、アンタたちは!」
眉間に疲労感を軽く指でもみ終えると、不思議と束縛から抜け出せた気分を佐奈は味わった。
自然の猛威から押し付けられたこの力。
大人たちから勝手な期待を元に、与えられたこの立場。
何もかもが感に触った。
なのに、恨むだけの力も立場も同じくしながら、皆は戦う理屈を自分で持ち合わせている。
未知の力と病気を前に、自身の怖気よりも他人を優先して。
かたや、人の姿まで捨てて怪物と戦う者も――。
(私も……私だって)
『聴こえるか、お前たち‼』
通信先から、喚くように声が轟いた。
ツンと鼻に突く、少々高圧的な――身近な声を。
キャシテライトが金属の摩擦音の叫びを上げた。
風に乗って運ばれるネクタルフォースが仄かに漂った。
同時に、エミの通信器具にノイズが生じる。
「くっ⁉」
援の方へ、地面を抉りながら触手が2本迫りくる。
これまでよりも俊敏に目標を追い、援は両腕で受け止めるも、空中へと打ち上げられた。
向かう先には、あらかじめキャシテライトの触手が援を捕えんと罠を張る。
「援さん‼」
援護しようとするエミの前にも、奴の凶器は壁となって立ちはだかり。
援はそのまま蜘蛛の巣に絡めとられる――その間際。
一筋の閃光が合間を突く。
緑色の筋――援やエミを横切って、キャシテライトの剥き出しとなった傷口へ直撃。
『ギイィィンイイィィン⁉』
途端に、キャシテライトは触手の態勢を崩し地面へ落下した。
エミは事態の真相を掴む。
「アリスちゃん……! 来てくれたの? 一緒に戦ってくれるなんて……」
「チームなんだから、当たり前……。それよりもなんだけど」
視線を援に向けて、アリスは一言。
「今度は……私を、襲ったりしないよね?」
目の前に着地した人型アッシュに問いかけ、当の援は頷いてみせた。
「今度は絶対に我を忘れない。君を傷つけたことは謝るよ。助けてくれてありがとう」
そして背を向けて、立ち上がるキャシテライトに向き合った。
「エミちゃんと君も援護をお願い。手数が増えたのなら、付け入る隙は増えるはず」
突撃する援に、エミも向かおうとするが。
「どうしたのアリスちゃん⁉ 速く援護しないと!」
「喋った……本当に、人間だったんだ」
「呑気してないで、敵は待ってはくれないよ‼」
アリスを抱えて空中へ飛び上がるエミ。
お互い、得意分野を見越しての連携を掲げ、アリスは近くの建物の屋根に降り立った。
キャシテライトは地に足を付けたまま、高さを維持しようとはしない。
目標との高低距離は大体7、8メートル。相手の反撃を喰うには大いにあったが、反面目視でも狙いやすい距離でもある。
「さっきみたいに、吠え面掻かせてやる……」
視線のピントを合わせ、引き金を引いた。
一度受けた攻撃を警戒してか、キャシテライトはアリスの攻撃を自身の触手で防御。
しかし受けた側の触手が、麻痺で痙攣を起こし動きを鈍らせる。
その狙い目に、援は片手に青いネクタルフォースを集結させて、普段と三倍近く大きい刃物状のブレードを形成。一気に振りかざし、触手を切断。
残り5本。
「ん⁉」
妙な気配があった。
足下から、やがてもぞもぞと地面から這いずる音を探し当て、援は反射的に跳躍した。
その地に、コンクリートを内部から破砕させて、緑の自然が猛威を振るう。
植物型――援が戦った個体のように、樹木の太回りと広大なエネルギーを蓄えて。
「アイツら! 別動隊は何を、やってるの⁉」
「どうやら仕留めきれなかったみたい! まさか、こんなところに現れるなんて‼」
「示し合わせたように……。キャシテライトは、奴と協力しているのか」
援の発言を体現し、キャシテライトの身体の節々に植物型のツタが張り巡らされる。
外表を覆う葉脈が血管の役割を以て、キャシテライトに因子を蓄積。
チューブ型の指を怨敵に差し向ける。
「まずい、散開して‼」
光弾の連続発射。
触手にコントロールとエネルギー効率を集中していたために、両立しえなかった攻撃が、ここにきて払拭された。その牽制機能はすさまじく、援たちは容易に近づけなくなる。
「まずは植物型をなんとかするしかない」
得意の赤いネクタルフォースを生成し、衝撃の刃を放つ。
地面から特出したツタが、動物性因子の前に敢え無く散っていく。
勢いに飲まれんと、踏み出そうとする援。しかしそこに猛威は迫った。
突如地面から、緑のツタが彼の身体を貫き上げる。
「しまった……!」
攻撃道中であったために、植物型の気配を察知しきれず。
動きを止められた援を前に、キャシテライトは顔に残された一粒の結晶に光を集約。
「アリスちゃん援護を⁉」
「駄目、間に合わない!」
キャシテライトの触手も健在。植物型の点在もあって、援への援護には遮蔽物が多すぎた。
直に向かうにしても、防御手段も時間も無く――。
「させるもんですかぁぁぁあああああ〜‼」
空を切り抜く熱線の筋が、上空から現れたレイラによって受け止められた。
たった一つの結晶から発するエネルギーだったために、彼女の盾は受けきることに成功する。
『エミ、アリス聞こえるか!』
「暁君⁉」
「今頃登場? 随分、遅くない?」
惜しげも無く、怖気も無く――フローラチルドレン本来の部隊長は、戦場へと歩みを遂げる。
討つべきと悲願していた、人型アッシュの前へと。
『これからは俺が支持を出す。準備はいいか?』
「ちょっと待って暁君! まさかまだ人型アッシュを討とうだなんて……‼」
『そうだな……』
暁は剣を片手に、援へ横滑りに振り払った。
援を拘束するツタを焼き斬るために。
『もう俺は、一人で勝手に背負おうとはしないさ。お前や、コイツのためにも』
肩を並べて対面する援と暁。
懐かしさがこみ上げ、エミは暁から完全に敵意が消失していたことに瞳を震わせた。
「何もかも……ちっぽけな人間である俺には、受け止められる度量も狭かった。やっと気づかされたよ。お前たちと“歩む”ってことがどういうことか。そのために俺がどうすべきかも」
「あっ君」
怪物としてではない……一友人として――。
軍人や、フローラチルドレンとしてではない。
ただ帰りたかった場所へ、家族と友を引き連れて行くためにも――彼らは並び立つ。
「佐奈と誠司は俺と連携! エミ! お前は、アリスとレイラに立ち回りを支持し防御線を張れ‼ 長年立ち回ってきた部隊の連携だ。少しでも遅れたら、切り捨てるぞ? 人型野郎」
「付いていくのは慣れてる」
暁はふっと笑った。
二人は互いに示し合わせて、戦場の地を蹴り上げる。




